『綱渡り』

イヴァーノ・デ・マッテオ監督の『綱渡り』を観た(イタリア映画祭・有楽町朝日ホール)。
怖い映画だった。殺人や血まみれのシーンは一つもない。そうではなく、公務員の主人公の生活が次第次第にすさんだものになっていく過程が怖いのである。
主人公は浮気がばれて、家を出て行くのだが、月収が1200ユーロであるため、やりくりが出来なくなる。闇のアルバイトに手を出したり、借金をしたり、質素なペンションの宿代も払えなくなる。
主人公が福祉事務所で一緒に並んでいる男から、「離婚は金持ちのすることで、貧乏人には不可能なんだ。妻と暮らしていれば、ソファーで寝ていても口をきかなくてもなんとかなる」という意味の忠告を受けるのが印象的だ。
主人公(マストランドレア)は落ちぶれて行って、自動車で寝るようになる。そこで一度、不倫相手の様子を見に行く。彼女は、私は一人で犬と暮らしているからいつでもどうぞ、と言っていたので、なぜこの場面で、彼女の家に転がりこまないのかは謎である。もう少しそこの説明があってもいいような気がした。
しかし上映後の監督との質疑応答では、この映画のテーマはコミュニケーションの不在、不可能性であるとのことであった。男は自分の苦しさを妻や愛人に告げることなく、もがいている。妻に対してはかなり未練がありそうな気配であったが、妻はまったく彼を再び受け入れる様子はなかった。それもコミュニケーションの不在なのか。
質疑応答で出ていたが、これは現代のネオレアリズモ的な映画で、ちょっとしたきっかけで家族というメカニズムがこわれてしまう、そこを描いている映画でもある。父と思春期の娘のやりとりも見応えがあった。
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