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2011年8月28日 (日)

着陸と拍手

50513_56637371756_6033629_n イタリア人が飛行機の着陸時に拍手をする習慣は健在だった(この項、イタリアの新聞と関係ありません)。

先日、ミラノからエディンバラ(ロンドンの間違いでしたー訂正します)へ、アリタリア航空で旅したが、乗客はイタリア人が多かった。着陸時点で拍手がなく、拍手はしないのかなと思ったら、クルーの「当機はただいまエディンバラ空港に着陸しました。。。」というイタリア語でのアナウンスとともに拍手が沸き起こった。久しぶりに一緒に拍手が出来た。

3・11の地震・津波以来、イタリアと日本間のアリタリア機は明らかにイタリア人が減っているので、拍手は聞こえない。

数日前にエディンバラからマドリッドへの飛行機に乗った。乗客はスペイン人が多かった。着陸時、拍手はなかった。隣のお嬢さんに尋ねると、スペイン人もたとえばベネズエラからマドリッドなど長距離のフライトの場合には、着陸時に拍手をするそうである。

訂正:本文中にも記しましたが、ミラノーエディンバラではなく、フライトはミラノーロンドンでした。おわびして、訂正いたします。

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2011年8月26日 (金)

スカローニ、4月から反乱軍と接触

2551281180x140 ENI会長のスカローニはリビアの反乱軍と4月から接触していたことを明らかにした(8月24日、Corriere.it).

4月3日に国民評議会のメンバーと会い、その後も連絡を取り続け、金銭や薬など様々な援助をしつづけたと語っている。

フランスの積極的なリビアへの援助もあったが、ENIの石油資源などに関する将来の活動の見通しはポジティヴであるとしている。

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2011年8月25日 (木)

ベルルスコーニ首相、リビア新首脳と会談

Eni180x140 ベルルスコーニ首相は、8月25日にリビア新政権の首脳マフムード・ジブリルと会談する予定だ(8月23日、Corriere it).

イタリアのフラッティーニ外相は、リビアとイタリアの友好条約は、カダフィ大佐との契約ではなく、イタリア人民とリビア人民の間のものであるので、新政権のもとでも有効であることを明言している。

イタリアの主要銀行であるUnicredit は、株主としてリビア中央銀行(4,988%)と Lybian Investment Authority (2,594%) をかかえており、両者をあわせると7,5%となって筆頭株主となる。しかし、他のリビア資産と同様に現在は凍結されている。

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2011年8月24日 (水)

ベルルスコーニ首相、カダフィ大佐に投降呼びかける

Gheddafi ベルルスコーニ首相は、リビアのカダフィ大佐に投降を呼びかけた(8月23日、Corriere.it)

アメリカのオバマ大統領は、リビアでの戦闘は続いているが、カダフィ体制は先が見えているとしている。

また国連のバン・キ・ムン事務総長も、リビア国民を守るためにも暴力行使をやめるよう呼びかけている。

ベルルスコーニ首相はリビア国民の苦しみを終わらせるためこれ以上の抵抗をやめるよう呼びかけた。

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2011年8月23日 (火)

帰省ラッシュ始まる

Traffico180x140 イタリアで帰省ラッシュ(controesodo)の第一陣が始まった(8月22日、Corriere.it)

帰省ラッシュの第一週目となった8月22日(日曜日)、交通量は増えたが大渋滞は発生しなかった。

アウトストラーダ(高速道路)に関しては、サレルノ・レッジョカラブリア間が良い結果で、とくにすでに完成した240キロ区間では渋滞なく車が流れた。

Anasによると去年とほぼ同様ではあるが、事故と渋滞は少し減っている。

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2011年8月22日 (月)

イタリア猛暑

914551_c140x180 日曜日、イタリア各地も猛暑に襲われた(8月22日、Corriere.it).

この夏の暑さは日曜から火曜日にかけてピークに達する模様。イタリア半島のほとんどで33-35度に達したが、なかでも38-40度に達したのがプラート、フェッラーラ、フィレンツェ、ボローニャ、マントヴァ、グロッセート。

ローマその他も36-38度になった。

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2011年8月20日 (土)

シローネの未出版原稿、モスクワで見つかる

Ignazio_silone_02

シローネの小説の未発表原稿がモスクワで発見された(Panorama, 8月18日号)

シローネの有名な小説『フォンタマーラ』の「革命的な」バージョンがモスクワで発見された。

『フォンタマーラ』は1933年3月にスイスのチューリッヒでドイツ語版が先に出版され、その数カ月後にイタリアでも出版された。

今回、それに先立つ版の一章を、ジュリオ・ナポレオーネがモスクワのコミンテルンの文書館で見出した。彼はこの版は、1928-29年にスイスで書かれたものと推定している。小説は15章で、タイプ紙で110ページほどであったらしい。

この出版されなかった最初の版は、ファシスト政権によって断罪された共産党の闘士に捧げられている。一方、これまで知られている版は、弟ともとパートナー、Gabriella Seidenfeld に捧げられている。

その間の1931年にイニャツィオ・シローネ(本名セコンディーノ・トランクィッリ)は共産党のインターナショナルから追放されている。

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2011年8月19日 (金)

イタリア人、ヴァカンスは近場に

Italianiscelgonoweekendvicinocasa1 8月に旅したイタリア人は1930万人にのぼる(8月15日、Corriere della Sera).

昨年と比較すると300万人も増えている。

ヴァカンスに費やす平均費用は今年は859ユーロと予想されている。去年は817ユーロだった。

イタリアを訪れた外国人は2011年の1月か5月までを見ると、3,8%増加している。

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2011年8月18日 (木)

バールのカフェ、値上げの可能性

Caffe9 ミラノでカフェ(エスプレッソ・コーヒー)の値段があがる可能性が出てきた(8月13日、Corriere della Sera).

ミラノのバールで消費されるカフェは一日500万杯。バールは2500軒にのぼる。バールでは、一杯が70セントから1ユーロ50セントで提供されている。

一杯のカフェを作るには7グラムのコーヒーが必要で、バールには20セントプラス税金が必要となる。

ちなみに1950年にはカフェの値段は30リラで60年の間に値段は約1000倍になっている。

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2011年8月17日 (水)

地方自治体の削減

Timthumb 緊縮財政の政令により地方自治体が大幅に削減される(8月13日、Corriere della Sera).

