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2011年10月31日 (月)

夏時間、終わる

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10月29日の夜から30日にかけて、夏時間が終了した(10月29日、Corriere della Sera).

夏時間がふたたび戻ってくるのは、2012年の3月24日と25日の間である。

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サルコジ大統領:ギリシアを救ったのはイタリアを倒さぬため

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ブリュッセルでのEU諸国の危機対応合意で、ヨーロッパ諸国の株価は上昇した(10月28日、Corriere della Sera).

ミラノ株式市場の株価も5、5%、フランクフルトは5、25%上昇した。

フランスのサルコジ大統領は、合意に関して「もしギリシアを倒してしまったら、今度はイタリアに被害がおよぶだろう。そうなったらヨーロッパは終わってしまう」と述べた。

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イタリアの肥満、500万人

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イタリアには肥満の人が約500万人いる(10月29日、Corriere della sera).

肥満の尺度はIMC (L'indice di massa corporea, 英語では body mass index, bmi)で、体重を身長を二乗したもので割った数字。

18、5未満は過小体重
18、5−24、9が正常
25、0ー29、9が肥満予備軍
30、0ー34、9が肥満の第一段階
35、0−39、9が肥満の第二段階
40以上      肥満の第三段階

各国の大人の肥満の割合
アメリカでは
2002年 34、9%
2010年 46、3%

イギリス
2002年 20%
2010年 25%

ブラジル
2002年 10、9%
2010年 18、5%

中国
2002年 1、3%
2010年 3、8%

イタリア
2002年 8、5%
2008年 10%

となっている。
イタリアには、肥満予備軍が2000万人、肥満が500万人いる。


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2011年10月29日 (土)

イタリア政府、小さな合意

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政府は、年金支給開始を67歳に引き上げることで合意した(10月26日、Corriere della Sera).

しかし、年功年金(pensione di anzianita', 年齢にかかわらず、拠出期間と現役引退を要件として支給される)に関しては、北部同盟のボッシが反対したため手をつけられなかった。

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2011年10月28日 (金)

政府、年金に関し、意見割れる

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政府は、年金に関し、内部で意見が対立している(10月25日、Corriere della Sera).

EUから最後通牒をつきつけられたイタリア政府は、年金改革に関し、意見が割れている。北部同盟は、もうすでにやるべきことはやった、という立場で、首相と合意にいたっていない。

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2011年10月27日 (木)

EU諸国、銀行の資本増強を決める

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EU諸国の財務大臣は、銀行の資本増強を決定した(10月23日、Corrriere della Sera).

ブリュッセルで、ベルルスコーニ首相は、ドイツのメルケル首相と会談し、メルケル首相を納得させた、と語っている。

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2011年10月26日 (水)

マルコ・シモンチェッリ、セパンに死す

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モトGPのライダー、マルコ・シモンチェッリは、レース中の事故で死亡した。24歳だった(10月24日、Corriere della Sera).

二輪バイクレースの最高峰モトGPで、レースの2周目で事故は起きた。シモンチェッリは、転倒し、内側にすべっていったが、そこへエドワーズとロッシが来て、轢いてしまったのだ。エドワーズとぶつかったときに、運悪くヘルメットが脱げてしまい、さらに頸部をひかれ死亡事故にいたってしまった。

マルコは、1987年1月20日、カットリカに生まれ、リミニ県のコレアーノで育った。7歳でミニバイクにデビュー、12歳でイタリアチャンピオン、15歳で125CCのヨーロッパチャンピオン、21歳で250CCの世界チャンピオンとなり、23歳からモトGPに参戦していた。

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EU、イタリアに改革を求める

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EUはイタリアに改革を求めている(10月22日, Corriere della Sera).

EUは、イタリアに緊急に、経済成長のための改革を実施するよう求めている。

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ヴァティカンの蔵書、デジタル化

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ヴァティカンの羊皮紙写本がデジタル化されることになった(10月21日、Corriere della Sera).

