« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月31日 (金)

シングルマザーの世代

Mamme180x140
シングルマザーが増えている。(12月22日、Corriere della Sera).

ミラノのマンジャガッリ病院の統計によると、全出産におけるシングルマザー(mamme sole, madri sole) の比率が高くなっている。

2008年には、6750例中474例で7%だった。2009年は、6501例中1037例で15,9%だった。

今年2010年は、5919例中1298例で21,9%に達している。

1298例のうちイタリア人が939例で72,3%、外国人が359人で27,7%となっている。

イタリア人女性の平均年齢は35歳。ミラノのあるロンバルディア州は、女性の就業率が57,1%で、ヨーロッパの中でも最も高い地域である。

ちなみに、ここでシングルマザーと言っているのは、病院においてパートナーを申告していない人を指している。出産後、市役所への届ける10日間の間に父親を申告することは可能である。ミラノ市役所の戸籍によると、父親のいない子どもは3%である。しかし、マンジャガッリで出産する人の半分は、ミラノ市以外の住民である。
 
 シングルマザーという申告をする人の中にはパートナーがいる人もいる。その動機にはいくつかが推定できる。1つは、母親の姓を子どもにつけたい。もう1つは、シングルマザーとなれば、保育園に入りやすい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月29日 (水)

ピオ11世の文書、移動される

Arch
教皇ピオ11世関係の文書が、ヴァティカンの中で、再び秘密文書扱いとなった(12月21日、Corriere della Sera)

ヴァティカンの中でわずか数百メートルの移動ではあるが、ピオ11世(在位1922−39)に関する文書が Archivio segreto vaticano (Asv) に戻った。2006年まではそこにあった。

公開された文書が再び秘密文書に戻るのは、初めてのことである。

この決定に関して Asv の管理責任者のセルジョ・パガーノ師は、決定は国務省から伝えられたとのみ明らかにしている。

これまでこれらの文書を利用してきた研究者たちは当惑している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月28日 (火)

フィーニ、下院議長に留まる意向

101220finirestopresidentedellacamer
フィーニは、下院議長に留まる意向を明らかにした(12月21日、Corriere della Sera).

下院議長のジャンフランコ・フィーニはベルルスコーニ首相と対立して、フィーニ派は内閣不信任投票で不信任に賛成を投じたが、不信任案は3票差で否決された。

そのため去就が注目されていたが、フィーニは、最後まで(次の選挙のため解散となるまで)現職に留まる意向を明らかにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ホモフォビアを拒絶せよ

Banner_omofobia
ホモフォビアを拒絶せよという意見広告が掲載されている(12月21日、Corriere della Sera).

この意見広告は、私企業によるものではなくて、政府の機会均等省(Ministro per le Pari Opportunità)によるもの。

訳しておくと
 
 ○ 同性愛
 ○ 異性愛
 ○ 重要でない
(この三番目に×印が書いてあるが、イタリアでは、自分が該当するものに×印をつける。日本の○印に相当するー管理人註)
 人生では
 ある種の違いは
 重要では
 ありえない。
 ホモフォビア(激しい同性愛嫌悪)を
 拒絶せよ。

 


 


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月27日 (月)

パドア=スキオッパ、死す

0ldo2lba180x140
トンマーゾ・パドア=スキオッパが突然亡くなった(12月20日、Corriere della Sera).

パドア=スキオッパは、共通通貨ユーロの生みの親の一人であり、2006年にはプローディ首相のもとで経済相をつとめた。

ナポリターノ大統領は、彼が国家への偉大な奉仕者であったと称えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月26日 (日)

ボッシ、カジーニ入閣を拒絶

Bossi53 ボッシは、カジーニの入閣に反対している(12月19日、Corriere della Sera). ベルルスコーニ首相が、与党の多数派工作としてUdcのカジーニに与党入りを打診しているが、同じく与党の北部同盟のリーダー、ウンベルト・ボッシは、カジーニは敵であるとして、入閣を拒絶している。 ボッシは、むしろ早期の選挙が唯一の解決手段だとしている。ベルルスコーニは、もし政権運営がうまくいかなければ、選挙をし、大勝ちしようと主張している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メサイアーバッハ・コレギウム・ジャパン

Photo バッハ・コレギウム・ジャパン、鈴木雅明指揮でヘンデルの『メサイア』を聴いた(軽井沢大賀ホール)。

大賀ホールは開館5周年とのことだが、初めて入った。木がたっぷりと使われており、落ち着いた大きすぎない五角形のホールである。開演が近づくと、鳥の声がして、窓のカーテン(ブラインド?)が閉まる。

バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏を生演奏で聴くのはこれまた初めてであったが、その演奏技術の高さに圧倒された。鈴木雅明氏の指揮のもと、まるで一つの楽器であるかのように鳴る。

コンサートマスター若松夏美をはじめとするヴァイオリン群が、呼吸があって揃っているのは言うまでもないのだが、フレージングが活き活きとしていて、合唱のあとで同じメロディーをかなでるとヴァイオリンが言葉を発しているかのように聞こえるのだ。

