« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2010年9月30日 (木)

ナポリターノ大統領:ローマは唯一の首都

Napolitano_blu_quirinale400x300
ナポリターノ大統領は、ローマはイタリア唯一の首都であり、イタリアの統一に影を投げかけてはならないと北部同盟に呼びかけた(9月21日、Corriere della Sera).

ナポリターノ大統領の呼びかけは、ポルタ・ピア祭に際してのもの。この祭りにヴァティカンの国務長官ベルトーネが参加した。ヴァティカンの国務長官がこの祭りに参加したのは初めてのことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月29日 (水)

書き言葉の衰退

0000013134
大学生の作文力が落ちている(9月20日、Corriere della Sera).

ローマ・サピエンツァ大教授ヴァレリア・デッラ・ヴァッレによると、大学生の国語力、作文力は低下してきている。

主な間違いは次の10。

1.次のような語彙が理解できない
  obsolete(すたれた), laido(醜悪な), drimere(清算する), fatuo(まぬけな), congruo(適当な)

2.アポストロフォをきちんとつけられない
 Un altro か un'altro か
 Un'amica か un amica か

3.徐々に接続法が消えている
  Se lo avessi saputo, non sarei venuto が、Se lo sapevo non venivo という言い方で置き換えられている

4.遠過去が徐々に消えている
  Io andai が Sono andato に
  Io dissi が ho detto に

5.文法的誤りが頻繁に
  piu が u の上にアクセント記号なしで
  un po の o の上にアクセント記号をつけてしまう

6.不適切な比較表現
  Andrò a cena a Como piuttosto che a Pavia.
(正しくは、 andrò a cena a Como o a Pavia)

7. ho のつもりで o と書いてしまう

8.セミコロン(punto e virgola) やコロン(due punti) が徐々に消えている

9.文章に初め、展開、結論がつけられない

10.ページの余白を守れない

などである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月28日 (火)

ジェルミーニ:北部同盟のシンボルを取るように

Solealpi
ジェルミーニ教育相は、アドロの学校につけられた約700あまりの北部同盟のシンボルマークを除去するよう市長にうながした(9月19日、Corriere della sera).

ブレーシャ県のアドロの学校には、窓ガラスやドアマットにいたるまで700もの北部同盟のシンボルマークがある。これに対し、教育相のジェルミーニは除去するよう求めた。

ジェルミーニは要請(invito)であって、命令(ordine)ではないとしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月26日 (日)

カルロ・フェニーチェ劇場の苦悩

3385725554_b87bafa358
ジェノヴァのオペラ劇場、カルロ・フェニーチェ劇場が予算削減で苦しんでいる(9月18日、Corriere della Sera).

劇場の赤字は、1600万ユーロにのぼる。赤字の原因の一端は、国の補助金削減にある。

2010年度後半の上演プログラムはいまだに確定していない。10月12日に上演予定の『セビリアの理髪師』も上演が疑問視されている。

9月1日からは、劇場の289人の従業員は、月末に給料が受け取れないであろうと覚悟しながら働いている。

ジェノヴァ市長マルタ・ヴィンチェンツィは7月末に「もうお金がない。従業員の一時休業なしでは、破産のリスクがある」と通告していた。しかし複数の労働組合は立場が割れているのだ。Cgil は Cassa integrazione もありうるとしている。Fials の全国組織は連帯契約に応じることは可能としている。Fials の地方組織は、また異なり、独立系の Libersind e Snater はすべてに反対している。

カルロ・フェリーチェ劇場は1828年4月7日にベッリーニのオペラでこけら落としをした。第二次大戦中に爆撃をうけ、約50年後の1991年に新たに落成した。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月25日 (土)

保育園にブルカ、ママたちが反対

Dbbd754e9071f3295040d5d821dd6caa
保育園の送り迎えをする母親がブルカを着用しているのに対し、母親たちが反対している(9月18日、Corriere della Sera).

