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2010年11月30日 (火)

成績表は必要か?

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成績表は必要か、不必要かという議論がフランスから起こっている(11月22日、Corriere della Sera).

教育大臣のマリアステッラ・ジェルミーニは必要派だ。「成績表は成長を助けるし、生徒がよく勉強したかどうかをはっきりと理解するのは正しいことだ」と述べている。

それに対し発達心理学者のシルヴィア・ヴェジェッティ・フィンツィは、点数のついた成績表は、「屈辱感を与えるおそれがある」として否定的だ。

この賛否の議論はフランスからやってきた。フランスでは成績表を廃止すべきかどうかが論じられている。
イタリアでは逆に、2009年に32年ぶりに復活したのである。

フランスの成績は1から10で示される。イギリスの小学校ではいわゆる成績はないが、教育上の進歩に対して評価が与えられる。ドイツではの成績は1から6までだが、イタリアとは逆に1が最高で、6はいちじるしく不十分となる。スペインの小学校では数字の成績はない。大変よろしい、良い、もっと頑張りましょうなどの言葉で表現される。アメリカでは数字ではなくアルファベットでA からFまでで示される。Aが最高で、Fはいちじるしく不十分となる。

イタリアでの成績の歴史を振り返ると、次のようになる。

1907年にマリア・モンテッソーリがローマに「子どもの家」を開いたときには成績はなかった。

1923年にジョヴァンニ・ジェンティーレが教育大臣の時には、小学校に10段階の成績を導入した。

1977年、成績表は中断され、その代わりに、ottimo, distinto, buono, sufficiente の言葉による評価が導入された。

2009年の改革で、マリアステッラ・ジェルミーニ大臣は各科目と素行に関し10段階の成績を再導入した。

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2010年11月29日 (月)

教皇の挑戦

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ローマ教皇ベネデット16世は、コンドームの使用に道を開いた(11月21日、Corriere della Sera).

場合によっては、正当化される」としている。

これは教皇が、ドイツ人ジャーナリスト、Peter Seewald に語った内容であり、Luce del mondo という本として出版されるが、ヴァティカンの新聞 Osservatore romano でも大きくとりあげられている。

教皇は、その他、ピオ12世とユダヤ人について、小児性愛のスキャンダルについて、麻薬について、などなど多くの問題についてこれまでになく率直に語っている。


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2010年11月28日 (日)

女子の進学

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イタリアの高校では、女子は職業系高校への進学率が低い(11月20日、Corriere della Sera).

職業系高校(Istituti tecnici)は以前から男子の行く学校というイメージがあった。そういった傾向は、ヨーロッパの他国とはかなり隔たりがある。

今年だけでも、職業系高校の卒業生に対して23万5000人の求人があったが、卒業生は12万5000人しかいなかった。就職困難の時代にあっても、職業系高校の卒業生は売り手市場なのである。

普通系高校(Licei) での各国の女子比率
イタリア 62,2%
デンマーク 57,7%
フィンランド 57,1%
スペイン  54,6%
フランス  54,3%
ドイツ   54,2%
オランダ  52,2%
イギリス  50,7%

職業系高校(Istituti tecnici)での各国の女子比率
イギリス  50,9%
フィンランド 49,8%
スペイン   49,4%
オランダ   47,9%
デンマーク  43,7%
フランス   43,3%
ドイツ    42%
イタリア   39,3%

となっている。

イタリアの39%は、細かく言えば、Istituti tecnici が23%で Istituti professionali が18%である。

イタリアの経営者団体Confindustria はこうした傾向を変えたいと考えている。

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2010年11月26日 (金)

カゼルタのカモッラのボス逮捕

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カゼルタの犯罪組織カモッラのボスが逮捕された(11月18日、Corriere della Sera)

ボスの名は、アントニオ・ヨーヴィネで15年間、潜伏していた。シチリアでマフィアの大ボスが逮捕された時と同様、自宅の近所での逮捕だった。

しかも顔を整形することもなく、偽の身分証明書も所持していなかった。

ヨーヴィネには、本人不在のまま、すでに終身刑が宣告されている。

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2010年11月25日 (木)

ブレーシャの虐殺事件も無罪に

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ミラノのフォンターナ広場での事件に続き、ブレーシャのロッジャ広場での虐殺事件も証拠不十分で無罪となった(11月17日、Corriere della Sera).