さらに、それを支えるチェロ、オルガン、チェンバロが素晴らしい。低音部の質が高いからこそ、質の高いヴァイオリン群が浮かないで、しっかり音楽を有機的に構築していけるのである。このオケは、鈴木氏の腕の動きに実に忠実で、スタッカートかレガートか、終結音の延ばし具合など指揮者と一体となっている。

また、合唱もこれほど清澄な響きを聴かせる合唱団は日本にしかいないであろう。西洋の合唱団は、良くも悪くももっとこってりとした味わいをもっている。この澄んだ、余計なビブラートのない響きは、メサイアにはまことにふさわしいと思った。また、合唱が女性の高音から男性の低音に移っていき、さらにオケがそのメロディを奏でといった対位法の技法が観ても聴いても音楽的歓びに直結している。それがヘンデルの巧みさであり、偉大さである。

メサイアは歌詞だけ読むと、キリスト教徒でなければ面白くないかと思われるような内容であるが、実演に接すると、非常にオペラ的、演劇的に音楽が書かれており、音楽的にまったく退屈せずに楽しめた。

また、この時期にメサイアというのも軽井沢という町の歴史にふさわしい催しであったと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月25日 (土)

『イタリア国民国家の形成』

9784818821439 イタリア統一150周年を記念して『イタリア国民国家の形成』が出版された。

編者は、北村暁夫・小谷眞男。僕も関係者の一人なので、この項目は宣伝を兼ねています。ご了承ください。

イタリアが国家統一を果たした1861年から150周年を来年3月に迎える。国家統一した時点では、それまでいくつもの国に分かれていたのだから、文化的にも、政治経済の面でも、また法律面でもばらばらであった。

それをどうやって統一し、国民国家を形成していったのかが本書のテーマである。

序章では、編者の北村暁夫氏により、イタリアの国民国家形成を理解するためにどんな問題意識が必要なのかが丁寧に解き明かされる。

それ以降、1章から10章まで、10人の著者によって、中央政府と地方の関係、選挙制度、イタリア法の整備、移民、福祉、捨て子、南部問題、現代詩の突破口など様々な問題が語られている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ユーロ債

9542silvio_b ベルルスコーニ首相はユーロ債の推進を提唱した(12月18日、Corriere della Sera).

ブリュッセルでの首脳会議で、ユーロ債を発行することを促した。

しかしドイツのメルケル首相は、ユーロ債(eurobond)に反対している。フランスのサルコジ大統領も反対陣営に加わっているが、ただし、この時点での発行に反対している。

ベルギー、ポルトガル、スペイン、ギリシアおよびヨーロッパ議会は賛成陣営を広げている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月24日 (金)

石田憲 『敗戦から憲法へ』

Photo_3 石田憲『敗戦から憲法へ』(岩波書店、4800円)を一部分読んだ。

一部分というのは、この本のサブタイトルが「日独伊 憲法制定の比較政治史」となっていてイタリアに関する部分を読んだのである。

第一章は、日独伊まとめて書かれているのだが、3国それぞれの戦争の終わり方と敗戦認識が書かれている。

第二章以降は、イタリア、ドイツ、日本と節が分かれていてイタリアの部分だけを読んだのであるが、非常に面白く、僕にとっては新たに知ることがとても多かった。

イタリアの制憲議会については、コッリエーレ紙でも言及されることはたびたびあるのだが、そこの内部での勢力分布や政治力学がわかりやすく書かれている。一言でいえば、デ・ガスペリは、左派を制憲議会に押し込めて、憲法をつくる作業に邁進させ、そのかわりに、制憲議会には普通法を作る権限を持たせなかったという戦略をとったのである。また、アメリカがどういう風にどういう圧力をかけていたかも初めて具体的に知った。アメリカ国務省は米英軍による軍事介入の可能性さえちらつかせていたのである(p.83).

この本は第三章にそれが顕著なのだが、日独伊の憲法制定過程およびその後の政治できわめて重要な役割を果たした吉田茂、アデナウアー、デ・ガスペリに焦点をあてて話が進んでいくので、僕のように政治学や憲法学のまったくの素人でも読みやすい。法学、憲法学の理論的な叙述が続いていたら、たとえイタリアの部分だけでも通読することは出来なかったに違いないが、この本は(イタリアに関する部分だけとはいえ)おしまいまですらすら読めたのである。

それは石田さんの文章が、難解さをひけらかすタイプの文章とは無縁ということもあるし、章ごとに小括というまとめがあって、読者に親切なつくりとなっていることにも助けられたのだと思う。

イタリア憲法(現行憲法)に関して、一般読者向けでこれほど情報量が多く、また読みやすいものは他に知らない。また、日本国憲法制定の過程で、日本の政治家たちがいかに「国体護持」に心をくだいていたかも、やっぱりという気持ちとこれほどまでという気持ちが交錯する感想を持った。

この本で扱われているのは憲法全般ではなく、それぞれの憲法の一番重要な理想である。イタリアの場合、労働、社会権で、日本は平和、戦争放棄、ドイツの場合は基本権(基本的人権)である。

イタリアの場合、第一条にイタリアは労働に基礎をおく民主共和国である。と書いてあるのだが、その文言が決まるまでに、共産党とキリスト教民主党の間でどういう駆け引きがあったかなどが記されている。政治勢力の対立、分裂からファシズムが勃興した経験への反省から、共産党書記長のトリアッティがコンセンサスを重視し、柔軟性を発揮しているのにも驚かされた。

吉田茂は言うまでもないが、アデナウアーに比しても、日本では、デ・ガスペリは知られていない。デ・ガスペリの戦後政治における重要性はいくら強調しても強調しすぎることにはならないと思うが、この本を読めばそれが腑に落ちるはずである。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カナレット展

Canaletto_piazza_san_marco ロンドンのナショナル・ギャラリーで《ヴェニス:カナレットとライバル》が開かれている(12月17日、Corriere della Sera).

