《重なりあう時》

ジュゼッペ・カポトンディ監督の《重なりあう時》を観た(有楽町・朝日ホール)。
これがデビュー作ということが信じがたい舌を巻くうまさが至るところに光る映画であった。
ストーリー展開が巧みなので、以下、この映画を観るまでストーリーの核心部分を知りたくない人は読まないでください。
ホテルの清掃係のソーニャはスロベニアのリュブリャナ出身。カップリング・パーティでグイドと知り合う。
二人はデートを始めるが、そこで事件が起こる。グイドは死んでしまい、ソーニャはグイドの身体を貫通した弾にあたるが怪我だけで命に別状はない。しかし、その後、身の回りに次々と不思議な事件が起こる。
同僚も死んでしまい、その葬式の途中、男に連れ出され、薬をのまされ、生きたまま埋められ殺されかける。
というところで、これがずっと最初の事件以来、ソーニャが昏睡状態で観た夢であることが明らかになる。
その後、犯罪組織とソーニャ、元警官のグイドの緊張した関係が展開する。
光と闇の使い方が実に効果的な映画で、殺しはほとんどないのにとても怖いのである。しかも単に観客の恐怖をかき立てることが目的ではなく、あとで納得がいく仕組みになっている。
さらに言えば、グイドやソーニャが人間として十分な厚みをもって描かれているので、見終えたあとに充実感がある。
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