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2010年7月31日 (土)

離婚、1995年から倍増

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離婚は、1995年から倍増した(7月22日、Corriere della Sera).

Istat の統計によると、1995年と2008年を比較すると、別居は101%増で、離婚は61%増となっている。

1995年には、結婚1000組あたり、別居は158組、離婚は80組だった。現在は、おのおの286組と179組となっている。

また、離婚に必要な年数は平均3年となっている。

別居にふみきる夫の平均年齢は45歳、妻の平均年齢は41歳。離婚のそれは、夫が46歳、妻が43歳。

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フィアット、大転換

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フィアットはグループ再編計画を発表した(7月22日、Corriere della Sera).

計画によると、2011年から乗用車とそれ以外(商用車など)を分ける。

フィアットの重役会議は、この転換計画を承認した。新たな投資は、ミラフィオーリ工場からセルビアに移る。

最新の四半期は黒字に転じ、株価は上昇した。

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2010年7月30日 (金)

フィアット、テルモリでの解雇に対しスト

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従業員の解雇に抗議して Fiom はフィアットの全工場で2時間のストを行う予定だ(7月21日, Corriere della Sera).

一方、フィアットの重役会議は、クライスラーの本部デトロイトで開かれる。

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2010年7月29日 (木)

Pdl に小さな誤解

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ベルルスコーニ首相は、与党Pdlにあるのは、小さな誤解、無理解にすぎないとしている(7月20日 Corriere della Sera).

ベルルスコーニは、Pdl内部には道徳問題は存在しないとしている。

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2010年7月28日 (水)

モーロ未亡人、亡くなる

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アルド・モーロの未亡人が亡くなった(7月19日、Corriere della Sera).

エレオノーラ・キアヴァレッリ(キリスト教民主党の政治家アルド・モーロの未亡人)がローマで亡くなった。94歳だった。夫妻は、1945年に結婚し、四人の子供をさずかった。

アルド・モーロは、1978年に赤い旅団に誘拐され、殺された。幽閉されていた55日間にモーロは86通の手紙を書いたが、そのうち何通かは妻にあてたものだった。夫人は、それまで大変控えめな人であったが、夫が誘拐されると決然と、あらゆる人の門をたたき、ついには、教皇パオロ6世に、赤い旅団あての手紙を書かしめるにいたったのである。

夫人の証言によると、モーロはヘンリー・キッシンジャー国務長官(当時)との会見後、具合が悪くなった。夫人はその時の夫の言葉を憶えていた。キッシンジャーは重大な警告を発した。「共産主義者に言い寄るのをやめるか、さもなくば、高く付くぞ」と。

こうした話は、つねにコッシーガ大統領(当時)やジュリオ・アンドレオッティによって否定されてきた。

夫人は、キリスト教民主党が赤い旅団との取引に応じなかったことを許さず、モーロの国葬に出席しなかった。赤い旅団によって殺されたモーロのボディーガードの葬儀には出席したのだが。

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スコラ枢機卿:愛に関して教会は改革が必要

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スコラ枢機卿は、カトリック教会は愛に関して改革が必要との考えを明らかにした(7月18日、Corriere della Sera).

ヴェネツィアの総大司教(patriarca)であるアンジェラ・スコラは、"bell'amore"の重要生を説き、これが愛と美を結びつけるものだとしている。教父も‘bell'amore' を聖母マリアに対するものとしてのみでなくイエスに対するものとしても説いている。

トマス・アキナスは美を「真実の輝き」とし、ボナヴェントゥーラは、神は彼を愛し、すべてを美しくするものだとしている。しかしこうした力が、今日の男女の性的経験には欠けているとスコラ枢機卿はしている。人は不可分な形で、魂と肉体からなるが、自己の性的次元について一生をかけて、生まれてから死ぬまで、決着をつけていかねばならない、と語った。

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2010年7月27日 (火)

リゴレットの映画化

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RAIがオペラ《リゴレット》の舞台となった所で、オペラ映画を制作する(7月17日、Corriere della Sera).

