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2011年5月 9日 (月)

プリーモ伊和辞典

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白水社から『プリーモ伊和辞典』が出版された。

大変すぐれた、使いやすい辞書であると思う。しかし、どこかどう使いやすいのか、すぐれているのか、あるいは足りない点があるとすれば何かを以下に記してみよう。

現在、中型辞典でもっとも良く使われていると思われるのは、小学館の伊和中辞典(初版1983年、第二版1999年)なので、新しい『プリーモ伊和辞典』と小学館『伊和中辞典』(主として第二版)を比較してみる。

1.大きさ ページの横幅が小学館のほうが大きい。ページ数は、伊和中辞典が1843ページ、プリーモ伊和辞典が1485ページである。
  小学館の方がどっしり重く、白水社のプリーモは、少しスマートで(相対的に)軽い。

2.活字の大きさ・種類 プリーモ伊和辞典では、ボールドを多様していて見やすい。見出し語および訳語が明朝体ではなく、ボールド体なのである。活字の大きさもややプリーモの方が大きい。伊和中辞典は、重要単語の重要な訳語にのみボールドを用いている。字がほんの少し小さめで、判型が大きく、ページ数も多いのだから、情報量を単純に比較すれば伊和中辞典の方が大きいのである。

3.見出し プリーモ伊和辞典では、重要単語は、赤く印字されている。伊和中辞典では、重要単語は活字が大きい。また、プリーモ伊和辞典は、すべての単語にカタカナで発音が示されている。さらに、重要単語には、発音記号とカタカナの両方が示されている。発音に関しては、小さなCDがついているので、実際に発音と綴りの関係を確認することができる。ここからも明らかなように、プリーモ伊和辞典の方が、より初心者、学習者向けの辞書と言えよう。

4.さし絵 ここでも見やすさですぐれるプリーモ伊和辞典、情報量の多い伊和中辞典という傾向が顕著である。プリーモ伊和辞典では、さし絵がそもそも大きくて、イタリア語と和訳が並んでいるので、一目瞭然で、理解しやすい。一方、伊和中辞典では、省スペースにして、さし絵のところには番号をふっておいて、1は。。。2は。。。。と文字情報はひとまとめにしてある。例えば人体では、プリーモが胴や腕、くるぶし、かかとといった基本部位(日常的には十分であろう)が挿絵と矢印をもちいて明晰に示してあるのに対し、伊和中辞典では、骨の名前、臓器の名前、血管の名前などが図入りで示され情報量としては圧倒的である。新聞などで、病気や健康に関する記事を読む場合なら伊和中辞典が便利であり、日常会話ではプリーモ伊和辞典で十分とも言える。

5.情報量に関して、一般的には、伊和中辞典が大きいのだが、人名、固有名詞に関しては、プリーモ伊和辞典が一歩抜きんでている。たとえば、音楽関係では、ガヴァッツェーニ、コレッリが作曲家のほうだけでなく歌手のフランコ・コレッリがでている。指揮者のアッバード、バリトン歌手のエットレ・バスティアニーニまで掲載されているではないか!

6.プリーモ伊和辞典の長所として、熟語に対して、いつもではないが、必要に応じて、訳語の前に直訳が添えられている。たとえば、
 mettere le carte in tavola (カードをテーブルに置く→)手の内を明かす、包み隠さず知らせる。
となっている。つまり、トランプでテーブルにカードをさらすところから、手の内を明かすという意味になったということが判るわけである。
 
7.両者に対する要望  語源の説明が乏しい。不思議なことではあるが、英和辞典のほうが、その単語とラテン語との関係を説明してあることが多い。  
  また、イタリアとカトリック教会の関係はいまさら説明のようもないが、文化や政治の点でカトリック教会に関する用語の理解は、他の言語を学ぶ時以上に必要性が高いと思われる。スペースを必要とするという点からは、ぜいたくな注文かもしれないが、教会関係の用語は訳語だけでなく簡潔な説明があると便利だと思う。たとえば infafallibilita' del papa は教皇の無謬性(伊和中辞典は教皇の不謬性)という訳語が与えてあり、それはその通りなのだが、教皇の無謬性・不謬性というのは、教皇が最高位の司教として(ex cathedra)、教義や道徳に関して述べたことに対しては、過つことがありえない、という概念である。そこまで説明してくれないと、日本の一般読者には判りにくいのではなかろうか。
  つまり、辞書を引く人の立場にたてば、これは言葉の辞典であって事典ではない、と言われて、2つも3つも辞書を引くのは面倒である。その点で、プリーモ伊和辞典が、固有名詞を大胆に取り入れたのは、高く評価したい。そういうことからすれば、語源辞典的要素も、百科事典的要素も貪欲に取り入れてほしいというのが、評者の願いである。さらに言えば、英語やドイツ語やフランス語におけるように大辞典が出てくれればと思う。

  総合的に言って、『プリーモ伊和辞典』は、初学者から中級、上級にかけて、使いやすく、大変すぐれた辞書であると思います。
  
 


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