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2013年7月28日 (日)

オペラ《ラ・フィアンマ》

レスピーギのオペラ《ラ・フィアンマ》を観た(新国立劇場)。

東京オペラ・プロデュースの公演で、日本初演である。コアなオペラファンには、良く知られた事実であるが、東京オペラ・プロデュースは毎年、日本初演となる演目を積極的に取りあげており、この日の公演もそういう日本では知られていない演目を取りあげている。
実際、YouTubeなどで検索しても《ラ・フィアンマ》の映像は出てこないし、DVD も僕は観たことがない。少なくとも商業版はないと思う。
曲自体は、とても面白かった。悲惨な話といえば悲惨な話なのだが、恋愛も絡んでいて華がある。
7世紀のラヴェンナ。総督がいて、彼には若い二度目の妻シルヴァーナがいる。総督の息子が長い遠征から帰って気がつくと継母は幼なじみと判る。妻は義理の息子に強くひかれ、恋仲になってしまう。それを総督の母が発見し、彼女を魔女と断罪する。
実はこの前に第一幕があって、第一幕ではアニェーゼという魔女の疑いをかけられた女がシルヴァーナに助けを求めてくる。シルヴァーナは困惑しつつも、傍観するのみ。アニェーゼは火刑に処せられるが、その前にシルヴァーナに呪いをかける。これが第一幕。
第二幕は、シルヴァーナと総督の息子の再会。第三幕がシルヴァーナの断罪である。
宗教的な要素があって、第三幕では司教も重要な役割を果たすが、その一方で、家族ドラマ的なところもあって、総督の母と総督の若妻の確執も描かれている。そして何よりシルヴァーナと総督の息子ドネッロの危険で甘美な関係。
原語(イタリア語)で歌い、日本語字幕であったが、字幕(原訳アンナ上山さん、字幕増田恵子さん)の質が高く、ストーリーの非日常性にふさわしい詩的な原語を的確に伝えていた。こういうストーリーなので、噛み砕きすぎてあまり日常に近づきすぎても面白くないし、逆に直訳では理解しずらいわけだが、その案配がちょうどよく、詩的な味わいを堪能できた。
レスピーギは周知の通りオーケストラ曲『ローマの松』、『ローマの噴水』で名高いが、オーケストレーションは華やかで効果的である。それはオペラでも変わらない。
アリアのメロディーが意外と半音階的である。プログラムの解説で岸純信さんが描いているように、アリア、二重唱、合唱とレチタティーヴォが区切られているのは、時代に逆行するようであるが聞きやすい。そう、レスピーギは、ワーグナーの唱えた呪文に惑わされずに、イタリアオペラの正道を歩んでいるとも言えるのだ。
合唱は、民衆をあらわしていたり、総督の家来・侍女をあらわしていたりするが、非常に効果的に使われている。
石坂宏指揮東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団の演奏レベルは申し分なく高い。日本でオペラ演奏を聞くと、たいていそうだが、オーケストラはイタリアよりうまいと思う。唯一日本のオケにとってむつかしいのは、この日の演目ではなく、ベルカント・オペラでズンチャカチャを軽くいって、しかも時にはそれで盛り上がるところだ。レスピーギの場合は、しっかりオーケストレーションが書き込まれていて、それが十全に鳴っていて、見事だった。
また、舞台装置が簡潔だが、とてもよく工夫されていた。演奏が始まる前はあれは何だろうと思っていた不思議な装置がすえつけられていたのだが、それが演奏が始まるとくるっとまわって裏返しになり、裏面にはモザイク(風)で絵が描かれている。ラヴェンナはモザイクの町である。
衣装も、時代考証的にどうということではなく、雰囲気があって古代・中世風でよかった。こういうのがもし現代の服だったら、興ざめである。
歌は総督の母エウドッシア(河野めぐみ)が力唱。出だしは絶好調とは言えないようだったが、後半、調子をあげた。アニェーゼの磯地美樹は、存在感があった。この役はヴェルディの『トロヴァトーレ』のアズチェーナを想起させる。
あらすじでは紹介しなかったが、総督の息子ドネッロをめぐってモニカ(工藤志州)とシルヴァーナ(垣岡敦子)の恋のさやあて(嫉妬)がなかなか魅力的な場面を構成していたが、モニカは演技も含め秀逸であった。シルヴァーナはこのオペラの主役と言ってもよく、表現も甘美であったり、炎のような情欲を表したり、はたまた断罪された時には言葉が出てこなかったりと、演技でも声でも表現の幅が要求される役柄だ。それによく応えていたと思う。
男性陣は総督バジリオ(村田孝高)。この役は役柄としては重要この上ないのだが、案外歌うところは多くない。存在感も声もよかった。発音がもう少し明瞭だとさらによかったと思う。ドネッロ(星洋二)は力演であったが、高音部に苦しげなところがあった。テノールというのは、当然だが、劇的なクライマックスになればなるほど、高音を要求されるという酷なパートである。
全体としては、非常に高い満足感を覚えた。こういう企画を続けていること自体がどれだけの賛辞をもってしても足りないほどだと思う。定番作品だけでなく、こういった作品の本格的な上演にも出会える点で今はオペラファンにとって(東京近辺に住んでいる人にとって)良い時代である。

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