ラティーナ県のソンニーノという7000人ほどの住民が住む町。町で唯一の保育園に、あるモロッコ人園児の母親が全身と顔もおおったブルカを来て園児とともに登園したところ、他の園児が泣き出したり、逃げだそうとしたりしたという。

この女性は近くの村のイマームの妻。園児の母親の一人カティア・グワダニョーリは、「われわれは、園に入る時には顔だけは見せるようにとお願いしているんです」。

カラビニエーリは、この女性の夫のイマームであるムスタファ・アッディにも依頼したが、彼は「これは我々の伝統的な衣装だ」と今のところ妥協の道筋は見えていない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月24日 (金)

教皇暗殺計画発覚

Raz123
イギリスを訪問した教皇ベネデット16世に対する暗殺計画が発覚した(9月18日、Corriere della Sera).

イギリス警察(スコットランド・ヤード)は、教皇への攻撃を計画していたとして6人の北アフリカ人を逮捕した。

6人は誰も武器を所持していなかった。

スコットランド・ヤードは、彼らがウェストミンスターの清掃人で教皇の訪問所に近づきうることと、日程的にぎりぎりであったため、証拠がための時間がなく、予防的に彼らを拘束した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月23日 (木)

カテリーナ・ボラット亡くなる

Boratto


1245779152169_f

映画女優のカテリーナ・ボラットがローマで亡くなった(9月16日、Corriere della Sera).

ボラットは1915年トリノ生まれで95歳だった。

最初は、ファシズム体制のもとで、その後はハリウッドにもルイ・B・メイヤーから呼ばれて活躍した。帰国後は、フェッリーニが『8と2分の1』(8 e mezzo)および『魂のジュリエッタ』に起用した。

ボラットがスターになったのは、1937年のブリニョーネの映画 VIvere でその後、いわゆる《telefoni bianchi》(白電話、当時普通だった黒電話に対し、富裕層を示すシンボルだった)の映画に出演した。

スタジオで突然オペラ歌手ティト・スキーパと会い、伴侶となった。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月22日 (水)

ポルタ・ピア140年

Brecciadiportapia1
ポルタ・ピアの戦いの140周年をむかえた(9月17日、Corriere della Sera).

ポルタ・ピアの戦いの前後で何があったのかが整理されている。

1870年7月27日
フランス対プロシアの戦争の結果、教皇国家の保護者ナポレオン3世は軍隊をローマから退却させた。この軍隊は、1867年メンターナでジュゼッペ・ガリバルディが教皇ピオ9世に対し迫ったのを撃退したのだった。

1870年9月4日
セダンの戦いでの敗北後、プロシア軍がナポレオン3世を捕らえたのを見て、フランスでは共和制が宣言された。ナポレオン3世の保護を失い、教皇国家はイタリアのなすがままとなった。イタリア王国はつねづねローマ占拠を狙っていたのである。

1870年9月11日
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世は教皇ピオ9世に、交渉により権力を割譲するよう求めたが、その交渉が失敗におわり、ラッファエーレ・カドルナ将軍率いる約6万5千のイタリア軍がラツィオに進軍した。ラツィオは、1860年以降教皇国家の最後の領土だった。

1870年9月20日
5時15分
ローマを取り囲んだイタリア軍は、城壁に砲撃を開始。主な攻撃目標はサラリア門とピア門(ポルタ・ピア)だった。

10時
ポルタ・ピアでイタリア軍歩兵と狙撃兵の攻撃開始。教皇軍は、1万3千人で、そのうち8千人がイタリア人だったが、抵抗は弱く、10時20分頃サボイア軍はローマ市内に入り込んだ。イタリア軍側の死者49人、教皇軍側約20人。

17時30分
教皇軍の指揮官ドイツ人将軍ヘルマン・カンツラーがヴィッラ・アルバーニで降伏文書に調印。

1870年10月2日
ローマのイタリア王国への編入をめぐる住民投票。市内では、4万以上が賛成し、反対は46票だった。ラツィオ全体では賛成が13万3000で反対が1500.教皇は結果を受け入れず、自分はイタリア国の囚人であると宣言した。