1901年、ジュゼッペ・ヴェルディは、ミラノのホテル、Grand Hotel et De Milan で亡くなった。109年後、ヴェルディに愛されたこの建物で、制作発表があった。《Rigoletto a Mantova》という。これは、1992年の《Tosca nei luoghi e nelle ore di Tosca》や2000年の《La Traviata a Paris》に続き、オペラをその台本にある場所と時間にあわせて撮影するものである。

しかもすべてがテレビで中継される。前2作と同様に、アンドレア・アンデルマンにより構想された。中継は、9月4日が20:30から、9月5日が14時と23:15からである。

リゴレットは、70歳のデビューとアンデルマンが呼ぶプラシド・ドミンゴである。ドミンゴにとって《リゴレット》は初めて聞いたオペラであったという。最初の役柄は、宮廷人のボルサだった。やがてテノールとしてマントヴァ公を歌うようになったわけだが、今回はバリトンのリゴレットに挑戦する。

監督は、マルコ・ベッロッキオ。使用するケーブルは7kmにも及ぶ。マントヴァの町が大きなセットと化すのである。138カ国で放映される予定である。トスカは107カ国、トラヴィアータは、125カ国で放映された。


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2010年7月26日 (月)

ジェルミーニ、大学教授はより早く年金生活へ

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教育大臣ジェルミーニは、大学教授がより早く、退職すべきだとの考えを明らかにした(7月17日、Corriere della Sera).

イタリアでは正教授の定年は70歳だが、Senior よ呼ばれる人は、75歳まで教えることを認められている。ジェルミーニは70歳を厳格に守らせようと考えている。そしてさらに65歳定年を導入しようと考えているのである。

ヨーロッパの他国では、65歳定年のところが多く、フランスは67歳である。

大学での平均年齢は、教授が60歳、准教授が53歳、研究者が45歳となっている。

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2010年7月25日 (日)

アリタリアに第三の座席

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アリタリア航空は、ビジネスクラスとエコノミークラスの間に第三の座席を設定する(7月16日、Corriere della Sera).

アリタリアでは、ビジネスクラスを Magnifica 、エコノミーを Classica と呼んでいるが、今回導入するのは、Classica Plus という。

Magnifica では足を185cm のばせるのに対し、Classica は座席の間が76,2cmである。Classica Plus は96,5cmとなっている。

座席の前についている液晶画面が Magnifica は15,4インチ、Classica Plus は10,6インチ、Classica は9インチ。

値段は、ミラノ・マルペンサとニューヨーク間で、Magnifica は2100ユーロ、Classica Plus は1000ユーロ、Classica が700ユーロとなっている。

新しい座席は、ミラノ-東京間でデビューした。

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2010年7月24日 (土)

プッチーニの《西部の娘》100年

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プッチーニのオペラ《西部の娘》が初演から100年を記念して、トッレ・デル・ラーゴのプッチーニ音楽祭で上演される(7月15日、Corriere della Sera).

プッチーニは、1906年9月にジュゼッペ・ジャコーザというかけがえのない脚本家に死なれて、苦しんだ。ジャコーザは、《ボエーム》、《トスカ》、《バタフライ》などの脚本を彼に提供したのである。

プッチーニは一時期、台本提供者としてガブリエーレ・ダンヌンツィオとも接触を持ち、一時はダンヌンツィオも積極的だったが、結局、二人の関係は実を結ばなかった。

1910年12月10日、《西部の娘》は、指揮者トスカニーニとテノール歌手カルーソを得て初演された。


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2010年7月22日 (木)

ンドランゲタに大規模な手入れ

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ンドランゲタへの大規模な手入れがあった(7月14日、Corriere della Sera).

イタリア全土で300人が逮捕された。

組織は、ミラノ万博に関わる入札を支配しようとしていた。しかし捜査は、生産活動や、政界、官界にも及ぶものになっている。この作戦には、3000人のカラビニエーリおよび警察官が動員された。

また、150万回におよぶ盗聴もなされている。

ロンバルディアは、ンドランゲタの植民地化していると検察官は語っている。

逮捕された中には、ドメニコ・オッペディサーノというンドランゲタのボス中のボスもいる。


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2010年7月21日 (水)

埋葬をめぐる長い闘い

Aracrematoria 18,19世紀の埋葬の仕方に関する本が出版された(7月13日、Corriere della Sera).