なくなる可能性のある県は人口30万人以下のところで次の通り。

ピエモンテ州
アスティ県(22万2千人ー100人以下四捨五入)
ビエッラ県(18万6千人)
ヴェルバノークジオーオッソラ県(16万3千人)
ヴェルチェッリ県(18万人)

リグーリア州
インぺリア県(22万3千人)
サヴォーナ県(28万8千人)
ラ・スペツィア県(22万4千人)

トスカーナ州
マッサ・カッラーラ県(20万4千人)
グロッセート県(22万8千人)
ピストイア県(29万3千人)
プラート県(25万人)
シエナ県(27万3千人)

サルデーニャ州
カルボニア・イグレシアス(13万)
メディオ・カンピダーノ(10万2千)
ヌオーロ(16万1千)
オリアスタ(5万8千)
オルビア・テンピオ(15万8千)
オリスターノ(16万6千)

他に、トリエステ(23万7千)、アスコリ・ピチェーノ(21万4千)などがある。

小さなコムーネ(村)は、1970が統合対象となっているが、その大半は山岳地帯にあるコムーネである。

これによって5万4千のポスト(地方議員など)が削減される見通し。

また、議員になって他の職業を兼職する場合、退職金が50%カットされる。

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«絹のはしご»その2

2009_la_scala_di_seta_01_2 «絹のはしご»を再び観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。

2度観て気がついたこともあるので記す。序曲の間、舞台の上では人が行き来して、部屋を組み立てていく。ベッドやテーブルや便器をテープで区切られた空間に配置していく(壁はない)のだが、主人公のジュリアとその秘密の夫ドルヴィルも、荷物のように運ばれてきて、序曲の間はじっと動かないのだ。

ジュリアの従妹ルチッラも出てきてからまるでロボットのような動きをする。これは、このお芝居全体が人形によって演じられる劇のようにも受け取れる枠組みを提供している。

もっと大きく言えば、オペラは観客が一夜の夢を観にくるところだということを別の形で示しているとも言えよう。

また、ロッシーニのオーケストレーションの冴えも素晴らしい。後半に弦楽器をわざとこすれるような音にする箇所(場面の異化効果を申し分なく高めている)、また、ストーリーの終結部はかなり無理やりブランザックとジュリアの従妹が結ばれることになるのだがそこではギャグのように調子はずれの音や、へんてこりんな転調が聞こえてくる。当然、ロッシーニのジョークなわけで、ブッファならではの脱線なのだが、聞きようによっては現代音楽風にきこえないこともないところが面白い。

歌手としは、召使いで狂言回し役、ジェルマーノを演じたパオロ・ボルドーニャが素晴らしかった。声が響くし、口跡が明晰で歌であれレチタティーヴォであり聞きとりやすい。しかも、ここがブッファでは重要なところだが、音色を使いわけられるのである。

ジェルマーノは召使いなので、ご主人様にはまじめな口調だが、独り言の時にはとぼけた口調があっていい、というかむしろ必要なわけである。ボルドーニャはとぼけた声音を時たま絶妙のタイミングで入れ、会場を笑わせていた。

ブッファの醍醐味を味あわせてくれたのであるが、実は、ヴェルディのシリアスなオペラでも音色の使いわけが効果的なことはある。«仮面舞踏会»のレナートが妻アメリアに対して彼女の不貞を信じ込んで「立て」からはじまってeri tu と歌うときと、アメリアと幸せだった甘美な時を思い出して quando Amelia と歌うときでは音色が変わっていいはずだ。オーケストレーションも後者ではハープが出てきて、目の前の現実ではなくて回想の中での甘美さを強調している。こうした場面、音楽の表情にあわせて声の表情、音色が変わる、変えることは言うはやさしく、行うは難しで、たいていの歌手は大きな声と小さな声あるいはsotto voce は使いわけるが、音色は変わらない、変えないのである。僕がここで言っているのは、高音から低音まで均一な音色で歌うという基本的なテクニックとは別の話である。

主役のHila Baggio はそつなくこなしてはいるのだが、声が響かない。ブランザックのシモーネ・アルベルギーニはかなり声はあり、もう一味工夫、うまみが出てくればと思わせる人だった。

とても楽しいお芝居であり音楽で、パルコでたまたま隣にすわったイタリア人のお嬢さんは何度も声をあげて笑っていた。観客は全体としては年配の人が多いのだが、こうした若い観客が育つ可能性も感じた一夜だった。

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2011年8月16日 (火)

緊縮財政策、可決

Manovra_dei_sacrifici 緊縮財政策が可決された(8月13日、Corriere della Sera).

財政を切り詰めるいくつかの柱は次の通り。

1.連帯税として、年収9万ユーロ以上の人は税率が5%(5ポイント)あがる。年収15万ユーロ以上の人は10%(10ポイント)あがる。

2.政治的コストのカット。30万人以下の県を廃止(イタリアには約100の県がある)。1000人以下のコムーネ(市町村)は統廃合する。議員歳費の削減。

3.公費の削減。省庁への歳費を60億ユーロ削減。また、州および地方公共団体への歳費を60億ユーロ削減。

4.年金および福祉予算。女性の年金支給開始年齢を段階的に65歳に上昇させるのを2016年へと前倒しする。

5.株式などの債券の利益に対する課税を12,5%から20%へと上げる。ただし国債は除く。銀行預金への課税は27%から20%へと下げる。

6.祭日の削減。4月25日、5月1日、6月2日といった宗教と関係のない祝日は、日曜日にあたらない場合でも日曜日に祝うことにして、平日の場合、休みにしない。

7.経費削減の目標に達しなかった公務員にはボーナス(13か月目の給料)を支給しない。

8.水道事業を例外として、地方の公共サービスを提供する事業者の私営かと自由化の推進。

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2011年8月15日 (月)

«ボルゴーニャのアデライデ»

Adelaidediborgogna1 ロッシーニのオペラ«ボルゴーニャのアデライデ»を観た(ペーザロ・ロッシーニ劇場)。

今回は2日目の上演だったが、キャストは1日目と同じ。バルチェッローナは素晴らしいのだが、1日目のほうが迫力とあふれる声に圧倒された。指揮にははっきり言って失望した。カーテンコールで指揮者の登場に誰もブラボーをいわず拍手もおざなりだったことが、すべてを物語っているだろう。