展覧会は、2011年の1月16日までで、18世紀の風景画家(vedutista)の大回顧展となっている。入場料は12ポンド。

カナレットは、ジョヴァンニ・アントニオ・カナルという名で、1697年10月7日にヴェネツィアに生まれた。この時代の最も人気ある風景画家となったが、特にイギリスの貴族らからの注文に応じて描いた。

対象を科学的な客観性を持って描き、それが啓蒙主義の合理主義的考えの広まりと歩みをともにしていた。

ヴェネツィアで1768年4月19日に亡くなった。

カナレットの絵をイギリス人に売り広めたのはジョゼフ・スミスという男で、グランド・ツアーでイタリアにやってきた貴族の子弟が買いやすいように、それまでより小さい荷物におさめきるサイズで描くようにしむけた。

そして大きなサイズの絵は自分がため込んで、それがジョージ3世の手にわたり、王家のコレクションの中核になった。

カナレットは常に批評家から高く評価されてきたわけではない。ラスキンは手厳しかったし、ベレンソンは雰囲気を描く力量は認めつつもエネルギーに欠けるとしている。ロンギにいたってようやく「偉大さ」が認められた。

カナレットのライバルには、ミケーレ・マリエスキ(1710-1743)やフランチェスコ・グァルディ(1712ー1793)がいる。後者の描くヴェネツィアはカナレットよりも苦く、憂鬱にみちているがそれはヴェネツィアの勢力が傾いているからであり、筆遣いもほとんどロココ的となっている。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年12月23日 (木)

フィーニとカジーニの同盟関係

Terzopolonasceilcoordinamentoparlam
内閣不信任が否決された翌日、第三の極が誕生した(12月16日、Corriere della Sera).

カジーニ、フィーニ、ルテッリがそれぞれグループの議員を率いて結集したのである。カジーニ派は39人、フィーニ派は4人が抜けて42人。ルテッリ派は9人。その他に、ロンバルド派が8人、自由民主党が3人、その他が3人集まった。

約100人が集まったが、そのうち80人が下院議員で、20人が上院議員だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月22日 (水)

教皇庁、ウィキリークスに怒る

0ld4fyxn140x180


0ld5r3sc140x180
ウィキリークスの暴露情報に教皇庁は苛立ちをあらわにしている(12月12日、Corriere della Sera).

駐ヴァティカン・アメリカ大使館でナンバー2のジュリエタ・ヴァルス・ノイエスは本国向けの情報の中で、ヴァティカンのお歴々に対し歯に衣きせぬ言葉を用いている。

タルチジオ・ベルトーネ枢機卿は、《イエス・マン》であり、《イタリア語しか話さない》と容赦ない。また、お歴々は、ほとんどが70代で、現代メディアや新しいテクノロジーを解さないとしている。

教皇ベネデット16世は83歳であり、ベルトーネ枢機卿は76歳である。ベルトーネ枢機卿はイエスマンという評価に、むしろ誇りとするところで、わたしと教皇の行動が同調している証左であるとしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ベルルスコーニ内閣不信任案、否決される

Berlusconi_casini_maggioranza
ベルルスコーニ内閣不信任案は、3票差で否決された(12月15日、Corriere della Sera).

ベルルスコーニ首相は、多数派工作の対象を広げるとして、カジーニ率いるキリスト教民主連合にも門戸を開き、もうフィーニは相手にしないとしている。

下院の出席者は627人、投票者は625人。過半数は313票。

結果は、内閣信任が314票、不信任が311票であった。勝負を決したのは、フィーニ派から信任票に流れた2人ともとIdvで政府を「助けにいった」2人の票であった。

カジーニは、与党に入るのを拒絶した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月21日 (火)

《シチリア、シチリア》

Img_main_comment
映画《シチリア、シチリア》(ジュゼッペ・トルナトーレ監督)を観た。

この映画は、1930年代から1980年代にかけてのシチリアのある町に生きるペッピーノとその家族の生活を描いた大河ドラマで、上映時間は151分だが、長すぎるというよりは、むしろ描くべきことに対して時間が足りないという感じすらした。

原題は、Baarìa で、これは舞台となったバゲリアという町の地元での呼び名。主人公ベッピーノは監督の父がモデルで、実話に近いらしい。

《ニュー・シネマ・パラダイス》から20年が経過しているわけだが、監督の語り口は、さりげなく、淡々としたものになっている。

ファシストの時代、共和制か王制かの国民投票、戦後の不完全な農地改革、総選挙など歴史的事象が節目、節目に織り込まれている。それもそのはず、主人公は共産党員なのである。

むろん、政治だけが描かれているのではなく、地元の画家が、地元の庶民をモデルにして聖人画を教会の壁に描くエピソードはアイロニーとユーモアに充ちている。

フェッリーニの《アマルコルド》を思わせる作品だが、冒頭で少年が空を飛ぶのは、フェリーニの《8と2分の1》の引用かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

Pdl とPd の支持率上昇、Fli の下降

4258_2


4258_1
内閣不信任投票をめぐる駆け引きがなされる中、政党支持率の世論調査が実施された(12月11日、Corriere della Sera).

この調査はISPOがCorriere della Seraのために実施したもので、800人、誤差は3,5%、調査は2010年12月7日から9日にかけて実施された。

2010年11月と12月を比較すると
Pdl 26,5% (11月)
  27,6%(12月)
北部同盟  11,8%
      12,0%
民主党 24,2%
    25,0%
Idv 6,3%
6,2%
Udc 5,8%
5,3%
Fli (フィーニの率いるFuturo e Liberta')
8,1% (11月)
  6,9%(12月)
Sinistra Ecologia e Liberta'
6,7%
6,4%
共産党再建・共産主義者
 1,7%
 1,9%
Movimento 5Stelle-Grillo
2,1%
2,2%
La Destra
1,4%
1,4%
その他 5,4%
    5,1%

ベルルスコーニ率いるPdlは1、1ポイント増加、民主党も0,8ポイント増加しているが、フィーニ率いるFli は1,2ポイント減少している。

また、別の質問で、フィーニ、カジーニ、ルテッリその他の中道勢力が、次の選挙であらたな勢力として選挙協力をした場合の投票行動を尋ねたところ、

非常に関心がある 6,4%
かなり関心がある 16,2%
少ししか関心がない 22,4%
決して投票しない  52,6%
わからない    2,4%

となっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月20日 (月)

オペラ《奥様女中》

20101218main
ペルゴレージのオペラ《奥様女中》を観た(東京九段・イタリア文化会館・アニェッリホール)。

この日のプログラムは2部構成で、第一部は、劇中音楽会と称し、作曲家ペルゴレージの生涯を彼の音楽を引用しながら紹介する劇。演出家のダリオ・ポニッスィ氏が自らペルゴレージを演じ、他に4人の女性歌手(川原慶子、藪田瑞穂、小田切一恵、相羽紗希)が登場する。

第二部が、オペラ・ブッファの傑作といわれる《奥様女中》(La serva padrona)である。

今年はジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(1710ー1736)の生誕300年であり、それを記念して《奥様女中》の上演もいくつかあったようだ。

奥様女中に登場人物は3人しかいない。セルピーナというお女中さん、ウベルトという主人、そしてヴェスポーネという召使い。セルピーナが、ウベルトに結婚を迫って、お女中から奥様になりあがるという物語である。ヴェスポーネは黙り役で歌わない。というわけで、歌うのはウベルト(立花敏弘)とセルピーナ(高橋薫子)。ヴェスポーネ(ダリオ・ポニッスィー演出も)は、歌わないが、演劇的には必要な役回り。

今回の上演では、指揮が大浦智弘、ピアノが若杉千晶。通常は、小編成の管弦楽であるが、今回のピアノ上演は大変活き活きとしたリズムの好演であった。

ペルゴレージの音楽は、モーツァルトの先駆者的な上品さ、エレガンスを持っているが、同時に、オペラ・ブッファの躍動感が出なければ面白くない。軽やかさや諧謔味を兼ね備えなくてはならないのであるが、今回のものは大変上質かつ愉快な演奏だった。

上演を楽しいものにしていたのは、タイトルロールである高橋薫子(のぶこ)の快演ぶりだ。声よし、顔の表情よし、動きよし、リズム感、声の表情、どれをとっても最高の出来で、心の底からオペラ・ブッファの醍醐味を堪能した。会場にも何度も笑いがあふれ、これがオペラ・ブッファなのだと納得。

無論、セルピーナを引き立てるウベルト(立花敏弘)も熱演で、セルピーナが他の男と結婚すると宣言(もちろんウベルトの気を引くためのお芝居ーーオペラでは、オペラ自体が芝居なのだが、その中でさらに芝居を演じる人物が良く出てくる)した時の嘆き声、そしてセルピーナに結婚をせまられてどうしようかと迷う際の演技など秀逸であった。舞台装置は単純なのだが、枠組みだけですりぬけられる大きな姿見の鏡があって、ウベルトが迷う際には、鏡の中の自分と、外の自分が異なった意見を交わしあうのである(歌手は、枠組みのあちらとこちらを行き来する)。

ペルゴレージのアリアや二重唱は、同じメロディーの繰り返しが多い。単純な繰り返しが多いので、すぐにメロディーを覚えられるという利点はあるのだが、逆に単調になってしまう場合もある。今回の上演では、高橋、立花両者ともに、パルランテ(語るように歌う)を巧みに用いて、表情に変化を与え、少しも飽きさせるところがなかった。