著者はマリア・カネッラ。タイトルは Paesaggi della morte. Riti, sepolture e luoghi funerari tra Settecento e Novecento (死の風景ーー19,20世紀における、儀式、埋葬、葬儀の場所)で、出版社は Carocci editore, 240ページ、23ユーロである。

このテーマに関してはすでに、La morte laica. Storia della cremazione in Italia (1880-1920) (世俗的死ーイタリアにおける火葬の歴史)という本と La morte laica. Storia della cremazione a Torino (1880-1920) という本がどちらも Paravia からそれぞれ、フルヴィオ・コンティ、アンナ・マリア・イザスティア、フィオレンツァ・タロッツィおよびアウグスト・コンバ、セレネッラ・ノンニス・ヴィジランテ、エンマ・マナの編纂で出版されている。

1822年、イギリスの詩人P.B.シェリーにある事件が起こった。1818年からシェリーは2人目の妻メアリーを伴ってイタリアに移住していた。シェリーはトスカナの海をアリエル(エアリエル)号という船で航海中嵐にあって難破し、10数日後、ヴィアレッジョの浜辺に遺体が打ち上げられた。

彼の親友で詩人のジョージ・バイロンの決断により、遺骸は焼かれた。この時、火葬は世俗的な(つまり、宗教的でない)儀式と考えられていた。その後、遺灰がローマのイギリス人墓地に運ばれたのである。

町の居住区外に埋葬地を作る法令を発したのはナポレオンで、フランスでは1804年、イタリアでは1806年に発令された。しかしそれが実際に効力を発したのは、1865年イタリア統一後に発せられた法令によるものだった。コムーネが公営墓地を建設することが義務づけられたのである。

こういうコンテクストにおいて、火葬派と土葬派の闘いがあった。そこで火葬派にはフリーメーソン(massoneria)の役割の大きかったことが、これまでの著作でも、カネッラの新著でも指摘されている。

火葬派と土葬派の論争は、公営墓地が19世紀初頭から出現するのと並行して生じたのだが、公営墓地が居住区外に出来ることによって火葬派が土葬の問題点として指摘していた衛生問題が解決されてしまうことによって、論争が下火になってしまった。

イタリアでは、フランスと異なり、火葬の世俗的儀式としての性格が問題となった。火葬の擁護者は、カルロ・マッジョラーニ、アゴスティーノ・ベルターニとルイジ・パリアーニであった。彼らは、1873年と1877年に火葬に関する法律を制定させることに成功した。しかしその時点では、まだ、県知事や県議会の許可がいるものであった。

コムーネ(市町村)は、火葬場の建設に必要な土地を無償で供与するよう求められた。ミラノ(1876年)、ローディ(1877年)、クレモナ、ローマ、ヴァレーゼとブレーシャ(1883年)、ウーディネとパドヴァ(1884年)、トリノ(1888年)。しかし、フランチェスコ・クリスピの主導により1888年12月22日に国会で火葬が承認されたことにより、火葬が公衆衛生という枠組みの中に位置づけられることになった。

こうした進展にカトリック教会は反対した。最後の審判の後に魂と身体がよみがえるはずなのにそれに対する不信心な行為だというのが反対の理由である。カネッラによれば、教会は、火葬が葬式の世俗化になることを意識していたのだという。しかし一方で、聖典には、火葬に対する明解な非難はないのであった。

イタリア近代の最初の火葬は、1876年ミラノで、アルベルト・ケラーの遺体に対するものだった。彼はドイツ出身の企業家であった。

そのため1886年5月12日に教理聖庁(Congregazione del Sant Uffizio)が火葬を禁じる命令を発し、その後それを教皇レオ13世が追認した。

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2010年7月20日 (火)

医者の減少

Medico1 医者になる人が減っている(7月12日、Corriere della Sera).

イタリアの医学部は国公立が38、私立が3校で、約7000名の学生がいる。

入学を希望するものは7万1000人いる。

学部の途中でドロップアウトするのは約20%。

医者になったのは、2005年が6365人であったのに対し、2009年は5927人で5%減少している。歯医者になったのは、2005年が1539人だったのに対し、2009年は913人で40%も減少している。

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2010年7月19日 (月)

テレコムの余剰人員

Telecom_italia テレコム・イタリアは2010年から2012年にかけて6822人の余剰人員が発生するだろうと労働組合に通告した(7月11日、Corriere della Sera).

組合側は、3700人が解雇されるおそれがあると警告を発した。

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2010年7月18日 (日)

フィアット・パンダ、ポミリアーノ工場で生産へ

Panda フィアットはポミリアーノ工場でパンダを生産することを決定した(7月10日、Corriere della Sera).

工場労働者の投票では62%がフィアット側の提案に賛成した。この結果をフィアット会長のジョン・エルカンは「重要な信頼のしるし」と受けとめている。

フィアットの代表取締役(l'amministratore delegato)のセルジョ・マルキオンネは工場の労働者あての公開書簡を出した。

フィアットの計画では、工場は一週間7日のうち6日は24日操業で、18シフトとする。

休み時間はこれまで20分が2回だったのを、10分を3回にする。

また「正常でない」休暇の取り方への対処法が変わる予定である。

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2010年7月17日 (土)

ボッシ:フェデラリスモを夏までに

Bossi ボッシは、夏までに財政的な連邦主義を実現するように迫っている(7月12日、Corriere della Sera).

これまで国家に行っていた金が、州に行くようになる、というのがボッシの主張だ。

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サピエンツァ大のなまけもの

Sapienza 大学に対しても、公務員改革の波が押し寄せようとしている(7月7日、Corriere della Sera)

過去5年間にまったく論文を書いていない教員がローマ・サピエンツァ大学には350-400人いると考えられている。

ローマ・サピエンツァ大学の学生数14万5000人。教員は4700人。職員は5000人。学部数は23.学科数は327。

過去に教員だった人にはコペルニクス(1473-1543)、文学者ダンヌンツィオ(1863-1938)、ジュゼッペ・ウンガレッティ(1888-1970)がおり、ここで学んだ人には、イタリア銀行総裁マリオ・ドラーギ(1970年卒業)、ジュリオ・アンドレオッティ(1941年卒業)、ルーカ・ディ・モンテツェーモロ(1971年卒業)がいる。

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2010年7月15日 (木)

教会への信頼度、低下する

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イタリア人の主要機関への信頼度の調査が発表された(7月6日、Corriere della Sera).

調査は、803人が対象。誤差幅3、5%である。

それによると主要機関への信頼度は近年安定している。

警察、カラビニエーリ  83%
軍隊          81%
共和国大統領      78%
司法          60%
学校・大学       60%
カトリック教会     57%

数十年前は、この信頼度のトップは、司法、カトリック教会、EU であったが、それらはそれぞれ今日、4位、6位、7位になっている。

ここ数ヶ月は、カトリック教会に逆風が吹いている。
ここ1年で見ると

2009年7月  69、8%
2009年12月 64、8%
今日       56、9%

と教会への信頼度が下降してきている。1年で10ポイント以上減少しているのである。

減少度が大きいのは、65歳以上の人(20ポイント以上下がっている)。学歴が高くない人、南部や島嶼部に住む人(−15%)、小さな市町村に住む人、年金生活者、政治的態度を明らかにしていない人たちのグループである。

教会へ行く頻度別に、教会への信頼度をみると
行かない   28、0%
時々行く   50、9%
毎週かそれ以上 80、5%

教会へ行かない人の教会への信頼度は、一年前は46%であったのが、28%に下落してしまったのである。最も信心深い人、毎週かそれ以上に教会行く人のグループでも、1年前の87%から81%へと下落は見られる。

この下落の原因の主要なものは、小児性愛に関する問題であった。この問題に関し教会の幹部は、イタリア人の信頼をさらに失わないためには、実効性のある適切な対応を取る必要がある。

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2010年7月14日 (水)

州や企業が緊縮予算案に要望

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州や企業団体は、政府の予算削減案に抗議している(7月5日、Corriere della Sera).

