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2010年12月 2日 (木)

今日のイタリアにおけるファシストの遺産

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今日のイタリアにおけるファシストの遺産について論じた本が出版された(11月19日、Corriere della Sera).

著者はサビーノ・カッセーゼ。法学者で、国家行政史家である。現在は、ピサのスクォーラ・ノルマーレ・スペリオーレで教えており、憲法裁判所の判事であるが、チャンピ政権では公務員大臣を務めた。

出版された本は『ファシスト国家』(イル・ムリーノ、160ページ、14ユーロ)である。

これまで、イタリア共和国は、戦争や反ファシズムから生まれたと言われてきた。しかし1948年によって作られた国家は、長い間(あるいは部分的には今でも)組織や法律や行政上の習慣などをファシズム期に作られたものを受け継いでいた。

ファシズムは、暴力によって権力を奪いとったが、アルベルト憲章や諸組織、先行する時期に成立した法を保持していった。カッセーゼは、ファシズム政権と現代との連続性に着目して議論している。

この本の議論は、単純化、図式化して言えば、歴史家たちが投げかけてきた次の疑問に答えている。ファシズムとはなんであったのか?全体主義体制だったのか?大衆の全体主義的「民主主義」だったのか?コルポラティズムの興味深い実験だったのか?

全体主義国家ではなかったというのには理由がある。1943年、旧友のオッタヴィオ・ダニエーレに対して、ムッソリーニ自身が、つねに対立する諸権力間の対立や口論の仲裁で苦労の連続だったと述べている。諸権力とは「政府、政党、君主、ヴァティカン、軍隊、県知事、戦闘ファッシ県支部長、大臣、ラス、独占企業」などなどである。こうした勢力を政権に組み込むこともして、イタリア産業総連盟の会長は大評議会のメンバーとなっていた。

全体主義国家をつくるためには、ムッソリーニはまず君主制を除去し、カトリック教会をヒトラーがそうしたように扱わねばならなかったろう。ムッソリーニは時々、癇癪を起こしてそのような脅しをかけたが、結局は、総決算は後日にということにするのだった。

コルポラティヴィズモ(協調組合主義)も、カッセーゼによると、ファシズム体制がその成果を誇示するあやうげな構築物であった。その建物には屋根がなく、そこには協調組合(労使双方が参加)、労働組合、職業団体などが共生しており、それらの住人は、ファシズムが作り上げた状態に満足し、自由競争は口先のみで称えられるだけで、めったに実行には移されなかった。

こうした仕組みは新国家(第一共和制)で壊されるはずだったが、人々は既得権益にしがみつき、このシステムが1990年代までおおむね温存されたのである。


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