ロベルト・アッバードが振った«モーゼ»と比較するとよくわかるのだが、オペラ・セリアだからといって音楽的に盛り上がらないことはないのである。«アデライデ»も、一工夫、いや千の工夫によってもっとずっと盛り上がっていいはずだという思いを味わったのは僕だけではなかったはず。

歌手やオケ、コーラスは優秀なだけに残念である。

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«ランスへの旅»

Viaggio_0062ロッシーニのオペラ «ランスへの旅»を観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。

これは若手歌手が中心の上演で、ここで評判がよいと翌年から主要演目に出演したりするのだという。

たとえばYijie Shi(台湾出身のテノールで、日本の東邦音大で学んでいる)は2008年に«ランス»に出て、翌年には«オリー伯爵»の主人公を歌っているし、今年は«エジプトのモーゼ»でモーゼの兄アロンネを歌い喝采を博していた。とても素直な発声で、きれいな声の持ち主である。

さて«ランス»(フランスの地名としてはランスだが、イタリア語発音ではレイムスとなる。ヨーロッパ諸国は互いに互いの地名をなまって発音しているので、日本語表記でどちらをとるかは厄介な問題だ。単なる地名なら、その国の発音表記で良いのだが、作品名となると作品が作られた国の発音をとるのか、その地名のある場所のいわばオリジナルの地名発音をとるのか.ドニゼッティの«ランメルモールのルチーア»は、イギリスのスコットの原作ではランマームアのルーシーとなるわけである)であるが、舞台装置はミニマムで、海辺に8、9つの真っ白のデッキチェアが一列に並んでいる。

そこへ登場する人物たちも全員真っ白の上下のジャージのようなものを着ている。伯爵夫人は白だがバスローブを羽織っており、頭にもタオル?のようなものをかぶっているので違いがわかる。

このオペラ、ストーリーはどうでもよいというか、ランスへ向かう途中で落ち合った人たちのなかでちょっとした恋愛関係が生じていろいろあるが、最後はシャルル10世(カルロ・デーチモ)が登場してめでたし、めでたしとなる。

女性歌手として活躍したのは伯爵夫人のマリア・アレイダと女詩人のエレーナ・ツァラゴヴァ。また、特筆すべきはモデスティーナ役で藤谷佳奈枝さんが出ていたことで、彼女はアリアこそないものの演技をする場面は多く、その演技がコケティッシュでチャーミングであり、会場からも大きな喝采を浴びていた。

指揮はYi-Chen Lin。台湾出身の女性指揮者。颯爽と、また決然として振り、テンポも心地よい。東洋出身の才能ある若手指揮者の登場を喜びたい。

全体として楽しいオペラだし、舞台装置は最小限であるが、歌の競演をこころゆくまで楽しめた。字幕はなし。女詩人は舞台正面のパルコに登場してそこで歌ったのは印象的かつ効果的だった。

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マリアンナ・ピッツォラート・コンサート

Mariannapizzolato1290x194 マリアンナ・ピッツォラートのベルカントのコンサートを聞いた(ペーザロ、Auditorium Pedrotti)

アウディトリウム・ペドロッティは、ロッシーニ音楽院の中にある劇場である。ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルも昔はここでオペラを上演しており、あの伝説のクラウディオ・アッバードの«ランスへの旅»もこのホールで上演されたのだそうだ。舞台をつくりこんだため、観客席はとても少なかったとのこと。

ピッツォラートは2003年以来ほぼ毎年、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルに登場している。今年も、このコンサートとセビリアでロジーナを歌う。

コンサートの曲目はモンテヴェルディが1曲、ヘンデルが2曲と序曲、ペルゴレージとグルック、ケルビーニが1曲。

ヘンデルの«アリオダンテ»のアリアはずっと声を震わせっぱなしで驚いた。彼女は身体的な豊かなボリュームから繰り出す倍音の響く豊かな声を持っていて、さりげないフレーズでも聞いていて気持ちの良い声なのだが、超絶技巧になってもその声がくずれないのである。

アンコールはセビリアの理髪師から歌った。

伴奏は古楽器で小編成のアンサンブルで Ensemble Antonio II Verso e Strumenti Antichi del Conservatorio di Palermo というグループであった。

歌詞の字幕はないが、声にたっぷりひたれる時間だった。

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«絹のはしご»

Scala_di_seta_2011 ロッシーニのオペラ«絹のはしご»を観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)。

今年のロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルの主要演目は«ボルゴーニャのアデライデ»、«エジプトのモーゼ»、«絹のはしご»で、そのほかに若手歌手による«ランスへの旅»、クリティカル・エディション完成記念と思われるゼッダ指揮の«セビリアの理髪師»(上演は8月22日の一回だけ、主要演目は5回上演)がある。

«アデライデ»、«エジプトのモーゼ»、«絹のはしご»は5回ずつ上演がある。«アデライデ»と«モーゼ»は新プロダクションだが、«絹のはしご»は2009年の再演である。

舞台はまったく現代的なもので、鏡文字で床に居間、ベッドなどと書かれていて、それが舞台奥の鏡にうつされる仕組み。舞台上には、部屋と部屋の仕切りの壁やドアがなく、あるつもりで演技をするわけだが、観客は課外にうつった文字などから歌手が今いるのがどの部屋なのかを判断するわけだ。

テープのようなもので仕切りがあるし、テーブルやベッドがおいてあるからいいのだが、パルコで上の階からみると、舞台奥の鏡は見えない。つまり、馬蹄形の劇場の宿命かもしれないが、舞台の演出を完全な形で享受し、理解するにはパルコ(桟敷席)は舞台正面で、一列目でないときびしい。

ストーリーとしては、ジュリアという主人公が秘密の結婚をしているが、後見人はそれを知らず別の男と結婚させたがっており、しかし最後はその男はジュリアの従妹(ルチッラ)と結婚することになってめでたし、めでたしという話。そこで狂言回しになるのが、ジェルマーノという召使いで、この男が逢引の部屋に隠れていたり、勘違いして間違った情報を他の登場人物に伝え、ストーリーがこんがらがったりする。

ジェルマーノを演じたパオロ・ボルドーニャはだんだん調子がでて、後半はもっとも喝采を博していた。ルチッラ役のホセ・マリア・ロ・モナコは、最初お堅い感じで、チャンスとみるやブランザックに迫っていく当たりの演技は秀逸で笑いをとっていた。

こういったオペラ・ブッファでは、歌と同時に、見て笑って楽しむ喜びも重要なので、歌手の演技もとても重要になってくる。

今回の上演ではそれを十分ふまえた演奏・演技になっており、大いに楽しめた。

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2011年8月14日 (日)

高額所得者は増税

Tremontibossi イタリアは財政健全化策として年収9万ユーロ以上の人への増税する方針を決めた(8月12日、Corriere della Sera).