それどころか、終幕で、二人が結婚に合意して幸せを歌い上げるところでは、繰り返しの中で突如、二人がおばあさんとおじいさんになって歌うところなど意外性といい、チェンジアップといい見事であった。しかも、ふと考えれば、モーツァルトの《魔笛》のパパゲーノ、パパゲーナを想起させているわけで、さりげなく深い。

また、特筆すべきは、高橋、立花両者のイタリア語の明晰さで、言うまでもなく、オペラ・ブッファは言葉のやりとりで笑わせる部分もあるのだが、レチタティーヴォだけでなく、アリアを歌っている時にも非常に言葉が聞きとりやすく、しかも適切な表情がのっているので、こちらも劇に自然に入り込めた。

この公演が一日限りなのはとても惜しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

RAI の方言CM

Rai1024x639_2 RAI の方言を用いたCMが問題になっている(12月14日、Corriere della Sera)

このスポットCMは、イタリア統一150周年を記念したもので、15の方言で流れている。

本来、視聴者の微笑みを誘うはずのものであったが、論争の種となってしまった。

たとえばロンバルディア方言では、

Sun chi e devi dumanda': 《voeret ti ciapa' su' chi lu'?》 e 《voeret ti ciapa' su' chi le'?》(イタリア語では、Sono qui  e devo chiedere 《Vuoi prendere (per marito) questo qui?》e 《Vuoi tu prendere (per moglie) questa qui?》

と、神父があなたはこの人を夫としますか、妻としますか?と結婚する二人に問いかける内容である。

しかし、モリーゼやヴェネトからは抗議の声があがっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月19日 (日)

レオパルディの英訳

Giacomoleopardi レオパルディの詩集『カンティ』の英訳が出版される(12月13日、Corriere della Sera).

レオパルディの詩集『カンティ』の英訳がロンドンやニューヨークで最初にフレデリック・タウンゼンドの手によって出たのは1887年であり、最初の英語圏での批評は1852年にボストンのヘンリ・T・タッカーマンによって出ているが、レオパルディの詩がアメリカで人気を博したことはない。それは、アメリカ人の精神とレオパルディのそれには同質性がほとんどないことを考えてみればわかることだ。

それでも、メルヴィルやロバート・ローウェルのImitations (1961)はレオパルディの影響を示してきた。

今回、Jonathan Galassi が『カンティ』の英訳を出版する。Galassiはすでにモンターレの詩を訳し、註をつけた経験を持っている。

出版社は Farrar Straus and Giroux (498ページ、23,1ドル)。

2012年には同じくレオパルディのエッセイ集『ジバルドーネ』の翻訳を刊行する予定である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月18日 (土)

RCSとTelecom, 電子書籍で提携

Telecom_italia_ereader_250x300
Rcs と Telecom は電子書籍で提携した(12月10日、Corriere della Sera).

両者が立ち上げたのは、Biblet.it という書籍の電子配信システム。672冊で出発する。

電子書籍は、紙の書籍よりも約30%価格が安く設定されている。

また電子書籍の配信の形は、すでに普及している Pdf というフォーマットと、ePub という新たに開発したフォーマットの2種類が用意されている。

また、Rcsが発行している新聞 Corriere della Sera および Gazzetta dello Sport が1部単位でダウンロードできる。値段は、一部あたり99チェンテージミである(紙の場合は、1ユーロ20チェンテージミ)。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月17日 (金)

ミラノのドゥオーモに照明

05_duomo_di_luce_castagnaravelli_ba
ミラノのドゥオーモのステンドグラスが内側からライトアップされるようになった(12月9日、Corriere della Sera).

ミラノのドゥオーモのステンドグラスの中には、オリジナルのものも15世紀、16世紀にさかのぼるものもある。68個の低消費電力のランプで照らし出される。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月16日 (木)

住みやすい県はボルツァーノ県

Qualitadellavitaprimabolzanomaglian 日刊紙 Il Sole 24 Ore の調査によると、イタリアで最も住みやすい県はボルツァーノ県である(12月7日、Corriere della Sera).

全体的傾向としては、山岳地域、北部そして中部の小さな県が住みやすい。

トップ10は、

1.ボルツァーノ県 637点
2.トレント県    636点
3.ソンドリオ県   614点
4.トリエステ県   599点
5.シエナ県    579点
6.アオスタ県   576点
7.ゴリツィア県  572点
8.ボローニャ県  571点
9.オリスターノ県 565点
10.ベッルーノ県  564点

である。

逆に、最も評価の低い県は、 98  アグリジェント県  412点 99  カターニャ県    410点 100 ターラント県    409点 101 パレルモ県     409点 102 カルタニセッタ県  406点 103 レッジョ・カラブリア県 406点 104 トラーパニ県    405点 105 カゼルタ県     404点 106 フォッジャ県    401点 107 ナポリ県      397点 となっている。南部とシチリアに集中している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月15日 (水)

クリスマスプレゼントに子犬を買うのはやめよう

Animalicomeregalidinatale 動物愛護団体が、クリスマス・プレゼントに子犬を買うのはやめようと呼びかけている(12月6日、Corriere della Sera).

