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2010年6月11日 (金)

ジュゼッペ・タッデイ、逝く

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バリトン歌手ジュゼッペ・タッデイが亡くなった。93歳だった(6月3日, Corriere della Sera).

友人からはペッピーノと呼ばれていた。感じが良く、外向的で陽気ですぐ冗談を言う人だった。

タッデイは、ジェノヴァ生まれ、ローマの自宅で亡くなった。6月24日には94歳の誕生日を迎えるはずであった。

若くして指揮者トゥッリオ・セラフィンに見いだされた。しかしそのキャリアは、戦争によって中断された。

彼はおそらくは史上最高のファルスタッフをカラヤンと演じた。素晴らしいスカルピア、イヤーゴ、シモン・ボッカネグラ(1991年にヴィーンでアッバードと75歳で共演したのは今でも語りぐさとなっている)の他、喜劇的な役柄も得意で、ジャンニ・スキッキ、ドゥルカマーラ、ドン・パスクワーレがある。朗々とした歌いぶりで、特に中音域の音色が見事だった。

幸い1940年代から1990年代初めにかけて70曲以上の録音がある。

(以下は、管理人の個人的経験で、コリエーレ紙とは関係ありません。
 タッデイは、80代になってからも、ファルスタッフを歌い、来日もしていた。私は、一度、友人のつてで氏に会ってお話を聞いたことがある。タッデイ氏は、キャリアといい、名声といい世界的な大歌手であるにもかかわらずまったく偉ぶるところなくきさくな人であった。
 今から考えると冷や汗ものであるが、私はタッデイ氏本人のことだけでなく同じ声域の歌手バスティアニーニのことをいくつか尋ねた。氏は少しも不快な顔をせず、こころよく答えてくれた。
 彼は、バスティアニーニとの共演なら、プッチーニの『ラ・ボエーム』を歌う際、自分はショナールでまったく構わなかった。他の歌手なら話は別で、自分がマルチェッロを歌うだろうと言っていた。また、バスティアニーニが晩年に病気のため声が変わってしまったことに話題が及ぶと、現代のバリトンは病気の時のバスティアニーニより声がない、と断言された。
 自らの声、キャリアに正当な誇りを持っているから、まったく卑屈でなく、これほど謙虚になれるのではないかと深く感じいった。タッデイは、実に立派な朗々たる声を持っていたし、それは若い時の来日で「もう飛ぶまいぞこの蝶々」など聴くとよく判るのだが、決っして自分の声の響きだけで自分が唯一無二のバリトンだと尊大になることのなかった真に偉大な歌手なのである。)

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