ブレーシャの事件は36年前、1974年5月28日に、ブレーシャの反ファシズムのデモ行進中に爆弾が爆発し、8名が死亡、102名が負傷した。

無罪となった被告には、デルフォ・ゾルジ(日本在住, 日本では Roy Hagenと名乗っている)、カルロ・マリア・マッジ、マウリツィオ・トラモンテ、フランチェスコ・デルフィーノ、ピーノ・ラウティがいる。

1969年から70年代にかけては、いくつもの爆破事件が起こった。

1969年12月12日
  ミラノ・フォンターナ広場
  死者17人

1972年5月31日 
  サグラード・ペテアーノ
  死者3人

1973年5月17日
  ミラノ・警察署
  死者4人

1974年8月4日
  イタリクス
  死者12人

1980年8月2日
  ボローニャ駅
  死者85人

1984年12月23日
  ラピド904
  死者17人


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2010年11月23日 (火)

十字軍の前の十字軍

Siegejerusalem いわゆる十字軍の前にも十字軍のあったことを紹介する本が出版された(11月16日、Corriere della Sera).

アイルランドの中世学者コナー・コスティックの『エルサレム征服』が Il Mulino から出た(288ページ、26ユーロ)。

またアルベルト・レオーニの『十字軍以前のヨーロッパ』(Ares, 269ページ、18ユーロ)も出版された。

レオーニは、教皇レオーネ4世のイスラム教徒との闘いを考察している。イスラム教徒は652年にシチリアに上陸し、830年にはローマを襲撃し、849年には包囲した。

830年にも、サン・パオロ寺院やサン・ピエトロ寺院に到達した。Rinaldo Panetta によると、この際にローマ防衛に決定的役割を果たしたのはロンゴバルド族、フリージア族、フランク族だった。

ヴェネツィアはローマ防衛のために船団を派遣したがターラント沖で打ち負かされた。この時からアドリア海沿岸は侵略にあった。840年にはアンコーナが破壊され、炎上した。

シチリアではすでに831年パレルモが陥落していたが、メッシーナが843年に、ラグーザが845年に陥落した。

プーリアではバーリもターラントも敵の手に落ちていた。

846年8月23日には、イスラム教徒は73隻、1万1千人の大艦隊を率いてオスティアから上陸、ローマに到達して、サン・ピエトロ寺院をかつてどんな蛮族も果たしたことのないほど略奪、強奪の限りをつくした。

しかし帰り際に、海で夏の終わりの嵐にあって大打撃を受けた。

そのため、再びローマを襲撃するのは数週間後ではなくて849年になった。しかし今回彼らが直面したのは、教皇レオーネ4世自ら率いる艦隊だった。レオーニはこの戦いで、教会の軍事史が始まったとしている。この戦いは大変重要視されたので、ヴァティカンのラファエッロのフレスコ画にも描かれている。

その後は、キリスト教徒側が攻勢に出る。教皇ジョヴァンニ10世が代表的である。

また、レオーニは1063年の重要性も指摘している。この年カスティリア王のフェルディナンド1世がキリスト教国の統一を回復し、コインブラを取り戻す。同年教皇アレッサンドロ2世は回勅 Eos qui in Hispaniam を出し、イスラム教徒との戦いに参加したものの罪を赦した。

1085年にはアルフォンソ6世がトレドを奪回する。

最初の十字軍は1096年にウルバーノ2世によって派遣された。クレルモン公会議でのことだ。

この試みは、ヨーロッパのキリスト教国の貴族が参加した。3年後の1099年、彼らはエルサレムを征服した。

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2010年11月22日 (月)

教皇、エコロジーの教訓を語る

Papa教皇ベネデット16世は、持続可能な発展について語った(11月15日、Corriere della Sera).

教皇は農業の重要性を説いた。これまでのような消費生活を続けることはできないとしている。

イタリアの35歳以下の若者で、農業を職業として選んだのは10万人。EUでは約150万人となる。

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2010年11月21日 (日)

予算案の後に、信任案

Colle ベルルスコーニ首相は、信任案の前に予算案を審議することを提案した(11月14日、Corriere della Sera).

ナポリターノ大統領(写真)は、この提案をよしとしている。1994年の危機の際にも、こうした手順が踏まれている。

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2010年11月19日 (金)

デ・ラウレンティス、逝く

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偉大な映画プロデューサー、ディーノ・デ・ラウレンティスがロサンジェルスで亡くなった。91歳だった(11月12日、Corriere della Sera).