1871年5月13日
グワレンティジエ法が発効し、イタリア国は、カトリック教会との関係を規定したが、教皇庁側はこれを認めなかった。

1871年7月2日
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世が正式にローマに入る。1870年12月には洪水被害にあった市民を見舞うためローマに来ていた。7月3日、閣議がはじめてローマで開かれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月20日 (月)

イタリア、国際機関で重要ポスト失いつづける

Images
イタリアは、国際機関で重要ポストを失いつづけている(9月17日、レプブリカ)

かつては、ロマーノ・プローディのEU 委員長をはじめとして、WTO や EU 委員にしかるべき人材を輩出していたイタリアだが、最近では、EU の外相候補にマッシモ・ダレーマをかつぎあげたものの、イギリスのキャサリン・アシュトン候補にやぶれ、存在感を低下させている。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月19日 (日)

ベルルスコーニ、サルコジ大統領と共同戦線

BERLUSCONI-SARKOZY.jpgルルスコーニ首相は、ロマ(ジプシー)の問題に関し、サルコジ大統領の立場を擁護する姿勢を明らかにした(9月16日、la Repubblica)

EUのレディング委員はフランスのロマ追放を批判している。

サルコジ大統領はそれなら自分の家に連れて帰ればよい、と応じた。

アメリカ政府は、人権を尊重するようにとのメッセージを発している。

イタリアに住むロマは16万人。首都ローマには7100人が暮らしているが、、そのうち2500人は200か所を不法占拠して暮らしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月18日 (土)

ジェルミーニ:教室での聖書教育に賛成

Gelmini3e1274708546699 ジェルミーニ教育相は、教室で聖書を用いることに賛成の考えを表明した(9月15日、Corriere della Sera).

ジェルミーニは、この考えをカトリック教会の週刊誌「ファミリア・クリスティアーナ」へのインタビューで明らかにした。「ファミリア・クリスティアーナ」は、最近、たびたび政府への厳しい批判をし、政府からも批判をあびている雑誌である。

ジェルミーニは詳細については語っていない。聖書を扱う場合それが、「宗教の時間」内でのことなのか、その他の時間でのことなのかについては語っていない。

そもそも聖書を授業で扱うことに関しては、アマート内閣時に教育相だったトゥッリオ・デ・マウロが10年前に語っていたことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月17日 (金)

電気自動車開発に企業と大学が共同研究

イタリアで電気自動車の開発に向けて、企業の研究所と大学が共同研究する態勢が発足する(9月15日、Corriere della Sera).

企業側はフィアット、ピニンファリーナ、ダッララの中央研究所、大学側はローマ、パドヴァ、パレルモ、ナポリの各大学およびミラノ、トリノの工科大学が加わる。

しかしフィアット中央研究所の所長ネヴィオ・ディ:ジュストによると、この挑戦に勝つのはたやすくない。「時間がないし、イタリアは遅れている。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月16日 (木)

イタリアの漁船、リビア海域で銃撃される

イタリアの漁船がリビア海域で銃撃された(9月14日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)

外相のフラッティーニによるとリビア側からは遺憾の意が示されているという。漁船はシチリアの船だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月15日 (水)

ヌカーラのグループ、ベルルスコーニに合流

Nuca140x180 共和党の書記長フランチェスコ・ヌカーラは、20名程度の下院議員がベルルスコーニに合流するとしている(9月13日、Corriere.it)

ヌカーラは、このグループを「国民的責任」(responsibilita nazionale)と称している。この人数がいれば、与党の過半数は確実なものとなる。

ヌカーラはこの動きには何の見返りもなく、自分は十年来ベルルスコーニの友人だからだ、としている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月14日 (火)

高校の改革

Liceo 高校で新学期が始まった(9月13日、Corriere.it)

新しい試みも始まる。理系高校(liceo scientifico)からラテン語がなくなり、文系高校(liceo classico)では、地理の時間数が減る。

全体に授業時間数がるのだが、授業時間はこれまでの50分から60分へと増すことになる。

クラスの移民の比率は30%以下という制限が課せられているが、実際には1000クラスでその比率を突破する見込みである。

また50回以上休むと、自動的に不可となる仕組みも導入される。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月13日 (月)

