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2012年5月 3日 (木)

《何もかも音楽のせい》

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リッキー・トニャッツィ監督の《何もかも音楽のせい》を観た(有楽町・朝日ホール)。

リッキー・トニャッツィはウーゴ・トニャッツィの子息。監督も中心人物ナッポを演じている。主人公ジュゼッペ(マルコ・メッセーリ)は、30年の勤めを終え、年金生活に入る。

'Sono andato in pensione'(僕は年金生活にはいった)というと妻は、‘Sono andata al parrucchiere oggi' (私は今日、美容院に行ったわ)とこたえる。andare が掛け言葉になっているのだが、字幕だと可笑しさが伝わらない。こういった地口を用いたやりとりは翻訳がむつかしいところだ。

しかし、この会話は夫婦の間を象徴している。妻は、エホバの証人に入会し、その活動に邁進し、家で集会を開いており、娘もそのメンバーとなっている。

ジュゼッペの母は、カトリックでパードレ・ピオをうやまっている。ジュゼッペはそのどちらでもなく、自分に残ったフェーデは指のところにしかない、というのだが、これも駄洒落なのだ。フェーデ(fede)とは、信仰といういう意味と結婚指輪という意味があるからだ。つまり、信仰は持ってないけど、結婚指輪はしているよ、ということになるのだが、こう言ってしまうと可笑しくない。

こうして意識のすれ違った夫婦であるジュゼッペは、悪友ナッポ(若いブルガリア人の愛人に夢中)に誘われて合唱団の活動を見に行く。そこで、ソプラノ独唱を歌うエリザ(ステファニア・サンドレッリ)を見て、一目惚れ。。。

エリザには、病気の夫と二人の息子がいる。

中年男の恋のちょっとほろ苦い物語であるが、愉快なコメディーでもある。


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コメント

私も昨日この映画を観ました~日本ではちょっと考えられないストリーでしたが・イタリアではありなのですね
それにしても毎回思うのはイタリアの俳優さんの個性の豊かな事
そして上手です・そして俳優さんも体型とか美系とかでなく
街の何処にでもいる様な方が演技していて幅が広いです
イタリアに行きたい妄想が高まりました~~~(笑)
今日はジャンニと彼をめぐる女たちを観ます

投稿: yoko | 2012年5月 4日 (金) 06時53分

yoko さん

おっしゃる通りですね。映画の中でも、ジュゼッペに対してエルサがあなたより格好いい人はいるし。。。という意味のセリフがありましたが、年金生活者になって、特にお金持ちでもハンサムでもないおじさんの恋(あるいは恋心)を描いているので、境遇の細部は異なっていても共感できる人は多いのではないでしょうか。
《ジャンニと彼をめぐる女たち》も広い意味で同系列の映画ですね。
 たしかに、イタリアの普通の人も、顔や身振り手振りの表情が豊かですよね。イタリアにいらしたらこういう人あの映画にいたなあ、と思いつつ道行く人を眺めるのも楽しいかもしれませんね。

投稿: panterino | 2012年5月 4日 (金) 09時15分

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