彼は500本の映画をプロデュースした。出発時は、白黒映画で、初のカラー映画は1952年でトトが出演している。

1972年にイタリアを離れ、アメリカで大作を制作する。

1919年8月8日生まれ。

《苦い米》では、彼は最初シルヴァーナ・マンガノの起用に乗り気ではなかったが、彼女は彼の二番目の妻となり、4人の子どもをもうけた。

1976年の《キング・コング》のプロデュースに際しては、オーディションにやってきたメリル・ストリープに対して、「ブスだな、なぜこんなのを連れてきたんだ」(E' brutta, perche' me l'hai portata?) と言い放ち、不採用にした。このエピソードはメリル・ストリープ自身によって語られたものであり、デ・ラウレンティスのせりふをストリープはイタリア語で引用している。

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2010年11月18日 (木)

《紅の豚》、イタリアで上映

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宮崎駿監督の映画《紅の豚》がイタリアで上映される(11月11日、Corriere della Sera).

他の国に18年遅れで、1929年のイタリアを舞台にしたアニメ映画《紅の豚》がイタリアで公開される。パオロ・メレゲッティによる評価は4つ星を最高とした評価で、3つ星(見逃せない映画)となっている。

メレゲッティは、この映画における他の映画への言及、引用を具体的に指摘している。

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2010年11月17日 (水)

カジーニ、入閣を拒絶

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Udc のリーダー、カジーニは、入閣を拒絶し、ベルルスコーニの辞任をもとめた(11月9日, Corriere della Sera).

キリスト教民主連合のリーダー、ピエル・フェルディナンド・カジーニは、自分の政治信条を、大臣になるために売ったりはしない、として入閣を拒絶した。


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2010年11月16日 (火)

フィーニ、ベルルスコーニの辞任もとめる

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下院議長のフィーニは、首相の辞任を求めた(11月8日、Corriere della Sera).

フィーニ率いる政治グループ「未来と自由」(Futuro e libertà)の会議で、フィーニはベルルスコーニ首相の辞任を求めた。

ベルルスコーニは前進するのみとしている。

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懸念のあるイタリア文化財

Domus_aurea イタリアで保存状態に懸念があるのは、先日、剣闘士の家が崩落したポンペイ遺跡だけではない(11月7日、Corriere della Sera).

ローマのネロ帝のドムス・アウレア(黄金宮)にも100メートルにおよぶ亀裂があり、しかも壁はもろい状態である。

フィレンツェのドゥオーモのクーポラもその安定性が心配されており、常にモニターされている。

ボローニャの2つの塔も、地震があった場合の崩壊が懸念されている。

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2010年11月15日 (月)

ドラーギ:岐路に立つイタリア

Draghi_mario イタリア銀行総裁のマリオ・ドラーギは、イタリアは現在、停滞か成長かの岐路に立っている、と語った(11月6日、Corriere della
Sera).

世界的な経済危機の後、イタリアはなかなか成長できないできた。

ドラーギは、イタリアが30年間にわたって生産性の伸びが低下してきていることを指摘した。1970年代は、平均で3,4%の成長があった。それが1980年代になると2,5%となり、1990年代には1,4%となり、2000年代になるとほぼ成長がストップしてしまったのである。

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2010年11月14日 (日)

ベルルスコーニとフィーニ、久しぶりの対話

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ベルルスコーニ首相とフィーニ下院議長はひさしぶりに短時間語りあった(11月5日、Corriere della Sera).

二人は数週間、まったく会話を交わさなかったが、戦没者記念式典の後、数分間、会話した。

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2010年11月13日 (土)

ティーンエイジャーの母

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イタリアでティーンエイジャーで母親になる人の数が紹介されている(11月4日、Corriere della Sera).

2008年のデータである。

15歳未満  3人
15歳   30人
17歳   700人
18歳   2160人
19歳   3366人

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2010年11月12日 (金)

ベルルスコーニ:ゲイより女性を愛する方がまし

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ベルルスコーニ首相は、未成年の女性ルビーとの交際に関して、「美しい女性を愛する方が、ゲイよりましだ」と発言した(11月3日、Corriere della Sera).

Meglio essere appassionati di belle ragazze che essere gay. と発言し、激しい議論を巻き起こしている。

ベルルスコーニの発言は、国際自転車&バイク・サロンでのもの。他にも、「新聞は読まないで、だまされるからね。僕の行動は、それをしないことが恥になるような連帯の行動なんだ」と自らのルビーとの関係を正当化しようとしている。


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2010年11月11日 (木)

ルターに関する新著

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ルターおよび宗教改革に関する新著が出版された(11月2日、Corriere della Sera).

Diarmaid MacCulloch というオックスフォード大学の教会史の教授の著書を英語から翻訳したものである。タイトルは、Riforma. La divisione della Casa comune europea (1490-1700). 出版社は Carocci.

この本はこれまでの通説とは異なり、当時のカトリック教会は堕落していなかったという点、また、プロテスタント側からだけでなく、カトリック側の改革(いわゆる反宗教改革)についても詳しくふれている。

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2010年11月10日 (水)

与党、フィーニに態度決定を迫る

Fini 与党は、ベルルスコーニ首相を批判したフィーニ下院議長に対し、態度決定を迫った(11月2日、Corriere della Sera)

与党によれば、フィーニは政府を支えるか、危機に対する責任を取るべきだ、としている。与党Pdlは、最後通牒をつきつけた形だが、フィーニ派は、首相批判を撤回する気はなく、場合によっては、閣僚を引き上げ、閣外協力とする構えをみせている。

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2010年11月 9日 (火)

マルチェガリア、ベルルスコーニを批判

Marcegaglia イタリア産業総連盟の会長、エンマ・マルチェガリアは、イタリア政治が麻痺状態だとして首相を非難した(10月31日、Corriere della Sera).

首相は、ルビーという女性がムバラク大統領の親族だと言ったという報道を否定している。

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2010年11月 8日 (月)

ポッリーニ・リサイタル(バッハ)

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マウリツィオ・ポッリーニのリサイタルを聴いた(11月3日、サントリーホール)。

曲目は、バッハの平均律クラヴィア曲集第一巻全曲である。第一巻は、24の前奏曲とフーガからなる。前奏曲は、どちらかというと分散和音をもとに組み合わせて展開していったような曲が多い。フーガは、その名の通り、主題を3声や4声で追いかけていく(曲を文字通りとれば逃げていくわけだが)対位法を駆使した曲である。

ポッリーニはこの曲をCD録音しており、そのライナー・ノーツはいつものようにパオロ・ペタッツィによるものだが、シューマンの言葉を引用し、バッハの平均律は、毎日のパンとすべき音楽だと説いている。

たしかに、バッハのこの曲集は、聞き慣れないうちは、どれもこれも同じような曲がただ調性が変わってずらずらと並んでいるように聞こえるかもしれない。しかし、パンとはいいえて妙である。日本人で言えば米か。パンや米に派手な味はついていないが、毎日食べても食べ飽きないし、何とでも合う。

ポッリーニの演奏は、前半は多少のあやうさもあり、バッハの多声音楽の演奏のむつかしさを実感させられた。若い時のポッリーニは、楽曲が演奏困難なのか容易なのか、聞いているものには判らなくなってしまうほどやすやすと弾いているように聞こえた。今回は、曲が難曲であることを実感させてくれる普通のピアニストとしての演奏となった。

12の前奏曲とフーガを弾き終えて、休憩。

休憩後は、前半とは異なり、楽譜を携え登場。譜めくりの男性も脇にすわった。以前に、現代音楽の演奏ではポッリーニが楽譜を見ながら弾くことはあったが、古典的な曲でははじめての経験だ。しかし、楽譜を見ながらの演奏は落ち着きを取り戻し、集中力を増し、良かったと思う。僕の場合、充実した音楽が聴きたいのであり、演奏者が暗譜かどうかは問題ではない。

曲としては、最終曲24曲目の前奏曲とフーガの演奏が圧巻であった。演奏者も、そこで思いを一層集中するような姿勢というか一瞬のしぐさがあった。フーガは、CDと較べると、少しテンポが速く、しっかりとアクセントをつけて、一歩、一歩、噛みしめるような演奏だったのが印象的であった。CDの演奏は、なぐさめるような響きに聞こえるが、今回の演奏は、ここまでの24曲の歩みを確かめつつ、対位法が宇宙の拡がりを感じさせるものだった。

24番は前奏曲も、この世にあることの孤独をセンチメンタルでなく感じる曲だが、フーガはさらに宇宙的なのである。CDでは暖かみを感じさせる音色で弾かれているのだが、演奏会では、突きぬける音とフレーズごとにつけられたアクセントから、評者は満天の星空を感じた。前奏曲もフーガも音数は多くなく、テンポも速くはないが、深く、そして圧倒的な高さを感じる曲である。実演は、CDにない激しいパトスを生で感じさせるものであった。同じ曲の、同じ演奏家による演奏でも表情がこれほどに違うことに、ライブ演奏の醍醐味を堪能した一夜であった。

このプログラムではアンコールなしは、むしろ当然と思った。

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首相、警察署に電話

Silvio_berlusconi_113x70 ベルルスコーニ首相は、未成年女性のルビーが警察で取り調べを受けた際、自ら電話をかけ、彼女はエジプトのムバラク大統領の親族なので、ミネッティにあずけてくれと言ったことが明らかになった(10月30日, Corriere della Sera).