イタリア経済回復のきざしか

イタリアの国内総生産が回復のきざしを見せている(9月11日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)

事前の予想に反して、2010年の第二四半期の国内総生産は、第一四半期に比べプラス0,5%、2009年の同期と比べプラス1,3%となっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月12日 (日)

ボッシ:不信任案には投票しない

北部同盟のリーダー、ウンベルト・ボッシは、首相への不信任案が提出されても投票しないことを明らかにした(9月10日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)

これによって、任期終了前の選挙の可能性が小さくなった。

しかし与党内の緊張は高く、フィーニ派は与党の癌だという声があがっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月11日 (土)

ファシズムの新著

ファシズムに関する新著が出た(コッリエーレ・デッラ・セーラ、9月7日)

著者は、パオロ・コロンボ。La monarchia fascista 1922-1940 というタイトルで、出版社は Mulino. ファシズム体制化におけるムッソリーニと国王の二頭体制に焦点をあてたものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 9日 (木)

ベルルスコーニ、ボッシにブレーキ

ベルルスコーニ首相は、北部同盟のボッシにブレーキをかけた(9月7日、コッリエーレ)。

北部同盟は、11月にも選挙が実施されてもよいように準備を開始しているが、ベルルスコーニ首相は、フィーニの出方を見ようという考えで、ボッシの動きにストップをかけた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 8日 (水)

富沢、ミサノに死す

Moto2 クラスのライダー富沢祥也が転倒事故で亡くなった(9月6日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)

富沢は19歳。2003年には、ライダーの加藤が27歳で亡くなっている。

事故後もレースは中断されることなく継続されたため、議論が起こっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 6日 (月)

《リゴレット》のテレビ中継、メータ文化相を批判

メータ指揮による《リゴレット》のテレビ中継が世界各国に配信される(9月4日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)

主演はプラシド・ドミンゴ。この役ははじめて。承諾するまでに2年間かかったという。

舞台監督は、映画監督のマルコ・ベロッキオ。指揮はズビン・メータだが、メータは、文化相に対して、政府のオペラへの補助金の大幅カットを批判した。

今回のリゴレットは、台本の舞台となったところで歌い中継される。世界148国に配信される。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年9月 5日 (日)

ドン・ヴェルゼ: 私が教皇だったら

ドン・ヴェルゼが、自分が教皇だったらこうするというビジョンを語った(9月3日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)

記事はドン・ヴェルゼ自身がKOS(サン・ラファエーレ病院の隔月刊の雑誌)に寄せたものをコッリエーレ紙が先んじて報じている。

サン・ラッファエーレ病院の創設者であるドン・ヴェルゼは、自分が教皇であれば、アフリカに行って暮らすだろうとしている。短期間の訪問ではなくて、数年住んで、人々を理解するというのだ。

こうやって5大陸に暮らすのだという。また、自分が教皇であったなら、離婚した者にもコムニオーネ(ホスチア、聖体拝領)を可能にするとしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 4日 (土)

自動車販売、あらたな落ち込み

自動車販売が新たな落ち込みを示している(9月2日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)

2009年と2010年の8月の新車登録台数を比較すると次のとおり。

スペイン  -23,8%
イタリア  -19,27%
フランス  -9,8%
日本    +46,7%
中国    +59,3%
アメリカ  クライスラー +10%
       フォード  -11%
       GM     -25%

8月のイタリアでの新車登録は6万8718台である。

フィアット・グループの売上は昨年とくらべ-26,3%となっており、市場占有率は30,7%となっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 3日 (金)

フェラーリにリコール

フェッラーリ458がリコールをだした(9月2日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)

対象となるのは1248台。火災を発生するおそれがあるためとしている。

この2ヶ月で5件の火災が報告されている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 2日 (木)

教員、5万人足らず

労働組合FLC-CGILによると、新学期を前にイタリアの学校では5万人の教員のポストが空白となっている(9月1日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)

イタリアの学校は、地域によって異なるが、9月9日から13日に新学期、新学年が始まる。

しかし5万人分のポストが空いたままになっていると労働組合はうったえている。教育省は、新学期までに任命は終了するとしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »