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2011年10月 5日 (水)

ヴァティカンと国家(8)

Divorzioreferendum
ヴァティカンと国家のつづき(9月20日、Corriere della Sera).

1974年
離婚に関する投票

1948年以降は、Dcは絶対多数を獲ることが出来なかった。60年代は社会党と連立していた。しかしDcのヘゲモニーは1974年に打撃をこうむった。

カトリック勢力が離婚法を廃棄しようと試みたが59%のNOにあって拒絶されたのである(離婚法は存続することになった)。同様のことが1981年の中絶法でも生じ、68%のNOで拒絶された。

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