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2010年5月 3日 (月)

《頭を上げて》

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アレッサンドロ・アンジェリーニ監督の《頭を上げて》を観た(有楽町・朝日ホール)。

この映画はストーリー展開を抜きに感想を書く事は困難なので、以下、ストーリーの核心部分に触れるのでご注意ください。

セルジョ・カステリット演じる父親と息子の物語である。父親は、造船所で働きながら、息子ロレンツォをボクサーとして鍛えている。ボクシング・ジムとの軋轢もあるのだが、ロレンツォは試合で勝利をおさめる。

その間、ロレンツォはルーマニア移民の女の子と親しくなる。ロレンツォの母はアルバニア人で、父・息子とは別居している。そのこともあって、父は息子の交際に激しく反対する。

息子は怒って雨の中をバイクで暴走し、交通事故死してしまう。

脳死状態のため、医師が臓器移植を提案する。父は迷った末、同意する。

しかし、手術後、父は、移植を受けた相手を探しに出かける。会ってみると、それはゲイ(あるいはトランスセクシュアル)の青年だった。そのことに父はショックを受ける。

その青年と父親が葛藤の末、人間関係を築き上げていく。

父と息子、父と移植を受けた若者の関係は、決して心地よいものではない。ぎくしゃくとし、はげしくきしみ音の聞こえる関係だ。

最後に、ある事件からこの父は人生の意味をもう一度さぐりあてて、笑いを取り戻す。

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