年収が9万ユーロ以上の人は5%、15万ユーロ以上は10%上げる予定。

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«エジプトのモーゼ»

Mose オペラ«エジプトのモーゼ»を観た(ペーザロ、アドリアティク・アレーナ)。

アレーナはペーザロの郊外にある比較的新しい巨大な劇場で、市の中心部からはシャトルバスが出る(無料)。オペラ終了後も無料のシャトルバスが出て、市内のホテル街の各所に停まるので便利である。

この上演で最大の話題は、グレアム・ヴィックによる演出だ。モーゼは、ビン・ラーデンのようなかっこうでカービン銃を持ち、モーゼに率いられるユダヤの民はパレスチナ人として描かれる。

上演開始の時には、血まみれの服の男女(合唱団)が客席の通路をさまよっているので度肝を抜かれた。

彼等は合唱として舞台上で歌うときもあるのだが、観客の両脇と後ろで歌うこともあり、これまた音の聞こえてくる方向、臨場感が普段とまったく異なる斬新な演出である。

歌手はファラオーネのアレックス・エスポジトが演技・歌とも切れ味よく歌い演じていた。歌手は総じてレベルが高い。

ロベルト・アッバードの指揮も、«アデライデ»のユロフスキとは別次元。オペラセリアだからいつも荘重に振るのではなく、内容・音楽ともに盛り上がるところではアッチェレランドがかかり、音量も大きくなる。それが音楽的に快感であるし、舞台へこちらの気持ちもはいっていく助けとなる。

演出のおかげもあって、聖書のなかの遠い話ではなく、まさに現代の問題をつきつけられているわけだが、同時に音楽はロッシーニ節を大いに堪能できた。

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バルチェッローナとプラットへのインタビュー

Daniela20barcellona  «ボルゴーニャのアデライデ»をロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルで歌ったダニエーラ・バルチェッローナとジェシカ・プラットへのインタビューが il Resto del Carlino 紙に掲載されていたので、一部紹介する(8月10日、il Resto del Carlino).

バルチェッローナさん、あなたはフェスティヴァルに12回も登場し、毎回成功をおさめているわけですが、あなたにとってペーザロに戻ってくるのはどんな意味があるのですか?

ことしは舞台で上演される«アデライデ»のような作品の場合、わたしはまだ新しいことが見つけられると思うのです。ここにはたくさん友達がいますし、もう故郷も同然です。ペーザロのことはほとんどなんでも知ってます。両親もヴァカンスをここで過ごすんです。

バルチェッローナさん、あなたは今や世界へのロッシーニの大使ですが、ロッシーニの音楽の秘密は何ですか?

彼の一見シンプルさは軽さです。実際、ロッシーニの音楽は高度にドラマティックなことがあります。彼の書き方は現代的です。笑わせることも知っていながら、感動させることも知っています。それを理解して正しく解釈する必要があります。

お二人にうかがいますが、出演の前は何をしていますか?

プラット;私はほとんど何も食べられません、とくにカフェインはだめです。何も忘れないように、やるべきことをリストアップして、リラックスして出演できるようにします。

バルチェッローナ:わたしはお掃除をして家をぴかぴかにします。家がかたづくと、エネルギーがあふれてくるように感じ、自分の感情をコントロールするのに役立ちます。

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2011年8月13日 (土)

ハードカバーの寿命縮まる

Class 新刊本がでてから文庫化するまでの期間が短くなっている(8月9日、la Repubblica).

イタリアの2010年の本の売り上げは14億4600万ユーロ。2009年と比較するとプラス3,6%。うちわけは、ペーパーバックが18,1%(前年比プラス10,8%)、子供・少年少女むけが13,7%(プラス5,3%)、ハードカバーが68,2%(プラス1%)となっている。

e-book はイタリアでは1%にすぎないが、アメリカでは全体の25%に達している。

ハードカバーの新刊が出てから文庫版(tascabile)が出るまでの期間は以前は24カ月だったのが12カ月へと短くなっているが、アメリカではさらに短くなって5カ月でペーパーバックが出てしまう。

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2011年8月12日 (金)

«ボルゴーニャのアデライデ»

Barcellona_4 «ボルゴーニャのアデライデ»を観た(ペーザロ、ロッシーニ劇場)

ストーリーは、10世紀半ば。イタリア王ロターリオが妃アデライデ(ブルゴーニュ公の娘なので、イタリア語なまりでボルゴーニャとなる)を残し死ぬ。

実権を握るべレンガリオは、自分の息子アデルベルトをアデライデと結婚させようと画策する。が、アデライデは拒絶し、そのため放浪を余儀なくされる。

アデライデは最終的に皇帝オットーネに助けを求め、オットーネはそれにこたえる。

今回の上演は、オットーネを演じたダニエーラ・バルチェッローナ(写真向かって右、メゾソプラノ)が圧巻であった。彼女は背が高く、偉丈夫とも言うべき堂々とした体躯の持ち主で、声量は豊かだし、コロラトゥーラの技量も高く、たたみかけるところは駆け抜けて、文句なく素晴らしい。

ついでべレンガリオを演じたバス、ニコラ・ウリヴィエーリも堂々として聞きごたえある歌をきかせてくれた。

タイトル・ロールのアデライデを演じたソプラノのジェシカ・プラットは丁寧な歌だがやや線が細い。声量がやや小さく、また勢いにのってほしいと思う場面で丁寧さに傾いてしまうきらいがあった。丁寧に歌うのはよいのだが、オペラセリアであっても、ロッシーニならではの勢いにのって走り抜ける快感を期待するのは見当違いではあるまい。