企業団体の方では、Rete Imprese Italia の会長カルロ・サンガッリが重要である。Rete Imprese Italia は小企業や職人の連盟で、420万社がその傘下にある。また、1450万人の従業員を含み、総計8170億ユーロの売り上げがあり、国内総生産の59%を占めている。

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2010年7月13日 (火)

パルマ郊外に世界最大の迷路

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パルマ郊外に世界最大の迷路が建設中である(7月4日、Corriere della Sera).

フランコ・マリア・リッチがその企画者である。フランコ・マリア・リッチは26歳の時に出版をはじめ、1980年代には豪華本の出版で出版社Fmrは世界にその名を知られていた。

1994年にフォンタネッラートに引退し、現在この地に迷宮や図書館やその他もろもろを含む庭園を建設中である。

迷路をつくる案は、1977年に彼が作家ボルへスを客人として迎えた時に遡る。しかしその後、放置されていた。

ある時、ミラノで竹に出会って、リッチが竹に魅了され、迷路建設が再び浮上したのである。

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2010年7月12日 (月)

《イタリア家族》

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ヤマザキマリ著『イタリア家族 風林火山』(ぶんか社、781円)を読んだ。

イタリアの家族を描いた漫画である。著者が嫁いだ家族が今時珍しい大家族で、夫の妹、舅、姑、それに夫の祖母二人(父方、母方双方)が暮らしている(いた)。

夫ベッピーノは学者だが、その母マルゲリータはまったく庶民的なマンマ・イタリアーナで息子を溺愛している。

今回は、著者と夫ベッピーノの馴れ初めが紹介されているが、笑いと驚きと感動を禁じ得なかった。イタリア人が血液型をまったく信じないこと、お化けの話に笑いでしか反応がかえってこないことなど、興味深いエピソードにあふれている。

イタリア人あるいはイタリア人家族に興味のある人におすすめですが、家族や人間関係で悩む人にもおすすめです。自分の悩みが小さく見えるかもしれません。

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失業、若者の3人に1人が職探し

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若者の失業率は高止まりしている(7月3日、Corriere della Sera).

イタリアの失業率は、全体では8、7%であるが、24歳以下に限定すると29、2%にのぼることが Istat の調査から明らかになった。

また男女別では、全体として男性の失業率は、7、7%だが、女性の失業率は、10、1%とやや高くなっている。

また、教育分野では、パートタイマーの教員が24万7000人いる。2007年と比較すると6万4000人減少しているものの、全員がパートタイマーから正教員にうつるには10年かかるとされている。

このうち83%が女性で、平均年齢は38歳、65%は南部の州生まれである。

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音楽会《バッハを賛美する》

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《バッハを賛美する》という音楽会を聴いた(7月8日、第一生命ホール)。

第一生命ホールは、晴海トリトンスクェアの中にある。勝ちどき橋を渡っていくというかすかに潮風の感じられるエリアである。

プログラムは、前半が大木和音のチェンバロでバッハのパルティータ第1番と第6番。後半は、アンドレア・パドヴァのピアノによるゴールドベルク変奏曲。

バッハの音楽をチェンバロとピアノで聴き較べようという贅沢な企画である。このチェンバロは18世紀のものをオリヴィエ・ファディーニがコピーを製作したもので、見た目を大変美しいし、繊細かつ華やかな音がする。

第一生命ホールは、反射板が複雑な形をしており、残響時間などを十分考えたホールのようだった。チェンバロであるから、本来なら、大理石の床の宮殿あるいは教会のような所で響かせたいところである。幸い第一生命ホールは巨大ではないので、音量に不満はない。

チェンバロはピアノとは異なり弦をはじく楽器であるから、タッチによる音のニュアンスが細かく出る。

大木和音の演奏は、丁寧かつ叙情的なもので、特にパルティータ第6番が良かった。この短調の曲の叙情性を聴かせつつ、感情表現に溺れることなく、バッハの楽曲の構造がしっかりと理解できる演奏であったのだ。つまり、感情表現をともないつつも、同時に対位法がこの上なく巧みに駆使されているのがバッハの特徴であり、その右手と左手の弾き分けは、チェンバロの方がピアノよりもずっと向いていることが確認できた。

