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2012年8月13日 (月)

《ブルスキーノ氏》(ROF)


ロッシーニのオペラ《ブルスキーノ氏》を観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。

休憩なしで一気に上演したので、上演時間は1時間40分程度だった。《マティルデ・ディ・シャブラン》などでは、まだ一幕が終わっていないということになる。

《マティルデ》のように充実したオーケストレーション、声の響宴を、休憩をはさんで4時間観るのもこの上ない贅沢だが、《ブルスキーノ氏》のように軽やかな喜劇を、ロッシーニの最高の音楽で笑いながら聞くのも楽しい。

《マティルデ》は音楽的なアンサンブルが醍醐味であるが、こちらは特にバス歌手の闊達な演技と声の妙技が不可分になって、お客をある時はくすぐり笑わせ、またある時は声で堪能させるわけだ。

これが1813年1月27日にヴェネツィアのサン・モイゼ劇場で初演された時、ロッシーニは弱冠21歳、厳密に言えば、21歳の誕生日(彼の誕生日は2月29日なので、彼は4年に一度しか歳をとらないと自慢していた)を目前にした20歳であった。

しかし驚くべきことに、これが処女作などでは全然なくて、前年の1812年には、《絹のはしご》や《バビロニアのチーロ》などを発表し、オペラセリエもオペラブッファも書いているのである。早熟な天才と言えばそれまでだが、それにしても、ものすごい勢いで次々と傑作をものしており、逆に言えば、なぜ1829年の《グリエルモ・テル》(ウィリアム・テル)を最後にオペラを書くのを止めてしまったのか、不思議でならない。ロッシーニは30代であったのだし、1868年まで生き延びるのだから。

《ブルスキーノ氏》のストーリーは二つの要素、つまり二つのよくあるパターンが絡み合っている。
1つは、後見人(このオペラではガウデンツィア、以下同様)と若い女性(ソフィア)がいて、後見人は年配の男性で、自分の思う男と若い女性を結婚させたがる。しかし、若い女性には好きな人がいて、一計を案じて年配の後見人を出し抜き結ばれるというもの。

《セビリアの理髪師》もそのパターンなわけだ。このパターンの見どころは、権力や金を持っており、年上なので知恵もあると思われる後見人が、権力や金もない若い女性に出し抜かれるというところである。

ところが、《ブルスキーノ氏》にはもう一つの要素、パターンが絡んでいる。シェイクスピアの喜劇などでもおなじみだが、人違い、ある人を別の人と取り違えることから生じるドタバタである。《ブルスキーノ氏》では、フロルヴィッレという若者がソフィアと相思相愛なのだが、具合の悪いことに、後見人ガウデンツィオとフロルヴィッレの父は敵同士なのだ(なんで敵なのかは重要でないので、示されない)。

ふとしたことから、フロルヴィッレは、ガウデンツィアはブルスキーノ氏の息子とソフィアを結婚させようとしていることを知る。さらに、ブルスキーノの息子が宿屋フィリベルトに400フランもの借金があり、軟禁されているのを知る。

フロルヴィッレは一計を案じ、ブルスキーノ氏の息子になりすます。フロルヴィッレは借金を半分はらいフィリベルトから息子の書いた手紙を入手する。周囲の人間にブルスキーノの息子と信じ込ませ、そこへブルスキーノ氏との対面になるが、当然ブルスキーノ氏はこんなの息子ではないという。するとガウデンツィアは、息子がろくでなしのためにこういう発言をしていると誤解する。

ブルスキーノ氏は、怒って警官を呼ぶのだが、筆跡鑑定で決めようということになって、先述の手紙が功を奏し、フロルヴィッレはブルスキーノの息子だということが「証明」されてしまう。

ブルスキーノ氏は自分は頭がおかしくなったかといぶかしむが、 ブルスキーノの息子(フロルヴィッレ)とソフィアの結婚がすすむ。そこへ、宿屋のフィリベルトがやってきて、フロルヴィッレがブルスキーノの息子ではないことを明かす。

ブルスキーノ氏は、とうとうフロルヴィッレの正体を知るが、彼が後見人ガウデンツィオの敵の息子だと知り、ガウデンツィオの鼻を明かしてやろうと、かえって結婚を承諾する。

