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2010年12月26日 (日)

メサイアーバッハ・コレギウム・ジャパン

Photo バッハ・コレギウム・ジャパン、鈴木雅明指揮でヘンデルの『メサイア』を聴いた(軽井沢大賀ホール)。

大賀ホールは開館5周年とのことだが、初めて入った。木がたっぷりと使われており、落ち着いた大きすぎない五角形のホールである。開演が近づくと、鳥の声がして、窓のカーテン(ブラインド?)が閉まる。

バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏を生演奏で聴くのはこれまた初めてであったが、その演奏技術の高さに圧倒された。鈴木雅明氏の指揮のもと、まるで一つの楽器であるかのように鳴る。

コンサートマスター若松夏美をはじめとするヴァイオリン群が、呼吸があって揃っているのは言うまでもないのだが、フレージングが活き活きとしていて、合唱のあとで同じメロディーをかなでるとヴァイオリンが言葉を発しているかのように聞こえるのだ。

さらに、それを支えるチェロ、オルガン、チェンバロが素晴らしい。低音部の質が高いからこそ、質の高いヴァイオリン群が浮かないで、しっかり音楽を有機的に構築していけるのである。このオケは、鈴木氏の腕の動きに実に忠実で、スタッカートかレガートか、終結音の延ばし具合など指揮者と一体となっている。

また、合唱もこれほど清澄な響きを聴かせる合唱団は日本にしかいないであろう。西洋の合唱団は、良くも悪くももっとこってりとした味わいをもっている。この澄んだ、余計なビブラートのない響きは、メサイアにはまことにふさわしいと思った。また、合唱が女性の高音から男性の低音に移っていき、さらにオケがそのメロディを奏でといった対位法の技法が観ても聴いても音楽的歓びに直結している。それがヘンデルの巧みさであり、偉大さである。

メサイアは歌詞だけ読むと、キリスト教徒でなければ面白くないかと思われるような内容であるが、実演に接すると、非常にオペラ的、演劇的に音楽が書かれており、音楽的にまったく退屈せずに楽しめた。

また、この時期にメサイアというのも軽井沢という町の歴史にふさわしい催しであったと思う。

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