第1番の演奏では、早いテンポの曲のリズムがもう一歩弾んでいてもよかったのではないかと感じた。

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休憩をはさんで後半は、ピアノによるゴールドベルク変奏曲。こちらは、ホールに備えつけのスタインウェイである。鳴り出した途端に、音の大きさにあらためて驚くと同時に、ピアノという楽器は高音部がとりわけ輝かしい音であり、ピアノの全盛期の楽曲は、基本的に右手高音部が旋律で、左手が伴奏だからこういう音量、こういう聞こえ方をするのだと思った。

つまり、右手と左手を対位法的に弾き分ける時には、左手の旋律をどう響かせるか、聴かせるかが容易でないことがわかった。

アンドレア・パドヴァは、一つ一つの変奏曲に間をおかず、切れ目なく演奏して、曲の統一感を出していた。

個人的には、パルティータ第1番は、はじめて聴いたバッハのピアノ鍵盤楽曲であった。ディヌ・リパッティの演奏でそのピアノのタッチに衝撃を覚えたのを今も記憶している。そのレコードには、モーツァルトのピアノ・ソナタ第8番イ短調がカップリングされていた。このモーツァルトも、はじめて短調のモーツァルトの短調のソナタを聴いてその激しい情熱、冒頭の連続打音に圧倒された。リパッティの演奏は、高貴さ薫る格調の高いもので、その後何年か、リパッティの演奏を一枚一枚聴いていった。

ゴールドベルク変奏曲をはじめて聴いたのは、グレン・グールドの若い時の録音で、これはバッハに対する考えを大きく変えさせられた。何かトリックがあるのではないかと思うような凄まじいスピードの演奏だった。

CDはもうこの世にいない人の演奏、グールドのように生きているうちに若いときからコンサートをやめてしまった人の演奏を聴くには理想的な手段である。

しかし生演奏は、そこに音楽が立ち上がる。その瞬間にたちあえる幸せは他に代えがたい大きな喜びを与えてくれる。


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2010年7月11日 (日)

スカラ座、スト

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スカラ座が政府の予算削減に抗議して、ストライキの予定である(6月2日、Corriere della Sera).

政府のオペラ・交響楽団への予算削減に抗議して、ローマのカラカラ浴場でのオペラはストライキで『ロミオとジュリエット』が1日の上演が中止となったが、7月9日に予定されているスカラ座の『セビリアの理髪師』もストライキが予定されている。

この決定は、労働組合 Cgil, Uil, Fials の働きかけによるもの。しかし労働組合 Cisl はこれに参加していない。

ボンディ大臣は、ローマでのストライキは無責任だと非難している。

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2010年7月10日 (土)

プラートを揺るがす3件の殺人事件

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プラートで3件の中国人殺人事件が町を揺るがせている(6月27日、Corriere della Sera).

事件の全容はまったくまだ解明されていないが、司法当局は、商品の不法取引は、急速に犯罪組織の経済へと変わりつつあると見ている。

トスカナ州の町プラートに住む中国人は、全人口18万人中3万人。1990年代から急速に増加した。中国系の4200の会社がとりわけ繊維・衣服を生産している。


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G20、景気回復と2013年中に財政赤字半減へ

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トロントでのG20が終了した(6月28日、Corriere della Sera).

加盟国は2013年中に財政赤字を半減させることを約束した。銀行税に関しては、各国政府にゆだねることになった。

各国の2010年での財政赤字は、対GDPで次の通り。

イギリス  12,8%
ドイツ   5,6%
フランス  8,4%
アメリカ  11%
スペイン  11,5%
イタリア  5,3%
ギリシア  9,4%
日本    7,9%


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2010年7月 9日 (金)

大統領:十字架については各国家が決めるのが適当

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ナポリターノ大統領は、十字架の扱いに関しては、各国家が国民感情に配慮して決めるのが適当との見解を明らかにした(6月24日, Corriere della Sera).