最後はガウデンツィオも彼の正体を知り激怒するが今や遅し、しぶしぶ認め、めでたしめでたしとなり幕。

若者のフロルヴィッレはテノールのダヴィド・アレグレート。バルセロナ出身、非常な長身で好演であった。ソフィアはマリア・アレイダ。キューバ出身。細い声で声量はもう一歩の面もあるが、アジリタ(高音部の早いパッセージ)はきれいにまわっていたと思う。

しかし何と言っても、ロッシーニのブッフォで肝心なのはバス。後見人ガウデンツィオはナポリ生まれのカルロ・レポーレ。彼はメッサジェーロ紙へのインタビューで、ガウデンツィオとブルスキーノ(父)のコンビは、トトとペッピーノを想起させるものだ、と語っている。トトは言うまでもなく往年の大喜劇俳優。誤解をおそれずいえばエノケンのような人で、映画もたくさんあるのだが、日本にはほとんど紹介されていないのが残念。喜劇の方が、言葉の壁が厚いのである。

ブルスキーノ氏(父ーーちなみに息子は最後の最後にちょっと出てくる端役にすぎない)はロベルト・デ・カンディア。‘che caldo' (なんて暑いんだ)を連発するのだが、演技が巧くあきさせない。バス2人は演技も歌も達者で、歌も聞き応えがあった。強いて比較すれば、レポーレの方がほんの少しあらいところがあるかもしれない。

オーケストラはオーケストラ・シンフォニア・G・ロッシーニ。ボローニャ歌劇場のオケと較べるのは気の毒というものだ。しかし、ダニエーレ・ルスティオーニの抜群の指揮により、実にいきいきとしたロッシーニを聞かせてくれた。

ルスティオーニを聞いたのは僕ははじめてだが、大変な才能である。リズムといい、テンポといい、重唱における歌とオケのバランス、また重唱のなかでの巧みなアッチェレランド(テンポをあげていく)も実に見事で効果的だった。つまり、スタイル、様式としてロッシーニを完璧に理解し、それを表現できている。文句なしに素晴らしいロッシーニであった。彼は29歳である。才能というのは恐ろしいもので、20代であろうがもうここまでの高みに登ってしまうのである。


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演出は、テアトロ・ソッテラネオという30代の若者5人の集団、2004年に結成された。テーマ・パークでこのオペラが出し物として上演されていて、それを観客(舞台の上に現代服でいる)が観ているという劇中劇の構造。劇中劇の演出は、はやりのようですね。

そのせいか、ブルスキーノ氏やガウデンツィオ、フロルヴィッレの服装はどこかキッチュで、かつらもわざとけばけばしい色で塗りたくってある。この話は作り話なんだよ、ということを強調しているわけだが、そうすることの効果はあまり判然としなかった。

ただし、面白い点もあって、後見人ガウデンツィオはセグウェイという自動でうごく変わった乗り物に乗って登場するのだが、音楽の動きにあわせて軽快に動いてみせる、音楽が不意に変な方向へ進むと、セグウェイも意外な動きを示すというのは効果的だった。つまり、歌手の動きが、音楽の理解に、演劇的に楽しませながら貢献しているのである。

演劇的には、ソフィアが人形を持っていて、釘のようなものを指したりすると、離れたところにいるブルスキーノ氏がうめき苦しむというのも観ていて面白かった。

全体として、指揮者の采配、テンポ、リズム、きびきび感がよく、バス2人が達者で、おおいに楽しめる上演であった。

(追記)
舞台装置は、Accademia di Belle Arti di Urbino の学生たちが担当している。演出のテアトロ・ソッテラネオとの協力関係も素晴らしいものだったとのことである。

ロッシーニ・オペラ・フェスティバルは、新たな試み、新たな人材の発掘などに非常に意欲的に取り組んでいる。演出なども新演出も自由にできるのだが、一つだけ枠があって、それはスコアと台本を変えないということである。これは、このオペラ・フェスティバルがロッシーニ財団の研究成果を取り入れて、たとえば新しいエディションが出来た時に、そのエディションに基づいた演奏をすることを考えれば当然の枠組みと言えよう。

しかしながら、すべてが学術的、守旧的というのでは全然ないのであって、新しいロッシーニ像、ロッシーニ演奏家を求めているということなのだ。


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