指揮はデミトリ・ユロフスキ。オペラ・セリアとしての様式感を構築することに意を用いているのは理解できるが、スピード感は将来に期待すべきか。

オーケストラと合唱はボローニャ歌劇場。

演出はピエル・アッリ。前半はほぼ全面的にスクリーンを使用。2分割されたり、4分割、8分割となったり、時間の経過とともに大きさが変わったりする。城の場面では、城の俯瞰図と、廊下、部屋が同時に映し出されたりする。スクリーンの多様は評価の分かれるところだった。

ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルだけあって、歌手の力量の差はあるものの、様式的に違和感のある人は皆無。音楽的に様式がそろっている気持ちのよさは得難い経験である。

ロッシーニ劇場でも、イタリア語字幕が舞台上方に表示されていた。

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ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル開幕

Rof 第32回ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(ROF)が«ボルゴーニャのアデライデ»で開幕した(8月10日)。

今回のフェスティヴァルは、イタリア統一150周年に捧げられており、オペラ開幕に先立って国歌演奏があった。観客は起立したが、3月のトリノの時と比較すると歌っている人の割合が少なかった。

このペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルの方が外国人観光客の割合が高いため、イタリア国家の歌詞を知らない人が多いからかもしれない。

ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルはペーザロ市、ペーザロ・ウルビーノ県と2つの金融機関(Fondazione Cassa di Risparmio di Pesaro, Banca dell'Adriatico) とスカヴォリーニ財団からなる基金で成り立っている。

そして学術的な面では、ロッシーニ財団(Fondazione Rossini)が協力している。

協力というのは、ロッシーニのオペラには自筆楽譜があるものと、残っていないものがあり、残っていないものは、間接的な資料(過去の上演時のパート譜など)から再構成する必要がある。今回上演された«ボルゴーニャのアデライデ»も自筆楽譜は残っておらず、再構成によって上演が可能になっている。

残された直接・間接の資料から原典批評版(la edizione critica)をロッシーニ財団が作り、出版しているのである。

財団はまた、毎年、学術的論文集を出版しているし、リブレットの批評版を出版している。

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ヨーロッパ中央銀行、イタリア、スペインの救済へ

Safe_image ヨーロッパ中央銀行はイタリアとスペインの防御への準備がととのった(8月8日、Corriere della Sera).

具体的には両国の国債を、ヨーロッパ中央銀行が買いいれる用意ができたということである。

一方、ドイツとフランスの政府は、イタリア政府が先日発表した財政健全化策を一日も早く実現することをせきたてている。

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2011年8月11日 (木)

ベルルスコーニ:選挙の前倒しはしない

Berlusconi20marcegaglia_280xfree ベルルスコーニ首相は選挙の前倒しはせず、2013年までこのまま行く考えを表明した(8月7日、la Repubblica).

首相は、2012年に選挙をする考えのないことを明らかにした。

一方、イタリア産業総連盟(Confindustria)やABI(イタリア銀行協会)は、労働市場の自由化をもとめている。

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2011年8月10日 (水)

民主党の女性議員、同姓婚

Concianozzegay3294x196 民主党の下院議員パオラ・コンチャがドイツで同姓と結婚した(8月6日、Corriere della Sera)

相手の女性Ricarda Trautmann はドイツ人で、フランクフルトの市役所で結婚した。

コンチャ議員は48歳で相手のリカルダは犯罪学者で44歳。

コンチャ議員は現在、同性愛者であることを公言している唯一の議員。2002年にカミングアウトしている。

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2011年8月 9日 (火)

政府、財政緊縮案、前倒し

Berlusconi06g_12 政府は財政緊縮案を前倒しする考えを発表した(8月6日、Corriere della Sera).

それによれば、財政均衡を2013年に達成する。

イタリア国債のドイツ国債とのスプレッドは一時、スペイン国債とのスプレッドを追い越してしまった。

イタリア政府は、市場のこうした動きとヨーロッパ中央銀行にうながされて、財政健全化を前倒しする考えを表明した。これまでは、財政の単年度の赤字解消は2014年の予定だった。

閉じたばかりの国会も、8月中に再会する見通しとなった。

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2011年8月 8日 (月)

株式市場、下げる

15231781_piazzaaffaricrollapoirecup 世界同時株安の中で、ミラノ株式市場も下げた(8月5日、Corriere della Sera).

アメリカ市場のー4,31%をはじめとして、イギリスー3,43%、ミラノのFTSE MIBはー5,16%でひけた。

また、ドイツ国債とイタリアの10年物国債とのスプレッドもさらに拡がった。

ヨーロッパ中央銀行のトリシェ総裁は、イタリアに対し、財政健全化を前倒しするよう求めた。

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イタリア鉄道の快適さと不便さ

Trenitalia342 イタリアを旅する時の電車の会的さとちょっとした不便さについて記してみます(この項、新聞のニュースとは関係ありません)。

今回、ローマのテルミニ駅からアンコーナ方面への列車がキャンセルになった。理由は不明で、テルミニ駅では、ボローニャ行きなどもキャンセルになっていて、窓口には長蛇の列。

駅員の指示にしたがって、結局、次の列車の切符を買い直した。乗ってしまえば、ご存じの通り、イタリアの列車は日本の新幹線と同じ幅のレールに対し2等で1列に4人、1等では1列に3人であるため非常に座席がゆったりとしている。

ローマをしばらくすぎて、マルケ州に向かったのだが、山岳地帯に入ると単線であった。さらに、乗り換え駅であるファブリアーノ駅に着くと、そこから先はメンテナンスのため電車は走らせておらず、バスになるという。切符は有効で単にバスに乗るだけなので不都合はない。

マチェラータからアンコーナへ来るときも、マチェラータとチヴィタノーヴァの間は電車の替わりにバスとなっており、チヴィタノーヴァから電車といった具合。しかも、一本列車がキャンセルになっていた。日本のように節電で電車が間引かれているのではなく、なぜか理由はしめされないままに事実上の間引き状態になっていることがある、という覚悟が必要なようだ。

なぜこんなことをわざわざ記したかというと、この間引き情報は、たとえばtrenitalia のホームページに入っても判らないのである。日付けを指定して、AからBまでといれると何時何分のこの列車という示される。今回マチェラータからチヴィタノーヴァがバスであることは示されていたが、ローカルが一本運休になることは示されていなかった。この場合、その十数分後にインターシティが走っているので、駅の窓口で2ユーロほど追加料金を払って、そちらの席を確保しそれに乗れたので実質的な問題はなかったのであるが。

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2011年8月 7日 (日)

ベルルスコーニ、成長のための協定を

Berlusconi_alla_camera ベルルスコーニ首相は下院での演説で経済危機を乗り切るため経済成長のための協定が必要との考えを示した(8月4日、Il Messagero).