ヴァティカンの図書館は、教皇ニッコロ5世により1450年に設立された。彼が所蔵していた数百のマニュスクリプトを寄贈したのである。

その後、1475年に教皇シスト4世により、法的な規定ができた。

1587年、シスト5世は、建築家ドメニコ・フォンターナに委嘱して新たに今日ある建物を建てさせた。

ヴァティカン図書館は、160万冊の印刷物、8300冊の活版印刷揺籃期の本、8万のマニュスクリプト、7万4000のドキュメントなどを所蔵している。

今回はNASAの協力をえて、羊皮紙の本を、45ペタバイト(ペタは10の15乗)という高精細度でデジタル化していく。

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2011年10月24日 (月)

イタリア銀行総裁、ヴィスコに

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イタリア銀行総裁の後継者選びにやっと決着がついた(10月21日、Corriere della Sera).

一時迷走していた次期イタリア銀行総裁であるが、イニャツィオ・ヴィスコに決まった。第10代のイタリア銀行総裁となる。

ボッシらは、ミラノとの縁が深いという理由でヴィットリオ・グリッリを推していたが、実現はしなかった。

ヴィスコは、1949年ナポリ生まれ。結婚し、3人の子どもがいる。2007年1月9日以来、イタリア銀行の総局長をつとめている。イタリア銀行には1972年以来勤めている。

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2011年10月23日 (日)

ザンゾット、逝去

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詩人のアンドレア・ザンゾットが亡くなった。90歳だった(10月19日、Corriere della Sera).

ザンゾットは、1921年10月10日、トレヴィーゾ県のピエヴェ・ディ・ソリーゴ生まれ。1942年に、デレッダについての卒論を書きパドヴァ大を卒業。ヴェネト州での抵抗運動に参加した。

妻マリーサ・ミキエーリとの間に二人の子どもがあり、中学校で教えていた。

映画監督フェッリーニの友人で、『カサノヴァ』や『女の都市』、『そして船は行く』で協力した。

奇しくも今週の月曜日、愛猫が亡くなっていた。

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2011年10月22日 (土)

70年代のような方策

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先日のブラック・ブロックらの暴力行為に対し、マローニ内相は、100件の強制捜査に乗りだした(10月11日、Corriere della Sera).

また、ローマでは一ヶ月間、デモが禁止となった。

マローニ内相は、1975年5月22日の物権法(legge Reale)152条の適応を検討している。それによれば、48ー96時間の予防拘禁や、デモの後日での逮捕などの措置を考えている。

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2011年10月21日 (金)

教皇、信仰年を宣言

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ローマ教皇ベネデット16世は、2012年を信仰の年とすることを宣言した(10月17日、Corriere della Sera).

信仰年は、2012年10月11日から始まる。第2ヴァティカン公会議開始50周年を記念してのことだという。そして信仰年は、2013年11月24日に終わる。

信仰年の前例としては、パオロ6世が1968年に宣言した例がある。このときは、ピエトロとパオロの殉教から1900年を記念してのものだった。

伝統的なキリスト教国が世俗化し、神の言葉に無関心になっていることに対抗することが使命であるとしている。

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2011年10月20日 (木)

ローマのデモ、一部が暴徒化

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ローマでのデモは一部で暴徒化し、怪我人が出た(10月16日、Corriere della Sera).

暴徒の中心はブラック・ブロックというグループだが、他に無政府主義者などがいた。

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2011年10月19日 (水)

ベルルスコーニ、内閣信任案を可決

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ベルルスコーニ首相は、内閣信任案を可決した(10月15日、Corriere della Sera).

今回は、賛成票が318票だった。2008年5月の投票では335票を獲得していた。


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2011年10月18日 (火)

バレンボイム、スカラ座の音楽監督に

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バレンボイムが12月1日からスカラ座の音楽監督に就任する(10月14日、Corriere della Sera).

ムーティが辞任してから6年間が経過している。バレンボイムの任期は2016年いっぱい。

バレンボイムは2007年12月以来、スカラ座に登場して、ヴァーグナー、ヴェルディ、ビゼー、プロコフィエフを振っている。

バレンボイムは、ベルリン歌劇場と兼任する。

バレンボイムは1942年ブエノスアイレス生まれ。一日15時間働くことにも慣れていると豪語している。

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2011年10月17日 (月)

性的傾向による差別

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Arcigay の調査で、イタリアにおける性的傾向による差別の実態が明らかになった(10月13日、Corriere della Sera).

