ハロルド・アクトン著『メディチ家の黄昏』
ハロルド・アクトン著/柴野均訳『メディチ家の黄昏』を読んでいる。
メディチ家と言えば、筆者も言うように、通常、コジモ・イル・ヴェッキオやロレンツォ・イル・マニフィコのようにルネサンス期にフィレンツェを支配し、芸術家のパトロンとして活躍した15世紀のメディチ家が取り上げられることが多い。
しかしこの本はフェルディナンド2世、コジモ3世といった17世紀のメディチ家の最後の世代を描いている。なじみの無い人の話でつまらないかと思いきや、これが面白い。
フェルディナンドの時代、フィレンツェでは性的逸脱行為(同性愛のことです)がさかんだった。フェルディナンドの母の大公妃は、そういった行為にふける者たちを厳罰に書する決意で長いリストを息子に見せた。
フェルディナンドはそのリストをじっくりと読んで、このリストは十分ではない。といって自分の名を付け加えた。母は、罪人を救おうとしてそんなまねをしても彼らを懲らしめますからね、と言い張る。フェルディナンドは、どんな罰を考えていますか、と尋ねると、母は「火刑に処せられるべきです」。
フェルディナンドは、リストを火の中に放りこんで、「ほらこの通り、罰せられました、お母様」。
ハロルド・アクトンは1904年生まれのイギリス人である。といってもフィレンツェに生まれて、教育は英国でうけて、オックスフォードを卒業している。というわけで、イギリスのいわゆる1930年代詩人W.H.オーデンやルイ・マクニースが1907年生まれであるのと近い。
イギリスには、伝記文学の伝統があるのだが、これもその優れた一冊と言えるだろう。抽象的な議論ではなく、具体的なエピソードを積み上げて行ってその人となりを理解させる。対象に対してべたべたした愛情ではなく、突き放してユーモアやアイロニーを交えて描く辛口の愛情にあふれている。
メディチ家の黄昏は、立派に歌舞いているなあ、という感じである。
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