そのため首相は、4日に労働組合のリーダーや経済団体のリーダーと会談する予定だ。

野党民主党のベルサーニはベルルスコーニの辞任を求めている。

UDC(キリスト教民主連合)のカジーニは休戦が必要だとしている。

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«リゴレット»

Jordirancatore2_2 «リゴレット»をスフェリステーリオで再び観た。

今回は、舞台に向かって右側から観たのだが、舞台が異なって見える。一番大きな違いは、スフェリステーリオの舞台は、左右にとても長いのだが、真ん中の部分に家の装置がある。あるときは、ドゥーカの宮殿で、その装置が回転すると裏側はジルダが住む家といった具合だ。

しかし、左右は何もない空間が拡がっている。真正面に近いところで観ていると、歌手は当然ながら舞台装置(家、宮殿)の前で歌っているのだが、斜め方向からみると、歌手の顔は、暗闇のなかにスポットライトを受けた形で浮かび上がる。この構図を演出家がどれほど意識していたのかは不明だが、結果として、リゴレットの孤独が浮き彫りになるのだ。漆黒の闇のなかでぽつんと一人で歌う孤独な男。

また今回気がついたのは、刺客スパラフチーレの妹マッダレーナが積極的に演技をしていることだった。今回の«リゴレット»では時代衣装のためマッダレーナもすその長いドレスを着ている。しかし、ところどころでぱっと裾をまくって脚を見せるのである。それによって、この劇を初めて見た人にも彼女が貴婦人ではなく、身体を売る女性であることが表象されている。

マッダレーナの熱演によって気がついたことがもう一つある。ジルダは、自らの命を犠牲にして、公爵を救うわけだが、よく観るとマッダレーナも兄のスパラフチーレに対し、あの男(公爵)はアポロに似ているし、20スクーディのために殺してしまうのはもったいないと言って反対する。それを観ているジルダは、当然、対抗心を感じるはずだ。これまでジルダの自己犠牲とばかり思い込んでいたが、そしてたしかにそういう面があるのだが、それと同時にジルダのマッダレーナに張り合う気持ちも描きこまれていることに今回気がついた。演劇として、その両面があったほうが、豊かであることは言うまでもあるいまい。

夏の音楽祭は、年季の入ったオペラファンもいれば、観光客ではじめて«リゴレット»を観るという人もいる。マッシモ・ガスパロンの演出は、奇を衒うのではなく、こうした細かいが適切な配慮によって、劇の構造を明確に伝える技にたけたものだった。

リゴレットの孤独ということを指摘したが、舞台上の動きとしては、宮廷人たち(コーラス)とリゴレットの対立は、身体的な動きとしても明瞭であったし、また指揮および合唱指揮の手柄もあって、合唱の言葉がはっきり聞き取れた。vendetta (復讐だ)と大勢で迫る不気味さ。孤立するリゴレット。しかもそこで、指揮はリズムをくっきりと刻むので、緊張の中での胸の高鳴りが手に取るように伝わってくる。

指揮は、合唱ではリズムをくっきり刻んでいる(三拍子や三連音符をはずむリズムで演奏するのは効果的)が、ジルダのソロなどではたっぷりと歌わせ、しかしアリアやデュエットの終結部ではさっとアッチェレランドをかけて曲全体の表情をひき締まったものにしていた。ゆったりと歌わせる部分と緊張感をもってたたみかけるところの対比、構成が巧みである。

たとえばランカトーレのジルダが「天の母をおもって」(la su in cielo) と思いのたけたっぷりにゆっくり歌わせ、そのあとのリゴレットはぐいぐいと引っ張っていくといった具合。

別項でも書いたが、スフェリステーリオ・オペラ・フェスティヴァルは来年からの芸術監督が未定である。また、マチェラータだけの話ではないが、イタリア政府は大緊縮財政策をこれから数年にわたって実施する。こうした方針が文化予算にも波及することは、残念ながら疑いない。

スフェリステーリオに18年も通っているという日本人ご夫妻からうかがったところでは、数年前から舞台装置はかなり簡素化されているという。このユニークな場所でのレベルの高い上演が来年からも堅持されることを祈らずにはいられない状況である。

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«仮面舞踏会»

Unballoinmaschera4300x199_2 スフェリステーリオ・オペラで«仮面舞踏会»を観た。

スフェリステーリオは野外劇場で、楕円を真っ二つにした形をしており直線部分が舞台奥の壁となっていて広大な面積を持っている。今回の演出はそこに3つの画面を設定してテレビ中継の形をとっている。

写真では3つとも星条旗が映っているが舞台が進行すると、中央の画面には歌手のアップの画像が、左右の画面には舞台全体の画像が映し出される。

時代は、かなり現代に近く設定されており、リッカルドは赤いオープンカーに乗って登場するし、リッカルドやレナート、まわりの者は軍服のような制服を着ている。

«仮面舞踏会»はもともとリッカルドが王の設定だったのだが、検閲の関係でやむなくイギリス統治下のアメリカで、リッカルドは総督という設定に替えられたのだが、今回の演出はアメリカ色を前面に出しているというか前景化している。

演出は、スフェリステーリオ・オペラ・フェスティヴァルの芸術監督でもあるピエル・ルイジ・ピッツィ。現在80歳だが、カクシャクとしているし、実物を間近に見ても男の色気を感じさせる存在である。