イタリア政府のEU法廷への控訴の判決が近づいているが、「キリスト教人文主義」が主催する十字架問題についてのラウンドテーブルに大統領は書簡を送った。その中で、大統領は、「国家の世俗性は、宗教的自由を保証するものだ」とし、「平和の象徴に関し、原理主義的態度は取らない」ことを言明した。

またその一方で、「宗教的象徴に関しては、各国民の間に広まっている感情を配慮して各政府が決めるのが適当」との考えを明らかにした。

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レオパルディ研究の新著

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詩人レオパルディの研究書が出版された(6月29日、Corriere della Sera).

著者は、Mario Andrea Rigoni. 出版社 Aragno, 増補新版で、300ページ、15ユーロ。タイトルは、Il pensiero di Leopardi (レオパルディの思想)。

レオパルディの悲観主義を、単に進歩主義的とする見方をしりぞけ、より根源的な「無の経験、あらゆる経験のなかでもっとも高貴なもの」としている。これはE.M.シオランも書いている通りである。

この経験を詩作品において、さらには、Zibaldone において読み込んでいる。ニーチェのほとんどの考えをレオパルディは先取りしているのである。

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2010年7月 8日 (木)

国家とマフィア

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反マフィア委員会委員長のベッペ・ピサヌが国家とマフィアの関係について語った(7月1日、Corriere della Sera)

ピサヌによれば、「過去の(ファルコーネ判事などの)惨劇の背後には、マフィア、政治家、ビジネス、国家の破壊分子のもつれた関係があった」。

「国家とコーザ・ノストラの取り引き? その類のことはあった。1992ー93年、民主主義は危機的状態だった」。ピサヌによれば、マフィアは政治への影響力をあきらめてはいない。

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イタリア銀行協会会長にムッサーリ

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イタリア銀行協会の新会長にジュゼッペ・ムッサーリが選ばれた(6月24日、Corriere della Sera).

Abi (Associazione Bancaria Italiana, イタリア銀行協会)の会長に、満場一致でモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行の会長ジュゼッペ・ムッサーリが選ばれた。ムッサーリは48歳、弁護士。

イタリア銀行協会は、1919年4月13日にミラノで設立された協会で、現在757の銀行が加盟している。

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リッピ監督の過ち

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サッカーのワールドカップにおけるイタリアチームの敗北の原因が分析されている(6月25日, Corriere della Sera).

リッピには、5つの過ちがあったという。

1.あまりにもユヴェントゥスのメンバーが多かったこと。

2.フォーメーションの変化に混乱があった。最初は4−2−3−1を主張していたが、4−3−3や4−4−2となったが、その調整がうまくいっていなかった。

3.強力な登場人物のいないこじんまりとしたチームになっていた

4.選手たちの恐怖を理解しなかったこと

5.フォワードのクヮリアレッラを使うのが遅すぎたこと。

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2010年7月 7日 (水)

ムラーノのガラス製品に中国製が

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中国製のガラス製品が、ヴェネツィアのガラス製品として売られていた(6月26日、Corriere della Sera).

この件で、ヴェネツィアの経済警察は、ヴェネツィアの3社の製品を押収し、各社の代表者を告発した。

そのうち2社は、ヴェネツィアのムラーノ島の会社で、1社はイェーゾロの会社。

13世紀からムラーノ島では、ガラス製品の製造の重要な拠点となっている。1295年にはヴェネツィア共和国の命令で、製造所がムラーノに移住させられたのである。

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2010年7月 6日 (火)

ブランケルの特権に、大統領がまった

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ブランケル大臣の訴追を免れる特権に対し、大統領は距離を置いた(6月26日、Corriere della Sera).

大臣になりたてのブランケルの弁護士は、アントンヴェネタ銀行の株買い占め事件の被告として、ブランケルは出廷できないとの申し立てをした。

新任の大臣アルド・ブランケルは、妻のルアーナ・マニエッツォとともに、アントンヴェネタ銀行の株買い占め事件の被告である。彼の妻は3億ユーロの儲けをあげた。

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2010年7月 5日 (月)

サンタ・テクラのカタコンベで最古の使徒像発見

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ローマ郊外のサンタ・テクラのカタコンベで、最古の使徒像が見つかった(6月23日、Corriere della Sera).

