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ヴァティカンと国家のつづき(9月20日、Corriere della Sera).
1994年 キリスト教民主党(DC)の終焉
1992年からDcや他の与党は司法当局から汚職捜査を受けていた。いわゆる Tangentopoli をうけて、党のリーダーとなったミノ・マルティナッツォリは1994年にキリスト教民主党解党、そして新たなPpi 創設へ向けての第一歩を踏み出した。
2011年10月 6日 (木) イタリア | 固定リンク Tweet
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