指揮はダニエーレ・カッレガーリ。出だしは穏やかな表情、テンポだったが、途中では、聞いたこともないような速さで振り切ったところもあった。

リッカルドのステーファノ・セッコは快演。よく声が出ていたし、リッカルドになりきった表情(声も身振りも)で、会場の喝采を浴びていた。

アメーリアはテレーザ・ロマーノ。アップの画面で見る顔の表情など内的葛藤を見事に演じていたのだが、高音域がやや苦しかった。中音域などとても豊かに響く声なので聞きごたえはある。

レナートはマルコ・ディ・フェリーチェ。健闘。ウルリカはエリザベッタ・フィオリッロ、ビブラートがやや多いが豊かな声量。オスカルはグラディス・ロッシ。最初から女性秘書の役として出ている(通常はいわゆるズボン役)。時代が現代なので、女性役として出すのは納得がいく演出だった。好演。

ヴェルディを現代化するのは、どうも感情移入しにくいのではあるが、そういう僕にとっても面白いと思った点が2つあった。

一つは歌手の表情のアップ。演技が身体レベルだけでなく、顔の表情レベルで伝わるので、こちらの感情移入をその分助ける効果がある。

また、アメリア(とリッカルド)が墓場にいく場面では、麻薬中毒患者とおぼしきものたちが、たむろしていたり、痙攣していたりした。なるほど現代の魔界は単なる墓地では足りないのかと思った次第。

全体としては、歌手が健闘したこともあって、現代化演出のわりには満足できた。

なお、前日のリゴレットでもこの日の仮面舞踏会でも、舞台奥の壁にイタリア語歌詞が字幕として映し出される。仮面舞踏会で言えば3画面の間に入る形である。

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スフェリステーリオの芸術監督

Pizzi_bigスフェリステーリオ・オペラ・フェスティヴァルの芸術監督が来年から誰になるのかがまだ決まらない(8月6日、Il Rest del Carlino)

スフェリステーリオ・オペラ・フェスティヴァルは2005年からピエル・ルイジ・ピッツィが芸術監督を務めてきたが、今年で6年の任期が切れる。

スフェリステーリオの理事会は8人中7人がピッツィの再任を求めているが、この動きは遅すぎたとも言われており、最終的な権限を持つ市長(スフェリステーリオ協会の会長)とペッティナーリ副会長はノーコメントとしている。

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2011年8月 6日 (土)

カラカラ浴場オペラとアイーダ

Terme ローマのカラカラ浴場オペラで50回目の『アイーダ』上演が始まった(8月3日、la Repubblica)

古代ローマのカラカラ浴場の遺跡で最初に『アイーダ』が上演されたのは、1938年7月9日のことだった。

それ以来『アイーダ』は夏のカラカラ・オペラの定番となっており、今年は50番目のアイーダとなり、3500人の観客が訪れた。

1938年当時は、指揮オリヴィエロ・デ・ファブリティース(1963年にNHKのイタリアオペラで来日し『イル・トロヴァトーレ』の指揮をしている)、歌手はマリア・カニリア、エベ・スティニャーニ、ベニアミーノ・ジーリがいた。

続く時代には、フェドーラ・バルビエーリ、マリオ・デル・モーナコ、ボリス・クリストフ、ジュリエッタ・シミオナート、ティト・ゴッビが活躍した。62年には、ジャナンドレア・ガヴァッツェーニが指揮をしている。67年にはズビン・メータが指揮台にのぼっている。

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2011年8月 5日 (金)

«リゴレット»(スフェリステリオ・オペラ・フェスティヴァル)

Immagine2 マチェラータのスフェリステーリオ野外劇場で«リゴレット»を観た。

スフェリステーリオは、1829年に球戯場として作られた。最初にオペラ上演に用いられたのは1920年の«アイーダ»である。

劇場の形がオリジナルで、楕円形を真っ二つにして、その直線部分にそって舞台がある。半円形をつぶしたような形の平土間と桟敷および最上階の立ち見席がある。

野外なので、雨天の時は上演がなくなったり、途中で中断したりする。

舞台からの観客までの距離が近いので、ヴェローナよりは音響的にはずっとよく響く。

今回の上演は、リゴレットがマントヴァ公爵がイスマエル・ホルディ、リゴレットがジョヴァンニ・メオーニ、ジルダがデジレ・ランカトーレ。スパラフチーレがアルベルト・ロータ(モンテローネとの一人二役)、マッダレーナがティツィアーナ・カッラーロ(チェプラーノ公爵夫人との二役)。

指揮がアンドレア・バッティストーニ。1987年生まれなので、24歳。指揮は情熱を込める時には猛烈な勢いで両手が動き、なおかつ髪が振り乱れる。指揮を観ていると彼がどういう音楽を求めているのか、手に取るようにわかる指揮である。合唱が出てくるときに、リズムが沈まず、単調にならず、はずむように生き生きと合唱に歌わせる(合唱指揮がいるにしても)。

リゴレットは、メオーニは抒情をたたえて歌っていたが、このオペラはヴェルディのすさまじい情念がほとばしる曲で、単に愛情だけでなく、復讐や呪いが舞台にでてくるまがまがしいオペラでもある。ジルダの犠牲も、相思相愛の犠牲ではなくて、公爵はマッダレーナにうつつを抜かしているわけで、後味は悪い話である。

しかしながら、そうした復讐やバランスを欠いた自己犠牲にもかかわらず、そうした不条理を音楽が雄弁に描きだしていき、理性で統御したり理解しきれない嵐に観客も巻き込まれていく。

ランカトーレのジルダは、高音がややきつそうだったが、好演。この人、2007年に日本で観た時よりいくぶんふっくらとしたが、ジルダにふさわしい無垢な感じが存在感として出せるのである。彼女は中音域が豊かに響くので、そろそろレパートリーの替え時なのかもしれない。あるいは、一時的なのどの調子で高音が苦しかったのだろうか。

スフェリステーリオの舞台は大変に横長で、奥行はそれほどでもないので、通常の劇場と較べると、集団の扱いに注意を要するわけだが、今回の«リゴレット»はうまく舞台を使っていた。

リゴレットの音楽の持っている力をあらためて感じた。復讐とか呪いといった言葉の喚起するまがまがしい呪力を表現するデモーニッシュな音楽と、父娘の間の情愛と、どちらもあますところなく描いていくヴェルディの腕のたしかさにはあらためて驚嘆のほかはない。