動物愛護団体の名は Aidaa (Associazione italiana a difesa di animali e ambiente). クリスマスの時期に買われる子犬・子猫の数は、子犬が15万頭、子猫が25万匹だが、数ヶ月経過すると、約40%が飼い主から捨てられてしまう。

さらに多くの動物は東欧から輸入されている。そこで、劣悪な状況で育てられ、そのためしつけなども出来ておらず、問題が多い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月14日 (火)

ミラノに20世紀美術館

Arengario_rota_rendering1 ミラノのドゥオーモ広場に20世紀美術を収める美術館ができる(12月5日、Corriere della Sera).

名前は Museo del '900 で、建物は Palazzo dell'Arengario. 20世紀の約400の作品を展示する。美術館の中には書店とレストランも入る。1月28日までは入場無料である。

建物のパラッツォ・デッラレンガリオは、ファシズム期の建築で、1939年に着工されたが、戦争で中断し、できあがったのは1956年だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月13日 (月)

文学者の原稿の行方

Fondo_manoscritti_pavia 作家や詩人の原稿を保存する文書館がSOSを発している(12月4日、Corriere della Sera).

1969年マリア・コルティは詩人エウジェニオ・モンターレの旧作の下書きや最近作の校正刷りを手にした時に、20世紀の作家の自筆原稿の文庫を作ることを決意した。

1973年に文書館が設立され、彼女はそこに自分の情熱を注ぎ込み、30年前からはリサーチ・センターが付属するようになった。

2002年にマリア・コルティが亡くなった時、彼女は幅広い交友関係を持っていたこともあり、イタリア最大の20世紀作家の自筆原稿のコレクションが残された。

そこには、ロマーノ・ビレンキからはじまって、ガッダ、セレーニ、カルヴィーノ、モンタネッリ、フォルティーニ、アルバジーノ、ザンゾット、マンガネッリの原稿がある。作家の数は236人。

彼女以前には、トリノ大学にゴッツァーノの自筆原稿のコレクションはあったが、いずれにせよパイオニア的仕事であった。

こうした仕事に刺激をうけて、フィレンツェの Fondo Palazzeschi,  Archivio Bonsanti del Vieusseux, シエナの Centro Fortini,  ミラノの Centro Apice などが生まれた。

新聞や文学に関しては、Fondazioni Rizzoli-Corriere della Sera e Mondadori も忘れてはならないものだ。

70年代、80年代は、この仕事に関して、県や州も協力的だった。しかし、現在の文書館の館長マリア・アントニエッタ・グリニャーニは、予算の窮状を嘆いている。

最近、この文書館は新前衛主義の詩人・批評家アルフレード・ジュリアーニ文庫を入手したが、これには書簡も含まれており、グルッポ63がどう生まれたかを知る貴重な資料である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月12日 (日)

第三の極、形成される

Fini_casini_rutelli
政治の第三極が、内閣不信任に向かって動きはじめた(12月3日、Corriere della Sera).

これまでの不信任案は民主党とIdv によるものだったが、これにフィーニ(Fli)とカジーニ(Udc),ルテッリ(Api )、ロンバルド(Mpa) の率いるグループが加わる

フィーニ・グループの一人は、下院で不信任案支持者が317人いるとしている。

与党の Pdl は大きな過ちだとし、ベルルスコーニ首相は、無責任だと非難している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月11日 (土)

「オッセルヴァトーレ・ロマーノ」150年

Hn7409001
ヴァティカンの機関紙「オッセルヴァトーレ・ロマーノ」の創刊150年を記念する本が出版された(12月2日、Corriere della Sera).

タイトルは Singolarissimo giornale. I 150 anni dell'《Osservatore Romano》で、出版社はAllemndi&C, 283ページ、30ユーロである。

編著者は、アントニオ・ザナルディ・ランディとジョヴァンニ・マリア・ヴィアン。

本はオッセルヴァトーレ・ロマーノの過去150年のアンソロジーともなっている。

オッセルヴァトーレ以前にあった新聞としては、《Diario di Roma》が1848年に拝観となり、《Il Giornale di Roma》という教皇国家の公的新聞だったものは1870年に姿を消す。

《Il Costituzionale Romano》も数年しか続かなかった。

《Osservatore Romano》 という同名の新聞は、1852年に一度廃刊となっている。しかし今も続く《Osservatore Romano》は1861年7月に創刊されたのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月10日 (金)

2008年のロシアのグルジア攻撃

Putinberlusconi
ウィキリークスによると、2008年のロシアによるグルジア攻撃の際に、イタリアがNATO軍の介入にブレーキをかけていたらしい(12月1日、Corriere della Sera).

ローマ駐在とプラハ駐在のアメリカ大使のやりとりによると、2008年に起こったグルジア対ロシアの戦争に対してとったイタリアの立場はアメリカの苛立ちの種であった。

当時、ローマ駐在のアメリカ大使ロナルド・スポーリは、「フラッティーニ外務大臣やカルロ・バトーリ副代表の話では、イタリアはロシアを非難することに反対しており、NATOにとってまったく有益でない」とリポートしている。すでにベルルスコーニとプーチンは話しあっており、個人的な関係を用いてプーチンはイタリアを動かし、国際的機関がロシアの行動を非難させないようにしている。」このリポートの日付は2008年8月15日である。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 9日 (木)

マリア・カラスの途中退場

Gc100
ブルーノ・トージが1958年ローマ歌劇場で起こったカラス途中退場の事件について語った(11月28日、 Corriere della Sera).