Arcigay は2229人のレスビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーを対象にアンケート調査をし、そのうち52人にインタビューをし、17件の職場における差別が明らかになった。

職場で自らの性的アイデンティティーを示さない人は 26,6%

ゲイが差別されている 19,1%

ゲイなので解雇された 4,8%

職場で不利な扱いをうけたが訴えず、誰にも言わなかった 30%

ゲイなので職場のあるポストへの立候補を拒絶された 13%

差別されないように人事の通達は念をいれてチェックしている 48%

同性愛者の給与は、同じ職場の異性愛者と比較して10ー32%低くなっている


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2011年10月14日 (金)

ザンゾット、90歳

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詩人のアンドレア・ザンゾットが90歳の誕生日をむかえた(10月11日、Corriere della Sera)

ザンゾットは、90歳の誕生日を10日にむかえたが、ナポリターノ大統領からお祝いのメッセージを受け取った。

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2011年10月13日 (木)

ベルトルッチの美術書

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詩人アッティリオ・ベルトルッチの美術書が出版される(10月8日、Corriere della Sera).

若き日の詩人アッティリオ・ベルトルッチとピエル・パオロ・パゾリーニ、ジョルジョ・バッサーニとフランチェスコ・アルカンジェリが交錯する場所があった。ボローニャ大学の美術史の教室だった。1930年代後半、ロベルト・ロンギが、1300年代のリミニ絵画、1600年代のロンバルディア絵画、1400年代から1700年代のヴェネツィア絵画、ジョルジョ・モランディについて論じていた。

ベルトルッチ(1911−2000)はこの本(La consolazione della pittura.Scritti sull'arte)をロンギに献呈している。

本のなかでベルトルッチは、モランディのことを今日のイタリアの最も偉大な画家と呼んでいる。

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2011年10月12日 (水)

ドラーギ:若者対策を

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イタリア銀行総裁マリオ・ドラーギは、景気停滞から抜け出るためには、若者に焦点をあてる必要があるとの見解を示した(10月7日、Corriere della Sera).

ドラーギはまた、家庭の経済危機への抵抗力が弱まっていることへの懸念を示した。

若者の苦境に配慮すべきであり、それなしには低成長から抜け出せず、この問題が最優先の政治・経済問題であると述べた。

イタリアでは15歳から29歳の若者で働いているのは35%にすぎないが、ドイツでは57%におよんでいる。またいわゆるニートも19,1%に達している。

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2011年10月11日 (火)

各国の財政の累積赤字

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格付け会社ムーディーズがイタリア国債を3段階格下げしたことに絡み、各国の累積赤字が比較されている(10月5日、Corriere della Sera).

金額
アメリカ 15兆2270億ドル
中国   6兆5150億ドル
日本   5兆8210億ドル
ドイツ  3兆5180億ドル
フランス 2兆7500億ドル
イギリス 2兆4710億ドル
ブラシル 2兆4210億ドル
イタリア 2兆1810億ドル

対PIL(GDP)比率
日本   229%
ギリシア 152%
イタリア 120%
アイルランド 114%
アメリカ  99,5%
ベルギー  97,3%
シンガポール93,6%
ポルトガル 90,5%
フランス  87,8%
カナダ   84,2%

となっている。

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2011年10月 9日 (日)

女性国家公務員の退職者急増

Inps3 女性の国家公務員の退職者が急増している(10月4日、Corriere della Sera).

これは公務員の退職年齢が男女が同一となり65歳になるのを前にして、その前に退職しようという人が増えたためと考えられている。

今年年初から9カ月間の退職者は5万3000人で昨年同期と比較して34%増加している。

民間ではこれとは逆に、退職者は減少している。

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2011年10月 8日 (土)

トト・リイナの息子、コルレオーネ村に戻る

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マフィアの大ボス、トト・リイナの息子がコルレオーネ村に戻ることが問題となっている(10月3日、Corriere della Sera).