首相側は、決して圧力をかけていない、と弁明している。首相は、自ら警察に電話をし、ルビーがムバラク大統領の姪だと述べた。そして与党のニコレ・ミネッティにあずけるように依頼した。

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イタリア夏時間、10月30日に終わる

Orasolare 10月30日から31日にかけての夜中に夏時間が終わった(10月30日、Corriere della Sera).

夏時間(ora legale) は2011年3月26日から27日のかけての夜中に戻ってくる。

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2010年11月 7日 (日)

ポンペイ遺跡で剣闘士の家、崩壊する

Pompei Pompei_2 古代ローマの遺跡ポンペイで、剣闘士の家が崩壊した(11月7日、Corriere.it)

この建物は、剣闘士がここで訓練をしたり、武器を置いておいたことからそう呼ばれる。ポンペイの中央通りであるヴィア・アッボンダンティに面している。

これまで、外から眺めることができただけで、周囲には木の柵があった。

崩壊は、水が浸透していたためではないかと見られている。

ナポリターノ大統領は、この事件はイタリアの恥であり、なぜこのようなことが起こったかの説明が必要だとしている。

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ベルルスコーニ邸で売春パーティ

Berlusconi_280x0 ベルルスコーニ邸で、未成年女性を含む売春パーティが催されていることが明らかになった(10月29日、Corriere della Sera).

その未成年女性は、パーティに出るたびに約5000ユーロの現金を受け取っていたことも明らかになっている。

またその女性が、5月27日に、窃盗の容疑で警察で取り調べを受けた際に、様々な筋から女性を釈放するように圧力がかかったことも明らかになった。

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2010年11月 6日 (土)

公務員、2013年までに大幅削減

Brunetta253_preview 総務大臣のレナート・ブルネッタは2013年までに公務員を30万人削減すると発表した(10月29日、Corriere della Sera).

2008年から2013年の間に公務員を30万人削減し、620億ユーロを節約するとしている。

ブルネッタは公務員の病欠を厳しくチェックし、その結果病欠は35%減少した。

30万人削減案に対してはUilなど労働組合が批判している。

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2010年11月 5日 (金)

フェーデとモーラ、捜査対象に

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首相の側近が売春に関わった容疑で、ジャーナリストのエミリオ・フェーデとテレビ業界の仕掛け人ダリオ・モーラが取り調べの対象となっている(10月28日、Corriere della Sera)

エミリオ・フェーデは、TG4というニュース番組の編集・キャスターをつとめている。

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イタリアの移民、500万人に

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Caritasの推計によるとイタリアの移民は500万人に達した(10月27日、Corriere della Sera).

これはイタリアの人口の約7%に相当する。また、過去20年に10倍に増えたことを意味してもいる。1990年には、50万人であったのだ。

移民が、国内総生産に寄与するのは11,1%である。

移民のうち最も多いのはルーマニア人で、88万6000人に達している。

地域別にみると、ロンバルディア州が98万2000人で最も多く、ロンバルディアの住民の23,2%、約4人に1人である。

ついで、ラツィオ州の49万7000人で、人口の11,8%。ヴェネト州が48万人で11,3%、エミリア・ロマーニャ州が46万1000人で10,9%となっている。

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2010年11月 3日 (水)

イタリアの森、増える

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イタリアでは、1985年以来、約6%森が増加している(10月26日、Corriere della Sera).

イタリアでは、一地方に限らず、半島全体で森が増えている。減っている州はない。1985年とくらべ、170万ヘクタール、即ち、1万7000平方キロ増えている。

イタリアの森で最もその存在が多い木は次の通り(単位は100万立方メートル)

ブナ(faggio) 219 (100万立方メートル)
モミ(abete rosso) 202
クリ(castagno) 131
トルコオーク(cerro) 94
カラマツ(larice) 82
ツクバネガシ(roverella)72
トキワガシ(leccio) 35
モミ(abete bianco) 34
クロマツ(pino nero) 30
オウシュウアカマツ(pino silvestre) 30

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2010年11月 2日 (火)

テッタマンツィ枢機卿、カルロ・ボッロメオについての新著

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ミラノの大司教ディノニージ・テッタマンツィが聖カルロ・ボッロメオについての本を書いた(10月25日、Corriere della Sera).

カルロ・ボッロメオは、1600年11月1日に列聖されたので400年記念となる。トレント宗教会議後の教会のモデルとなった人物で、393の奇蹟を起こしたとされている。1602年だけでも、275もの奇蹟を起こしたとされている。


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2010年11月 1日 (月)

誰もつきたがらない職業

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イタリアでは、仕立屋やジェラート職人の後継者を見いだすのが困難になっている(10月24日、Corriere della Sera).

窓枠職人、パン屋、織物職人、石職人、ジェラート職人などなどである。

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