« 教皇、エコロジーの教訓を語る | トップページ | ブレーシャの虐殺事件も無罪に »

2010年11月23日 (火)

十字軍の前の十字軍

Siegejerusalem いわゆる十字軍の前にも十字軍のあったことを紹介する本が出版された(11月16日、Corriere della Sera).

アイルランドの中世学者コナー・コスティックの『エルサレム征服』が Il Mulino から出た(288ページ、26ユーロ)。

またアルベルト・レオーニの『十字軍以前のヨーロッパ』(Ares, 269ページ、18ユーロ)も出版された。

レオーニは、教皇レオーネ4世のイスラム教徒との闘いを考察している。イスラム教徒は652年にシチリアに上陸し、830年にはローマを襲撃し、849年には包囲した。

830年にも、サン・パオロ寺院やサン・ピエトロ寺院に到達した。Rinaldo Panetta によると、この際にローマ防衛に決定的役割を果たしたのはロンゴバルド族、フリージア族、フランク族だった。

ヴェネツィアはローマ防衛のために船団を派遣したがターラント沖で打ち負かされた。この時からアドリア海沿岸は侵略にあった。840年にはアンコーナが破壊され、炎上した。

シチリアではすでに831年パレルモが陥落していたが、メッシーナが843年に、ラグーザが845年に陥落した。

プーリアではバーリもターラントも敵の手に落ちていた。

846年8月23日には、イスラム教徒は73隻、1万1千人の大艦隊を率いてオスティアから上陸、ローマに到達して、サン・ピエトロ寺院をかつてどんな蛮族も果たしたことのないほど略奪、強奪の限りをつくした。

しかし帰り際に、海で夏の終わりの嵐にあって大打撃を受けた。

そのため、再びローマを襲撃するのは数週間後ではなくて849年になった。しかし今回彼らが直面したのは、教皇レオーネ4世自ら率いる艦隊だった。レオーニはこの戦いで、教会の軍事史が始まったとしている。この戦いは大変重要視されたので、ヴァティカンのラファエッロのフレスコ画にも描かれている。

その後は、キリスト教徒側が攻勢に出る。教皇ジョヴァンニ10世が代表的である。

また、レオーニは1063年の重要性も指摘している。この年カスティリア王のフェルディナンド1世がキリスト教国の統一を回復し、コインブラを取り戻す。同年教皇アレッサンドロ2世は回勅 Eos qui in Hispaniam を出し、イスラム教徒との戦いに参加したものの罪を赦した。

1085年にはアルフォンソ6世がトレドを奪回する。

最初の十字軍は1096年にウルバーノ2世によって派遣された。クレルモン公会議でのことだ。

この試みは、ヨーロッパのキリスト教国の貴族が参加した。3年後の1099年、彼らはエルサレムを征服した。

|

« 教皇、エコロジーの教訓を語る | トップページ | ブレーシャの虐殺事件も無罪に »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144339/50098469

この記事へのトラックバック一覧です: 十字軍の前の十字軍:

« 教皇、エコロジーの教訓を語る | トップページ | ブレーシャの虐殺事件も無罪に »