彼の名前は、ジュゼッペ・サルヴァトーレ・リイナ、34歳で、トト・リイナとニネッタ・バガレッラの間の子供であり、通称はサルヴッチョ。

2002年に収監され、パレルモ控訴院で8年10カ月の刑をうけた。

先週の土曜日に釈放され、シチリアのコルレオーネ村に戻った。

本人は北部のパドヴァで新しい生活を構築したいと希望している。

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2011年10月 7日 (金)

ヴァティカンと国家(10)

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ヴァティカンと国家のつづき(9月20日、Corriere della Sera).

2005年
ルイーニのレフェレンダム

1994年の選挙以降、元キリスト教民主党の勢力は、中道左派でも中道右派でも少数派となった。しかしカトリック教会の公的影響力は、イタリア司教会議議長のカミッロ・ルイーニ枢機卿によって増大させられた。

ルイーニ枢機卿の政治的最大の成功は、人工授精に関する国民投票に棄権するようしむけたことである。投票率は25%におわった(国民投票自体が無効となった)。


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2011年10月 6日 (木)

ヴァティカンと国家(9)

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ヴァティカンと国家のつづき(9月20日、Corriere della Sera).

1994年 
キリスト教民主党(DC)の終焉

1992年からDcや他の与党は司法当局から汚職捜査を受けていた。いわゆる Tangentopoli をうけて、党のリーダーとなったミノ・マルティナッツォリは1994年にキリスト教民主党解党、そして新たなPpi 創設へ向けての第一歩を踏み出した。

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2011年10月 5日 (水)

モンターレとスヴェーヴォ

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詩人モンターレと小説家ズヴェーヴォの関係は文学だけではなかった(10月2日、Corriere della Sera).

エリオ・ジョアノーラの Montale. L'arte e' la forma di vita di chi propriamente non vive (モンターレ:芸術は、適切に生きることのなかった人生の形式である)は、最初の章からモンターレとズヴェーヴォの出会いを描いている。

1926年2月27日の土曜日、ミラノで晴れた日だった。30歳のモンターレはスカラ座の前で年長のズヴェーヴォに会った。ズヴェーヴォはイギリスに船の塗料の工場を持っていた。ズヴェーヴォは目の前の青年が、ジェノヴァの樹脂や松ヤニの輸入業者の息子だと知って喜んだ。

その時から松の樹脂の匂いがいつもわれわれの間の関係にはただよっていた。

ジョアノーラの本は文学の置かれたコンテクストを明らかにしてくれる。


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ヴァティカンと国家(8)

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ヴァティカンと国家のつづき(9月20日、Corriere della Sera).

1974年
離婚に関する投票

1948年以降は、Dcは絶対多数を獲ることが出来なかった。60年代は社会党と連立していた。しかしDcのヘゲモニーは1974年に打撃をこうむった。

カトリック勢力が離婚法を廃棄しようと試みたが59%のNOにあって拒絶されたのである(離婚法は存続することになった)。同様のことが1981年の中絶法でも生じ、68%のNOで拒絶された。

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2011年10月 4日 (火)

ヴァティカンと国家(7)

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ヴァティカンと国家のつづき(9月20日、Corriere della Sera)

1948年
4月18日の選挙

1947年に共産党・社会党を排除した内閣をつくったデ・ガスペリは、一層の成功をめざした。

1948年4月18日の選挙では48%を獲得し、絶対多数の議席を確保した。中道政策をとり、自由党、社会民主党、共和党と連携した。

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2011年10月 3日 (月)

ヴァティカンと国家(6)

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ヴァティカンと国家のつづき(9月20日、Corriere della Sera).

1942年
DCの誕生

1942年10月、元人民党の書記長アルチーデ・デ・ガスペリによりミラノで秘密裡にキリスト教民主党(Democrazia cristiana)が結成された。全国解放委員会に属し、レジスタンスに参加した。

1945年12月に、パッリ内閣が倒れると、デ・ガスペリは首相となった。1946年の制憲議会選挙でDcは35%を獲得し、第一党となった。

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2011年10月 2日 (日)

ヴァティカンと国家(5)

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ヴァティカンと国家のつづき(9月20日、Corriere della Sera).

