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2011年5月 3日 (火)

『われわれは信じていた』

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マリオ・マルトーネ監督の《われわれは信じていた》を観た(東京九段イタリア文化会館および有楽町朝日ホール)。

この映画は、今回の映画祭の中で、もっとも長く(170分)、そして予備知識を必要とし、映画を観て調べたり、考えたり、誰かと論じたくなる映画である。

まだ観ていない方のために一つだけ注意を。主人公は複数で、4つのエピソードから構成されているのだが、アンジェロとドメニコ、クリスティーナは演じている俳優・女優が途中で替わります。

エピソードの切れ目で替わるので、ふと別のアンジェロ、別のドメニコかなと思いかねないので念のため。つまり、別のエピソード(場所もイタリアからフランスに移動したりする)になっても、その分、年齢を重ねたアンジェロやドメニコが登場する(若い時を演じるのと中年以降を別の俳優が演じるため、顔がそっくりとはいえないので注意)のである。

もう一つの予備知識としてイタリア人であればかなりの人が知っていることは、リソルジメントの活動についてだ。リソルジメントは最初は、イタリア各地(といってもその時点ではイタリアという国は成立しておらず、両シチリア王国だったり、サルデーニャ王国だったりするわけだが)での民主化、立憲君主制などを求めるいくつかのばらばらの動きだったのだが、その中でマッツィーニという人は、いち早くイタリアの統一を主張していたということである。

マッツィーニは共和制による統一を求めていた。しかしリソルジメントの運動家の中には、いくつかの国(王国)のゆるやかな連合、連邦制をめざしていた者もいるし、イタリア全体の首長をローマ教皇にしようという主張もあった。

実際には、サヴォイア王家のヴィットリオ・エマヌエーレ2世がイタリアの初代の王になるわけだが、宰相カヴールは、1850年代の後半にいたるまでイタリア全体の統一ではなく、北イタリアの統一をめざしていたのである。

だから、この映画は、南イタリアからマッツィーニの共和制でのイタリア統一という主張に共鳴した地方の活動家の、実現されなかったリソルジメント、それへの思いが綴られている映画と言えよう。

パンフレットに掲載された監督へのインタビューによると、この映画は高校などでも上映されて現代イタリアをどう考えるかについてのディスカッションの素材となったし、それは監督の意図したとおりのことだという。

つまり、こういう角度からリソルジメントを描いてみせるということは、かなり刺激的、挑発的なことなのであり、これまでくり返し語られてきたリソルジメントに関する物語をひねっているのであるが、われわれのように通常のリソルジメント物語になじみがうすいとどこをどうひねっているのかが判りにくいという点はある。

音楽に関しては冒頭でヴェルディの『ドン・カルロ』の幕開けの音楽が使用され、やがて王が権力者の孤独をなげく時にもちいられるチェロ一丁の音楽が何度もかなでられる。最終エピソードでは、『シチリアの夕べの祈り』の序曲の冒頭が使われるがこれは意味深である。この序曲はしばらくすると、怒りが爆発するような音楽に変わるのだが、その爆発部分は演奏されない。『シチリアの夕べの祈り』では、シチリアの民衆および貴族が、そこを支配するフランス人に対して蜂起するのであるが、最終エピソードは、教皇領であったローマをとりにいこうとするガリバルディ軍をイタリア正規軍が襲うという話で、非常に屈折した物語となってしまい、爆発しようがないのである。

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