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2010年12月24日 (金)

石田憲 『敗戦から憲法へ』

Photo_3 石田憲『敗戦から憲法へ』(岩波書店、4800円)を一部分読んだ。

一部分というのは、この本のサブタイトルが「日独伊 憲法制定の比較政治史」となっていてイタリアに関する部分を読んだのである。

第一章は、日独伊まとめて書かれているのだが、3国それぞれの戦争の終わり方と敗戦認識が書かれている。

第二章以降は、イタリア、ドイツ、日本と節が分かれていてイタリアの部分だけを読んだのであるが、非常に面白く、僕にとっては新たに知ることがとても多かった。

イタリアの制憲議会については、コッリエーレ紙でも言及されることはたびたびあるのだが、そこの内部での勢力分布や政治力学がわかりやすく書かれている。一言でいえば、デ・ガスペリは、左派を制憲議会に押し込めて、憲法をつくる作業に邁進させ、そのかわりに、制憲議会には普通法を作る権限を持たせなかったという戦略をとったのである。また、アメリカがどういう風にどういう圧力をかけていたかも初めて具体的に知った。アメリカ国務省は米英軍による軍事介入の可能性さえちらつかせていたのである(p.83).

この本は第三章にそれが顕著なのだが、日独伊の憲法制定過程およびその後の政治できわめて重要な役割を果たした吉田茂、アデナウアー、デ・ガスペリに焦点をあてて話が進んでいくので、僕のように政治学や憲法学のまったくの素人でも読みやすい。法学、憲法学の理論的な叙述が続いていたら、たとえイタリアの部分だけでも通読することは出来なかったに違いないが、この本は(イタリアに関する部分だけとはいえ)おしまいまですらすら読めたのである。

それは石田さんの文章が、難解さをひけらかすタイプの文章とは無縁ということもあるし、章ごとに小括というまとめがあって、読者に親切なつくりとなっていることにも助けられたのだと思う。

イタリア憲法(現行憲法)に関して、一般読者向けでこれほど情報量が多く、また読みやすいものは他に知らない。また、日本国憲法制定の過程で、日本の政治家たちがいかに「国体護持」に心をくだいていたかも、やっぱりという気持ちとこれほどまでという気持ちが交錯する感想を持った。

この本で扱われているのは憲法全般ではなく、それぞれの憲法の一番重要な理想である。イタリアの場合、労働、社会権で、日本は平和、戦争放棄、ドイツの場合は基本権(基本的人権)である。

イタリアの場合、第一条にイタリアは労働に基礎をおく民主共和国である。と書いてあるのだが、その文言が決まるまでに、共産党とキリスト教民主党の間でどういう駆け引きがあったかなどが記されている。政治勢力の対立、分裂からファシズムが勃興した経験への反省から、共産党書記長のトリアッティがコンセンサスを重視し、柔軟性を発揮しているのにも驚かされた。

吉田茂は言うまでもないが、アデナウアーに比しても、日本では、デ・ガスペリは知られていない。デ・ガスペリの戦後政治における重要性はいくら強調しても強調しすぎることにはならないと思うが、この本を読めばそれが腑に落ちるはずである。

 

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