1929年
ラテラノ条約

ベニト・ムッソリーニとヴァティカンの国務長官ピエトロ・ガスパッリが1929年2月11日に調印した。ローマ問題はここに終焉した。教皇座(Santa Sede)はイタリア王国を承認し、あらたにヴァティカン市国が創られた。


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2011年10月 1日 (土)

《ロベルト・デヴェリュー》

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ドニゼッティのオペラ《ロベルト・デヴェリュー》を観た(東京文化会館)。

なんといってもソプラノ歌手グルベローヴァの活躍が見物、聞き物の出し物である。ストーリーは、エリザベス女王(1533ー1603、オペラ中ではイタリア風にエリザベッタとなる)とその愛人ロベルト・デヴェリュー(エセックス伯)の愛憎入り交じった物語。

ロベルトはサラという女性と恋仲だったのだが、ロベルトがアイルランドに遠征中にノッテインガム公と結婚させられてしまう。しかし二人は今でも互いに想いを寄せている、というとこからおこる悲劇である。

しかもノッティンガム公はロベルトの友人なので、二人の間を知ると激怒する。ここらは、ヴェルディの《仮面舞踏会》の設定とよく似ている(もちろん、《ロベルト・デヴェリュー》が先に存在していたわけだが)。

グルベローヴァは、65歳という年齢をものともせず輝かしい声であり、コロラトゥーラもよく転がり、満場の喝采をさらっていた。欲を言えば、指揮者ハイダーが、長いアリアではもう少しテンポの緩急をつけて曲の表情を引き締めてほしかった。

サラはソニア・ガナッシ。なかなかの熱演。演出で、夫が彼女を緊縛したり目隠ししたりするのは意味不明であったし、さらにロベルトがズボンを降ろされるのはあきれるほかなかった。

そもそもエリザベスは16世紀後半に生きているわけだが、舞台上では男女ともにスーツ姿で、椅子も現代のソファーで感興がそがれることはなはだしい。演出に支出が限られているのだろうが、舞台を現代にうつすしか方策はないのだろうか。今回の上演に限らず、オペラ演出で安易に、時代を現代化するのはアイデアの貧困である。

オケは立派なのだが、ノリという点では、ドイツのオケというのはイタリアのオケとは違った味わいであることを確認した。あたりが柔らかく、リズムが少しねばるのである。合唱も同じで、ソフトな発声と響きであるのだが、そのため言葉がとても聞き取りにくかった。

全体としては、グルベローヴァの歌唱法もあり、ロマン派よりのドニゼッティ、やや重めのドニゼッティという味わいであった。ドニゼッティにはロッシーニ的要素とロマン派的要素の双方があるため様式的にはどちらの演奏も可能であろう。そういう意味で興味深い演奏ではあった。

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ヴァティカンと国家(4)

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ヴァティカンと国家のつづき(9月20日、Corriere della Sera).

1919年
人民党(il Partito popolare)の誕生

1919年1月18日、シチリアの司祭ドン・ルイジ・ストゥルツォに率いられ人民党が誕生した。キリスト教徒としての価値を守るために政治生活に参加するためである。1919年と1921年の選挙では約20%の得票率があったが、ファシストの進出により打撃をこうむり、1926年に解党した。

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イタリア銀行総裁のイスをめぐる争い

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イタリア銀行総裁をめぐる争いが最終局面をむかえた(9月28日、Corriere della Sera).

現在のマリオ・ドラーギ総裁がヨーロッパ中央銀行の総裁になるため、イタリア銀行総裁の後継者を決める必要がある。

ファブリツィオ・サッコマンニ(イタリア銀行総局長)(写真)が指名に近づいているが、トレモンティ経済相は、ヴィットリオ・グリッリ(経済省総局長)にこだわり、ベルルスコーニ首相と摩擦が生じている。

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