公演は夜9時に始まり、休憩2回をはさんで、終演はほぼ12時であった。マチェラータの町は静かで、帰り道に不安を感じることは特になかった。12時すぎだとまだ開いているバールもあって、人通りがそれなりにあるのだ。

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マッテオ・リッチ(1)

Matteo_ricci_lg  マチェラータ生まれのマッテオ・リッチについて知りえたことを少し書いてみる。(この項は、イタリアのニュースとは関係ありません)。

マチェラータのドゥオーモに行ってみると、ファッチャータの前にマッテオ・リッチの銅像がある。彼はこの町に生まれて、北京でなくなったのだ。1610年が没年のため、昨年は没後400年でその時のポスターや横断幕が見られる。

マッテオ・リッチは1552年10月6日にマチェラータで生まれた。しかし、生まれた家がどこなのかは不明なようで、チェーザレ・バッティスティ広場に、この場所に生まれたというプレートがあるが、やや曖昧な書き方である。

1572年にローマで法学の勉強をしていたのを中断し、イエズス会(Compagnia di Gesù)の修練士(noviziato)となる。同年5月25日に最初の誓願を立てる。

1578年3月24日リスボンからインドに向け、13人のイエズス会の仲間とともに出港。1582年8月7日に中国のマカオに着く。

1580年ゴアで司祭に叙せられる。

1583年中国にミケーレ・ルッジェーリとともに入り、肇慶(Sciaochin)に住む。

1584年中国語で初の世界地図を出版。

1589年しょう(音プラス召)州(Sciaoceu)に移住。

1595年最初の中国語での著作『交友論』(Trattato dell'amicizia)を出版

1598年9月7日はじめて北京を訪れる。

1599年南京に住む。

1601年万暦帝に呼ばれ北京に1月24日に戻る。

1610年5月11日北京で死す。皇帝は、中国の歴史で初めて外国人の埋葬に土地を譲渡した。

生涯のあらましは以上のようになる。

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イタリアで自動車の売上落ちる

Auto01g_2 イタリアの7月の自動車売上げが前年比マイナス10,7%となっている(Il Tempo, 7月2日)

新車登録台数は、13万7000台。

フィアット社に限定すると、2010年7月と比較するとマイナス8,39%。2010年7月の4万5392台に対し、今年は4万1580台。市場占有率(una quota)は30,3% となっている。

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2011年8月 4日 (木)

Festa Monteverdiana

2rossi マチェラータのテアトロ・ラウロ・ロッシで Festa Monteverdiana を観た。

マチェラータではオペラ・フェスティヴァルが野外のスフェリステリオ劇場で開催されているが、こちらは室内である。

写真では判りにくいかもしれないが、古典的な馬蹄形で、平土間と桟敷席のある劇場だが、かなり小ぶりである。平土間は最前列から最後尾まで11列であった。

演奏されたのは、タイトルが示唆するように、ほとんどがモンテヴェルディの作品。オペラ『オルフェオ』からの2曲と7曲マドリガーレが演奏されたが、古楽器の演奏者も、歌手も、バレリーナもみなルネサンス風の衣装をまとっている。

リュートやチェンバロにはこうした衣装が似合うし、こうした小さな劇場では歌手の表情づけが実に細かいところまで聞き取れるし、顔の表情、身体のしぐさも雄弁である。またオーケストラも小編成で十分な音量となる。小編成でかつ古楽器であるため、音量的には近代的オーケストラとは比較にならないが、この劇場では十分な音量なのであり、さらにこうした編成の強みである微細な表情が生き生きと伝わっていた。

テンポも自由に動かしていたし、静かな時、華やいで踊りだす時と、一瞬でがらっと音の表情が豹変するのだ。ルネサンス音楽が、今では常識となりつつあるが、決して古色蒼然としたものではなく、人間の感情をそれにともなう身体的リズムとともに描きだしていることを明らかにしていた。

指揮とチェンバロはマルコ・メンコボーニ、ソプラノはフランチェスカ・ロンバルディ・マッツッリ。

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ヴァカンスの渋滞消滅?

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いままでのところ、ヴァカンスの渋滞が出現していない(7月31日、Corriere della Sera).

今年のイタリアは、例年なら生じているヴァカンスでの自動車渋滞が出現していない。

ヴァカンスの開始が8月にずれたのか、今年は不景気のせいでヴァカンスを控えているのかは今のところ不明。

(8月5日から9月21日まで、更新が不定期または不可能となります。あらかじめご了承ください)。

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2011年8月 3日 (水)

ベルルスコーニ:私と家族はカダフィに狙われている

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ベルルスコーニ首相は、自分と家族がリビアのカダフィ大佐から狙われていると語った(7月30日、Corriere della Sera).

一方、反乱軍へ寝返ったAbdel Fattah Younes (67歳)の死も謎につつまれている。彼は、40年以上、カダフィ大佐に忠実に仕えていたが、2月に反乱軍側にまわった。

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2011年8月 2日 (火)

イタリア国債、スプレッド拡大

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イタリア国債が売られ、ドイツ国債との差が過去11年で最大になっている(7月29日、Corriere della Sera).

スペイン国債およびイタリア国債のドイツ国債との金利差がこのところ急に拡大している。

6月1日時点では、スペイン国債は、ドイツ国債と229、00ベーシスポイント(punnti base, 100分の1%)のスプレッドがあった。(要するに2、29%スペイン国債のほうが利回りが高かった)。イタリア国債は、172、00ベーシスポイントのスプレッド(1、72%)があった。

7月1日時点では、スペイン国債が237、00ベーシスポイントに、イタリア国債のスプレッドが183、00ポイントに上昇した。

さらに、7月28日には、スペイン国債は、340、00ベーシスポイント、イタリア国債は、320、00ベーシスポイントのスプレッドへと拡大している。

いずれも10年国債での比較である。

トレモンティ経済相は、市場への攻撃は、ヨーロッパ全体の問題だとしている。


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2011年8月 1日 (月)

銀行株、ふたたび下げる

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イタリアはふたたび銀行株が売られ値をさげた(7月28日、Corriere della Sera).

ミラノ株式市場は、2、8%下げた。格付け会社のS&Pはギリシア国債の格付けを下げた。ユーロゾーン全体が攻撃にさらされているが、次の目標は、スペインとイタリアだと言われている。

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