ある埋葬室の天井画の隅にサン・ピエトロ、サン・パオロ、サンタンドレア、サン・ジョヴァンニが描かれていた。

これらの使徒像は、4世紀に遡る。この絵は石灰におおわれていたが、それを取り除くには、最新のレーザー技術を用いたという。

4世紀のローマでは、サン・ジローラモが活躍し、禁欲主義を説いており、女性で帰依する人がいたが、この天井画の依頼者はその一人であった可能性が指摘されている。

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2010年7月 4日 (日)

麻薬の消費減る

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イタリアでの麻薬の消費が落ちた(6月23日、Corriere della Sera).

カルロ・ジョヴァナルディの国会への報告によると、2009年の麻薬の消費は25%減となった。その代わりにアルコールの消費量が増加している。経済的危機によって消費が移行したと考えられている。ビールや、ジン、ラム酒、ウォッカはより安いし、手に入れやすいのである。

政府の統計によると、2008年と2009年の消費量を比較すると

ヘロイン  ー35,9%
コカイン  ー57,1%
大麻    −63,6%
興奮剤   −70,3%
幻覚誘発薬 −66,2%

となっている。

一方、アルコールの消費量は、2007年から2010年にかけて+18%となっている。

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2010年7月 3日 (土)

シエナのパリオ、セルヴァ勝つ

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7月2日のパリオは、セルヴァが勝った(この項、Corriere di Siena による)。

パリオはシエナの地区(コントラーダ)対抗の競馬である。10頭の馬が町の中心のカンポ広場を3周して競う。

今年勝ったのは、セルヴァ地区で、騎手はシルヴァーノ・ムラス、通称ヴォリア、馬はフェドーラ・サウラ。

セルヴァは、2006年8月以来の勝利。セルヴァにとっては、史上、37回目の勝利であり、サルデーニャ生まれの26歳騎手ムラスにとっては初勝利、馬にとっては二度目の勝利であった。

(Youtube で、Palio di Siena, 2010 などで検索すると競馬の模様が観られます)


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ポミリアーノ工場、シの勝利

Fiat_web400x300 フィアットのポミリアーノ工場をめぐる協約に関し、従業員が投票をしたが、シ(賛成)が70%を越えた(6月23日、Corriere della Sera). 協約には、新型パンダ生産のため7億ユーロの投資を実施することが含まれている。また、Fiom-Cgil は以前としてこれに賛成していない。 ポーランドで現在生産されているパンダ生産をポミリアーノ工場に移すにあたっては、欠勤率を減らす必要がある。 この投票に参加した従業員は95%をこえた。賛成票は、70%以上の模様である。

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2010年7月 2日 (金)

イタリア人の市民意識

Italia20capovolta イタリア人の共同体への帰属意識の調査が行われた(6月22日、Corriere della Sera).

2010年6月に実施され、対象は800人、誤差3,5%である。

あなたは。。。の市民であると感じる

1.自分の市町村    26%

2.自分の県・州    13%

3.イタリア       46%

4.ヨーロッパ     13%

5.わからない     2%

となっているが、北部同盟に投票する人に限定すると以下のようになる

1 自分の市町村   24%

2.自分の県・州   31%

3.イタリア      24%

4.ヨーロッパ   14%

5.わからない   7%

全体として、イタリア人であると答える人の割合が多いのは、65歳以上の人、南部に住む女性だった。

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2010年7月 1日 (木)

セーペ枢機卿、取り調べに応じる

Sepe180x140 セーペ枢機卿は、ペルージャ司法当局の聴取に応じる意向を示している(6月21日、Corriere della Sera).

1929年にムッソリーニとピエトロ・ガスパッリ枢機卿がかわしたコンコルダートによれば、枢機卿は王子にたとえられている。したがって外交特権もあるのだが、今回はそれを楯に捜査に非協力ということはせず、捜査に応じる。

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