トージは最初はファンとして、後にはジャーナリストとしてカラスと接し、友となり、彼女の死後は遺品を収集してきた。

この「事件」が起こったのは、1958年1月2日。カラスは、数年ぶりにローマ歌劇場に戻ってきた。その間に彼女はスカラ座の女王になっていた。当時、スカラ座とローマ歌劇場の間にはライバル関係があった。

ノルマの初日は、グロンキ大統領夫妻、映画スターのアンナ・マニャーニ、ジーナ・ロッロブリジダ、シルヴァーナ・パンパニーニ、政治家のアンドレオッティ、画家デ・キリコなど錚々たるメンバーが客席にいた。

が、カラスは、劇場に着くと観客のなかにある冷ややかさを感じた。「カスタ・ディーヴァ」を歌い終わったところで、天井桟敷から野次‘Ci costi un milione' がとんだ。

また、ポッリオーネ役のフランコ・コレッリが入場した時のほうがカラスの時よりも拍手が長かった。

かなり良く歌ったのだが、緊張と体調の悪化から一幕終了後、降板を決めた。その決断をローマ歌劇場は受け容れなかった。カラスの代役は考えられなかった。彼女を説得しようとしたが、カラスはその後に起こる大騒動に思いがいたらず、決めてしまっていた。

40分の中断後、劇場は上演の中断を告げた。観客は最初は抗議し、次には劇場のカラスの出口を取り囲んだので、カラスは目立たぬ出入り口から出て行ったが、彼女の宿泊するホテルの下では一晩中、叫び声が聞こえた。

翌日、新聞も大きくこの事件を取り上げた。朝、カラスは大統領夫人にお詫びの電話をし、了承されたが、それは個人的なエピソードにすぎず、政府から劇場へはカラスとの契約はしないよう通達があった。健康を回復したカラスは、復帰して歌おうとしたが、県からは公安を理由に拒絶され、劇場は、アニタ・チェルクェッティを代役に立てた。数週間、論争が続いた。

このスキャンダルは、カラスを深く傷つけ、カラスは二度とローマで歌おうとしなかった。大指揮者セラフィンの説得すら功を奏さなかった。ライオンの檻に戻る気がしないのです、と言ったのである。

2008年にようやくカラスとローマ歌劇場の和解となる催しがもたれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 8日 (水)

ジャンナ・ナンニーニ出産

1290938075_s020112720101127
歌手のジャンナ・ナンニーニが女児を出産した(11月27日、Corriere della Sera).

子どもの名は Penelope Jane、 2530グラムで生まれた。身長は48cmで健康。

ロック歌手ナンニーニは54歳。卵子提供によるものではなく、「長い治療の過程をへて」妊娠した。自然分娩だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 7日 (火)

アマゾン、イタリア上陸

Amazonsbarcainitalia
アマゾンがイタリアに上陸した(11月24日、Corriere della Sera).

アマゾン・ドットコムがイタリアに上陸した。アマゾン社の利用者は世界中では1億2100万人にのぼるが、G8のなかでアマゾンが進出していないのはイタリアだけだった。

郵送料を払わなくてすむ Amazon Prime のサービスは、アメリカでは年間79ドルだが、イタリアではこのたび10ユーロというはるかに安い価格で始める。

アマゾン・イタリアでは本だけでなく、DVDやヴィデオゲーム、家電、時計なども売る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 6日 (月)

モニチェッリ、悲劇的最期

Mariomonicelli
映画監督のマニオ・モニチェッリが亡くなった。95歳だった(11月30日、Corriere della Sera)

ローマのサン・ジョヴァンニ病院の泌尿器科病棟のバルコニーから身を投げての自殺だった。

モニチェッリは、1915年5月16日、ヴィアレッジョに生まれた。イタリア喜劇映画の旗手でありつづけた。映画のデビューは1930年代。

作品には 《I soliti ignoti》, 《la grande guerra》, 《L'armata Brancaleone》, 《Brancaleone alle Crociate》, 《Il marchese del Grillo》, 《Amici miei》, 《Speriamo che sia femmina》などがある。2006年には 《Le rose del deserto》を監督した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マルトーネの映画、30館で上映

82522ec38e3f9229b5e5587d892d006e
マリオ・マルトーネ監督のとったリソルジメントを舞台にした映画 Noi credevamo (われわれは信じていた)は、わずか30館で封切られた(11月10日、Corriere della Sera).

この映画は、リソルジメントに関しての大作で、予算も600万ユーロが計上された。

出演俳優は、ロ・カーショ、フランチェスカ・イナウディ、セルヴィッロ、バルバレスキ、ツィンガレッリと豪華である。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 5日 (日)

学生、モニュメントを占拠

Colosseo_280xfree
ジェルミーニ教育大臣の改革に反対する学生たちは各地のモニュメントを占拠した(11月26日、Corriere della Sera).

ローマのコロッセオ、ピサの斜塔、トリノのモーレ・アントネッリアーナなどである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学生、上院を取り囲む

Universita_studenti_assedio_senat_2
大学改革法案に反対して、学生が上院を取り囲んだ(11月25日、Corriere della Sera).

学生が抗議している点は以下の通り。

1.研究者が大学に最初に就職する際、最初は4ー5年、2回目は3年の期限付きの契約しかなくなる。この期限の終わりに正式採用されないと、大学の門が永遠に閉ざされてしまう。

2.2011年に大学の予算不足は13億5000万ユーロにのぼる。

3.北部同盟が提出している修正条項に、奨学金の10%は居住者にというものがある。

4.教育大臣は優秀な者に対する特別な資金を用意すると言っているが、そもそも資金が不十分。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 4日 (土)

増えるナポリのゴミ

7846006
ナポリやカンパーニャ州のゴミが増えている(11月23日、Corriere della Sera).

EU の査察官は、2年前の2008年と変わっていないという報告をしている。

ナポリのゴミの危機を解決するための緊急令は、まぼろしのままで、ナポリターノ大統領の机には届かなかったのである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年12月 3日 (金)

ウィキリークスでのベルルスコーニ評価

Berlusconi ウィキリークスで明らかになったベルルスコーニ首相に対するアメリカ外交官の評価は大変厳しいものだった(11月29日、Corriere della Sera).

まず、「見栄っ張りで、現代ヨーロッパのリーダーとしては無能」とされている。ローマ駐在のアメリカ外交官の評価ということになる。

また、別のリポートでは、肉体的にも政治的にも弱体とされている。夜遅くまで、過激なパーティを開いて、休息する間がないというわけだ。

さらに、ベルルスコーニ首相とプーチン首相の緊密な関係も注目を集めている。エネルギーをめぐる連携と高価なプレゼントに言及している。アメリカ外交官によれば、ベルルスコーニはヨーロッパにおけるプーチンのスポークスマンのようだとしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 2日 (木)

今日のイタリアにおけるファシストの遺産

13949
今日のイタリアにおけるファシストの遺産について論じた本が出版された(11月19日、Corriere della Sera).

著者はサビーノ・カッセーゼ。法学者で、国家行政史家である。現在は、ピサのスクォーラ・ノルマーレ・スペリオーレで教えており、憲法裁判所の判事であるが、チャンピ政権では公務員大臣を務めた。

出版された本は『ファシスト国家』(イル・ムリーノ、160ページ、14ユーロ)である。

これまで、イタリア共和国は、戦争や反ファシズムから生まれたと言われてきた。しかし1948年によって作られた国家は、長い間(あるいは部分的には今でも)組織や法律や行政上の習慣などをファシズム期に作られたものを受け継いでいた。

ファシズムは、暴力によって権力を奪いとったが、アルベルト憲章や諸組織、先行する時期に成立した法を保持していった。カッセーゼは、ファシズム政権と現代との連続性に着目して議論している。

この本の議論は、単純化、図式化して言えば、歴史家たちが投げかけてきた次の疑問に答えている。ファシズムとはなんであったのか?全体主義体制だったのか?大衆の全体主義的「民主主義」だったのか?コルポラティズムの興味深い実験だったのか?

全体主義国家ではなかったというのには理由がある。1943年、旧友のオッタヴィオ・ダニエーレに対して、ムッソリーニ自身が、つねに対立する諸権力間の対立や口論の仲裁で苦労の連続だったと述べている。諸権力とは「政府、政党、君主、ヴァティカン、軍隊、県知事、戦闘ファッシ県支部長、大臣、ラス、独占企業」などなどである。こうした勢力を政権に組み込むこともして、イタリア産業総連盟の会長は大評議会のメンバーとなっていた。

全体主義国家をつくるためには、ムッソリーニはまず君主制を除去し、カトリック教会をヒトラーがそうしたように扱わねばならなかったろう。ムッソリーニは時々、癇癪を起こしてそのような脅しをかけたが、結局は、総決算は後日にということにするのだった。

コルポラティヴィズモ(協調組合主義)も、カッセーゼによると、ファシズム体制がその成果を誇示するあやうげな構築物であった。その建物には屋根がなく、そこには協調組合(労使双方が参加)、労働組合、職業団体などが共生しており、それらの住人は、ファシズムが作り上げた状態に満足し、自由競争は口先のみで称えられるだけで、めったに実行には移されなかった。

こうした仕組みは新国家(第一共和制)で壊されるはずだったが、人々は既得権益にしがみつき、このシステムが1990年代までおおむね温存されたのである。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 1日 (水)

モラヴィアの家、博物館に

Mor
作家アルベルト・モラヴィアのローマの家が博物館になる(11月19日、Corriere della Sera).

モラヴィアはこの家で暮らし、1990年9月26日に83歳でここで亡くなった。

12月1日に博物館としてオープンし、予約または小グループに対して開く。遺族(ダーチャ・マライーニとカルメン・レーラ)から家の寄贈をうけたローマ市が博物館は運営する。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »