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2010年5月31日 (月)

多発性硬化症の治療

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多発性硬化症の新たな療法をイタリア人医師が研究している(5月23日、Corriere della Sera).

2003年、フェラーラ大学の心臓外科医のパオロ・ザンボーニは、妻の病気を研究しながら、多発性硬化症の患者は、健康な人と比較して、40倍も奇静脈(vena azygos, 胸部の間を右大静脈の枝)、頸静脈、脳からの静脈が狭窄状態だったり閉塞状態だったりすることを発見した。

そのことから血管内に鉄分が蓄積され、この病気に特有の自己免疫性を引き起こす原因となっていると考えた。

ザンボーニ医師は、100人以上の患者を治療にあたり、血管形成術(angioplastica)によって血管を拡張させた。「ステントは使用すべきではない」。

今回、イタリア国内のいくつかの医療センターで1700人の健常者、多発性硬化症患者、他の神経系疾病患者を対象に、本当に脳脊髄の循環不全が多発性硬化症の原因であるかを理解するために、検査(eco-doppler による)をする。

結果は、一年以内に出る見通しである。

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2010年5月30日 (日)

『モーレツ!イタリア家族』、『テルマエ・ロマエ1』

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ヤマザキ・マリの漫画『モーレツ!イタリア家族』と『テルマエ・ロマエ』を読んだ。

『テルマエ・ロマエ』を先に読んだのだが、そのことを話題にしたところ、友人から『モーレツ!イタリア家族』もあると教えられ、そちらも読んだ。

『テルマエ・ロマエ』は漫画大賞を受賞したので、すでにご存じの読者も多いかもしれない。主人公は古代ローマ人で、風呂のすきまから、現代日本にやってきて、この顔が平らな人間たちの暮らしぶりに驚愕する。彼は、古代ローマと現代日本を行き来することになる。時代を超越した往来という点では『犬夜叉』を想起させる展開でもあるが、犬夜叉が日本の中での行き来であったのに対し、こちらは、古代ローマと現代日本であり、また、犬夜叉のように悪との戦いや、恋愛物語もからまないので、乾いたユーモアが特徴である。

『モーレツ!イタリア家族』は、作者の伝記的事実がもとになった作品で、イタリア家族の特質が、遠慮会釈なく暴きだされており、痛快!な漫画である。外から眺めて美化するのではなく、彼女は、イタリア人男性と結婚して、嫁・姑と同居して、その長所も短所も率直に描いていくのである。

ところどころで作者がどうイタリアと関わるようになったかということが書かれているのだが、10代半ばでヨーロッパ一人旅をさせる彼女の親も破天荒である。推測するに、心配性とは無縁であるような母上であったと見受けられる。

イタリア人家族のパーティや舅・姑の関係、姑が友人・知人を引き連れた日本旅行などで、彼我の違いを見せつけられるエピソードが繰り出される。これでも、遠慮してマイルドに描いているというところがすごい。

イタリア人男性がなぜマザコンなのかが良くわかる。一言で言ってしまえば、夫の愛情を注がれなくなった妻は全愛情を惜しみなく息子に降り注いでしまい、それは息子が幼い時だけで終わらず、大人になって結婚してからも続くのである。そのことがもたらす、過剰さの可笑しさが漫画としては笑えるのだが、当人(イタリア人男性を夫にもった妻)にとっては憤慨ものだというのもうなずける。

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2010年5月29日 (土)

緊縮財政案

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トレモンティ経済相は、2010ー11年の緊縮財政案を提出した(5月22日、Corriere della Sera).

まだ草案段階であるが、2010年および2011年の2年間で2760億ユーロの削減をめざす。

専門医への診断には、7,5ユーロのチケットをはじめて導入する。省庁や州、市町村の予算は8%カット。いくつかの団体は整理する。

また公務員で7万5000ユーロ以上の年収のものは、給与を10%カット。

州への交付金は、2011年は15億ユーロ、2012年には27億ユーロ削減する。

ベルルスコーニ首相は、この案に対し、まだ議論の余地があるとして態度を保留している。

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2010年5月28日 (金)

TG1, 15年間に10人のディレクター

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ジュリオ・ボッレッリがTG1についての新著を出した(5月21日、Corriere della Sera).

ジュリオ・ボッレッリは、RAIのアメリカ特派員。本のタイトルは、『TG1への手ーヴェスパからミンツォリーニまで』(Coniglio Editore, 207ページ、14,5ユーロ)。

最近の15年で、TG1(RAI1のテレビニュース)のディレクターは10人が任命されている。そのうち3人のみが内部からの専門家だった。1人はRAIとMediaset を行ったり来たり。他の6人は、外部からのジャーナリストで、テレビの経験は乏しく、公共のサービスには携わっていない。

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2010年5月27日 (木)

サングイネーティ、死去

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詩人・批評家のエドアルド・サングイネーティが亡くなった(5月19日、Corriere della Sera).

5月18日、13時30分頃、サングイネーティはジェノヴァのヴィッラ・スカッシ病院で亡くなった。79歳だった。

腹部の痛みを訴え、午前中に救急で運び込まれた。手術をして、まだ手術室にいる間に合併症を起こし亡くなった。

サングイネーティは、前衛詩人、インテリで、政治的にもコミットし、共産党の下院議員だったこともあり、2007年にはジェノヴァ市長に立候補した。

サングイネーティは以前から動脈瘤があり、手術しなければならないことを本人も自覚していたが、延期を重ねていた。

サングイネーティは、1930年、ジェノヴァ生まれ。グルッポ63という前衛運動のグループに参加した。

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2010年5月26日 (水)

各国の年金

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各国の年金が最終給与の何%に相当するかが示されている(5月18日、 Corriere della Sera).

イタリア   67,9%
フランス   53,3%
ドイツ    43%
スペイン   81,2%
イギリス   33,5%
ギリシア   95,7%
アイルランド 39,8%
オランダ   88,9%
オーストリア 80,1%
デンマーク  88%
ノルウェー  59,6%
スウェーデン 61,5%

Ocse諸国の平均は59%。ギリシアは今回の改革前は、95,7%だった。アメリカは40,8%で、日本は35,7%。

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2010年5月25日 (火)

ボッシ、Udc との連携を拒絶

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北部同盟のウンベルト・ボッシは、Udcのカジーニとの連携を拒絶した(5月17日、Corriere della Sera).

ボッシによれば、スカヨーラの辞任の後、ベルルスコーニが Udc との提携を模索したが、ボッシは拒絶したことを明らかにした。

スカヨーラのポストの後任に、イタリア経団連のマルチェガリアに打診したが拒絶された。その後、Udc (キリスト教民主連合)にも打診した。

ベルルスコーニは、イタリア人はわれわれを信任している、と述べた。

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2010年5月24日 (月)

各国の債務

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欧米日の各国政府の債務が問題となっている(5月16日、Corriere della Sera).

各国政府の2010年度の債務はGDP(イタリア語では Pil) 比で以下の通り。エコノミスト紙による予想値である。

イギリス 12,8%
スペイン 11,5%
アメリカ 11%
ギリシア 9,4%
フランス 8,4%
日本   7,9%
ドイツ  5,6%
イタリア 5,3%

となっている。

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2010年5月23日 (日)

離れて共に暮らす

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円満に別居してくらすカップルが増えている(5月15日、Corriere della Sera).

別居して暮らすカップル、または、別居して暮らすことを livinng aparat together 略して L.A.T という。この言い方は、イギリスからやってきた。

Istat によると、イタリアでも60万組、すなわち、120万人がこの形で暮らしていると推定されている。また世代的には45歳から70歳の人が多い。

こういう生き方をする人は、前の結婚で別居に至った人、離婚経験者、やもめ・未亡人などが多い。

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2010年5月22日 (土)

カヴールの新たな伝記

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カヴールの新たな伝記が出版された(5月14日、Corriere della Sera).

聖人や殉教者の逸話で神話を形成するのに役立つものを fioretti と呼ぶ。伝記を飾るもので、しばしば偽りだったり派手に誇張されていたりして、その人物に彩りを与え、その人を魅力的なものにする。

イタリア統一に関しては、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世、ガリバルディ、マッツィーニにはそういったものがある。ところがカヴールにはこういったものがほとんど存在しない。

むしろ彼をめぐるエピソードは彼を醜く描き、デニス・マック・スミスの本などは読者を当惑させる。これまでカヴールの伝記には、カヴールを祖国の統一をなしとげたモニュメントとして描くロメオの著作があった。

今回の伝記は、アドリアーノ・ヴィアレンゴ著、Salerno Edtrice (564ページ、28ユーロ)である。

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2010年5月21日 (金)

建設業者アネモネの秘密リスト

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建設業者ディエゴ・アネモネの秘密リストが発見された(5月13日、Corriere della Sera).

アネモネは、入札やリフォームに関する秘密リストをコンピュータに入れていた。そのコンピュータが押収され、2003年から2008年の入札や発注額が明らかになった。

《Cricca》作戦の取り調べで9日に釈放されたこの建設業者は、顧客の中に、政治家や、映画監督、会社重役などがいた。

彼は、政治家や政府高官が家を買うさいに、便宜を図った疑いがもたれている。入札で有利になることが目的である。

疑惑を持たれている政治家には、クラウディオ・スカヨーラと市民保護局長のベルトラーゾがいる。

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2010年5月20日 (木)

イタリアにおける電子書籍

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トリノの書籍見本市で、電子書籍のプラットフォームが発表された(5月12日、Corriere della Sera).

トリノの見本市(Salone del libro)でお目見えしたのは、Edigita というプラットフォーム。いわゆるebook の配信に使われる。このプラットフォームを立ち上げたのは、フェルトリネッリ、Gems, Rcs の大手出版グループである。この3グループで40以上の出版社を含んでいる。

このプラットフォームは、Kindle や I-pad などの利用者へ向けての準備である。

来秋までに、Edigita は少なくとも2000冊の本を配信可能にする予定だ。モンダドーリ・グループは、このプラットフォームには参加しなかったが、独自のプラットフォームを年内に立ち上げる予定だ。

これらのプラットフォームでは、読者に直接販売するのではなく、オンライン書店や国内・海外の e-commerce に卸すという形をとる。

電子書籍の将来は? 2009年には、アメリカで2%以下であったのが、2015年には15−20%になると予想されている。Egidita では、イタリア市場では、2015年には、6000万から7000万ユーロの市場となり、4−5%以上を占めるようになると予想している。


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モラッティと不法移民

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ミラノ市長レティツィア・モラッティの不法移民に関する発言が物議をかもしている(5月11日、Corriere della Sera).

ミラノ・カトリック大学での会議に出席したモラッティ市長は、「定職を持たない不法移民は、通常、犯罪を犯す」と発言した。

北部同盟は、「その通り」。大学会場はこの発言に凍り付いた。民主党は、「謝罪を求める」。労働組合は、「重大な発言だ」。

ミラノには、少なくとも約5万人の不法移民がいる。

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2010年5月17日 (月)

携帯ニュースサイトへのアクセスCorriere が僅差で首位に

Telefonino_c1140x180 携帯のニュースサイトのアクセス数の首位が僅差でCorriere della Sera となった(5月10日、Corriere della Sera).

2010年の第一四半期のニュースサイトへのアクセス数

1.Corriere della Sera  11億6300万
2.la Repubblica          11億1200万
3.Il Sole 24 ore          10億7600万
4.SeatPg Directories    9億5400万
5.Ansa                       8億2800万
6.Google News            6億6300万
7.Tgcom                     6億3200万
8.  Libero News             4億600万

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2010年5月16日 (日)

イタリア統一への評価

Bandiera_italia_unita__2 イタリア統一150周年を記念してアンケートがとられた(5月10日、Corriere della Sera).

対象は800人で、誤差は3,5%。  

質問:イタリア統一から150年が経ちました。個人的に、イタリア人にとって良かったと思いますか、悪かったと思いますか?

良かった  87%
悪かった  11%
わからない 2%

質問:あなたはイタリア人を次のどちらと考えますか。
一つの民(popolo) である  46%
いくつかの民の集まり    54%

国家統一は圧倒的多数(87%)が良いことだったと考えている。北部同盟支持者でさえ、70%が良いことだったと考えている。

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2010年5月15日 (土)

ヴィーンの大司教、ソダーノを糾弾

Sodano ヴィーンの大司教で枢機卿のクリストフ・シェーンボルンがヴァティカンの元国務長官アンジェロ・ソダーノを糾弾した(5月9日、Corriere della Sera).

1990年代の性的虐待の事件に関し、ソダーノ長官(当時)が事をあいまいに処理したと非難している。シェーンボルンはベネディクト16世の生徒だった。

シェーンボルンによればソダーノは、性的虐待の被害に関する話題を、井戸端会議のようなものだとあしらったとのことである。

1995年の春にシェーンボルンの前任者ヴィーンの大司教であったハンス・ヘルマン・グローエルは、性的虐待の容疑で告発されたが、本人はそれを認めることなく大司教の職を辞任した。

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ダヴィッド賞、ベッロッキオとディリッティの勝利

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イタリア映画の2010年のダヴィッド賞がベッロッキオ監督とディリッティ監督の作品が多くの賞を獲得した(5月8日、Corriere della Sera).

最良の映画としては、ジョルジョ・ディリッティ監督の《やがて来たる者》(L'uomo che verrà)が獲得したが、16部門のノミネーションのうち実際に受賞したのは3つだった。

マルコ・ベッロッキオ監督の《勝利を》(Vincere)はより多くの賞を獲得した。ベッロッキオは最良監督賞をはじめ7部門で受賞した。


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2010年5月14日 (金)

モロッコ人父、子供の西洋化に憤激し殴る

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イタリアのモロッコ人家庭で、子供が西洋化したことに父が憤激し、子供を殴るという事件が発生した(5月7日、Corriere della Sera).

娘は20歳、息子は16歳で、イタリアに15年以上暮らしている。父親は、子供たちが「度を越えて」イタリア人化してしまったと考え、髪をつかんでひっぱたくなどの行為が続いた。

父は娘を殴り、「お前を殺す」とののしった。

同様の事件は、ブレーシャのパキスタン人家庭でも起こり、21歳の娘がミニスカートをはき、婚約者と暮らし、化粧をしたことに憤激し、のどをかき切った。

18歳のマグレブの少女は、イタリア人のカレを持つことを父が認めず、ついに父に刺殺された。

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2010年5月13日 (木)

偉大なメゾソプラノ、シミオナート逝く

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偉大なメゾソプラノ歌手ジュリエッタ・シミオナートが亡くなった(5月6日、Corriere della Sera).写真は、《アドリアーナ・ルクヴルール》で共演のバスティアニーニと。

ジュリエッタ・シミオナートは迷信を信じ、カバラで7を信じていた。「馬鹿げてるとわかってるけど、信じてるのよ」と1962年のアメリカでのインタビューに答えている。

シミオナートは100歳の誕生日を5月12日に控えて5月5日にローマの自宅で亡くなった。シミオナートは1910年5月12日にフォルリで生まれた。1927年から1966年までの輝かしいキャリアを持つ。

作曲家ウンベルト・ジョルダーノが審査員をつとめたコンクールで若くしてデビュー。トスカニーニからカラヤンにいたる大指揮者のもとで歌った。共演者も、ジッリ、ベルゴンツィ、ディ・ステーファノら大歌手の枚挙にいとまがない。

マリア・カラスの友人で、共演して、50年代、60年代のスカラ座を熱狂のうずに巻き込んだ『アンナ・ボレーナ』の上演は名高い。また50年代、60年代は、結婚を無効にし、彼女よりずっと高齢の有名な医師と一緒になったことでも世間をにぎわせた。

チマローザからヴェリズモの作曲家までレパートリーは67の役柄に及ぶ。ベッリーニの『ノルマ』でのアダルジーザ(しばしばカラスがノルマだった)、ビゼーの『カルメン』のカルメン、ドニゼッティの『アンナ・ボレーナ』のジョヴァンナ・ディ・シーモア、ロッシーニの『アルジェのイタリア女』のイザベッラ、ヴェルディの『ドン・カルロ』のエボリ、『仮面舞踏会』のウルリカ、『アイーダ』のアムネリス、『ファルスタッフ』のミセス・クイックリ、ロッシーニの『チェネレントラ』、マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』のサントゥッツァ(作曲者指揮のもとで)、プッチーニの『修道女アンジェリカ』の叔母(主役はテバルディが演じた。レナータ・テバルディとマリア・カラスだけが彼女をジュリアと呼んだ。それが洗礼名であったのだ)などが当たり役。

シミオナートはスカラ座にデビューした1933年にはまだ声が熟していないとされ、主要な役柄が与えられなかった。主役級の役が与えられたのは、1947年10月12日のことであった。トマのミニョンであった。

引退の時もスカラ座を選んだ。1966年、モーツァルトの『ティトの慈悲』のセルヴィリアであった。多くのレコード録音を残したが、彼女自身は、決して自分のレコードを聴かないと繰り返し述べていた。

(管理人註ーシミオナートが《カヴァレリア・ルスティカーナ》を作曲家マスカーニ自身の指揮で歌ったものはCDになっていますが、シミオナートの配役はマンマ・ルチーアです。記事では、彼女の当り役を列挙するのと、作曲家の指揮の下でも歌った事実を圧縮して書いているため誤解を招く表現になっています)。

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スカイヨラ辞任

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スカイヨラ経済発展相が辞任した(5月5日、Corriere della Sera).

これは、ローマのコロッセオ近くの自宅を購入する際に、第三者もそのお金を払ったのではないかという疑惑を受けてのもの。この疑惑に関しては、ペルージャの司法当局が捜査を続けている。

スカイヨラ大臣は、アパルタメントを他者が払ったとしても、わたしはそれを知らなかった、としている。

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2010年5月11日 (火)

ヴェールをつけたままで、罰金500ユーロ

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ノヴァーラで、イスラム教徒の夫人がカラビニエーリに対してヴェールをとらず500ユーロの罰金を科せられた(5月4日、Corriere della Sera).

イタリアの法律では、1975年に、公共の秩序を守るため、ヘルメットやマフラーで顔を覆ってはいけないという法律ができた。

イスラム教の女性のブルカなどに罰金を科す根拠としてこの法律に言及する人もいる。

今回の女性は、女性交通警官には顔を示した。女性は、夫とともにモスクへと祈りに行く途中であった。ノヴァーラは、北部同盟の政治家が多く、条例で顔をヴェールで覆ったまま外出することを禁じて罰金を科しているのであり、今回の女性はその適応第一号となった。

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2010年5月10日 (月)

教皇、聖骸布を訪れる

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教皇ベネデット16世は、トリノで公開中の聖骸布を訪れた(5月3日、Corriere della Sera).

ベネデット16世は、聖骸布を特別なイコン(straordinaria icona)と定義し、先代の教皇ジョヴァンニ・パオロ2世が聖遺物(reliquia)としたのと微妙な違いを見せている。

トリノのサン・カルロ広場では5万人が集まり、教皇によってミサが執り行われた。

4月10日から始まった今回の聖骸布公開は、5月23日までである。

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2010年5月 9日 (日)

フィアットとアニェッリ家

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フィアット会長のジョン・エルカンがフィアットの将来について語った(4月30日、Corriere della Sera).

現在、フィアットは、アニェッリ家の株式所有会社Exor によって30%の株式が所有されている。クライスラーとの提携関係が進んで、さらに合併ということになれば、フィアットはより大きくなるが、アニェッリ家の株式保有率は低下する。

そのことに関し、フィアットとExor の会長であるジョン・エルカンは、アニェッリ家は、支配することに取り付かれているのではなく、むしろ価値を創造することに関心を持っているとし、株式保有率が低下することを受けいれる準備があることを表明した。

また、フィアットの発祥地であるイタリアへの投資を200億ユーロ実施することを確約した。と同時に、新興国であるブラジル、インド、中国へ、地元企業と提携しながら投資するとしている。

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2010年5月 8日 (土)

リヒテルのもう一つの《平均律》

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リヒテルの《平均律》のもう一つのCDを聴いた(POLO CL4B-86080-2).

これは、変わったCDで、中国製のCDで、解説も中国語である。1973年のインスブルックでのライブ録音で、一度は市場に出たもののすぐに販売が停止され、その後は幻の存在となっていたという。

今回、入手して聴いてみたが、リヒテルのスタジオ録音にくらべかなりテンポが早い。丁寧な表情づけや音の粒ぞろいを整えることを多少犠牲にしても、感興のおもむくままに指を走らせているところがあって、スイング感や疾走する快感はこちらの演奏に分がある。

スタジオ演奏とライブ演奏の一長一短ということになろうが、疾走する演奏があるだけに、ゆっくりと演奏される曲とのコントラストがあって、生理的に気持ちよく聴ける。演奏が内容的に充実していることは言うまでもない。

ただし念のため記しておけば、ライブ演奏であるから、音のバランスの乱れやミスタッチがないわけではない。オペラのライブ録音もそうであるが、ライブでは声の出方が常に万全とはいかない。しかし、曲の勢い、流れというものは、ライブならではの味わいがあり、僕個人としてはライブ録音が好きである。リヒテルは、スタジオ録音も素晴らしいが、興がのった時のライブはまた格別の味わいがあると思う。熟考された解釈に、動物的躍動が加わるし、魂の熱がピアノの音という形をとってほとばしりでる瞬間がある。

このCDは4枚組で、バッハの平均律の第一巻、第二巻全曲がおさめられている。


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アンドレア・アニェッリ、ユヴェントゥスの会長に

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アンドレア・アニェッリがサッカーチームのユヴェントゥスの会長に就任する(4月29日、Corriere della Sera).

アニェッリ家の人がユーヴェの会長に就任するのは48年ぶりだ。アンドレアの父ウンベルトが、1955年から1962年まで会長であった。

アンドレアは、アニェッリ家としては4人目のユヴェントゥス会長となる。初代は、彼の祖父エドアルドで1923ー35年。2人目は、彼の伯父ジョヴァンニ(ジャンニ)で1947−54年。

アンドレアは、フィアットの会長に就任したジョン・エルカンとは従兄弟である。


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2010年5月 7日 (金)

台本作家スカルペッリ死去

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台本作家フリオ・スカルペッリが亡くなった(4月29日、Corriere della Sera).

スカルペッリが脚本を書いた映画には、La grande guerra (第一次大戦、モニチェッリ監督、1959年)、トロイージの《イル・ポスティーノ》(1994年)、N(Io e Napoleone)(Nー私とナポレオン、2006年、2007年のイタリア映画祭で上映された、パオロ・ヴィルツィ監督)などがある。

フリオ・スカルペッリは、1919年12月16日にローマで生まれた。1940年代から脚本を書き始め、その数は140本にのぼる。

トトから始まって、リージ、モニチェッリ、ジェルミ、スコラなど錚々たる顔ぶれの監督のために脚本を書いた。


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2010年5月 6日 (木)

街のヴィデオ・カメラ

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プライバシー保護局が街のヴィデオ・カメラの画像保存についての指針を示した(4月28日、Corriere della Sera).

それによると、特別な必要がない限り、画像は24時間以上保存することは出来ない。また、自動車のナンバープレートを撮ることは良いが、運転手や乗客を撮ってはいけない。

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2010年5月 5日 (水)

2013年に原発着工

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ベルルスコーニ首相は、原子力発電所建設に2013年に着工したいと述べた(4月27日、Corriere della Sera).

首相は、ロシアのプーチンと会談の後、原子力発電所建設の見通しを語った。

イタリアは1959年に原子力発電を決断し、4つの発電所を建設した。

1987年に国民投票を実施し、その結果、原子力発電を停止した。

今日、まだかつての発電所解体が完了していない。


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2010年5月 4日 (火)

新たな道路交通法

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新たな道路交通法が審議されている(4月26日, Corriere della Sera).

運輸大臣アルテーロ・マッテオーリは、上院での審議が遅々として進まないのに苛立っている。

審議の中で承認された条項と、まだ承認されていない条項がある。

承認された条項には、

1.運転免許を取得して3年以内の者やプロの運転手は、アルコールを摂取してから運転してはならない。

2.自転車に乗る人に、ヘルメット着用が義務となる

などがある。

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《勝利を》

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マルコ・ベロッキオ監督の《勝利を》を観た(有楽町・朝日ホール)。

1920年代から40年代にかけてイタリアを率いたファシズムのリーダー、ベニート・ムッソリーにの伝記的事実に基づく映画である。

ベニート・ムッソリーニは1907年、イーダ・ダルセルという女性と出会う。後、二人は子供をなすが、ムッソリーニがイーダと結婚したのかどうかがはっきりしない。

その後、ムッソリーニはラケルと結婚する。それに対し、イーダは自分こそがベニートの妻だと言って争う。

イーダは精神病院に入れられ、息子は、寄宿学校に入れられる。

息子も最後には狂気に取り憑かれる。

ファシズム台頭の時期にふさわしく、未来派の絵画や描写法が引用される。また、ムッソリーニに関するドキュメンタリー画像が現代の俳優が演じる画像と交互に映る。モンタージュ的な映画である。イーダは妥協することなく戦う女性で、自分はムッソリーニの正妻だと主張しつづける。それは彼女のアイデンティティであり、オブセッションでもある。それが事実なのか、彼女の妄想なのかは最後まで明らかにはならない。


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《元カノ/カレ》

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ファウスト・ブリッツィ監督の《元カノ/カレ》を観た(有楽町・朝日ホール)。

6つのエピソードからなるオムニバス形式の娯楽映画。6つのエピソードは互いに絡みあっている。この映画祭で以前に上映された《恋愛マニュアル》が最も様式的には近い。

プログラムの情報を多少補って記すと、日本のお正月映画に相当するのは、イタリアではクリスマス映画でチネ・パネットーネという。もともとこれはボルディとデ・シーカ(あの映画監督の息子)のコンビの映画をさした造語だったのだが、それが広く用いられるようになった。

そこからの応用で、夏休みの娯楽映画をチネ・ココーメロ(すいか映画)とも言う。

そしてこの映画はヴァレンタインデーを当て込んだ映画なのだという。それにふさわしく、様々なカップルの別離、結合が誇張され、類型的に、ある場合は予定調和的に、またある場合には意外な展開を見せて笑わせるという映画である。

警官と外科医のエピソードは爆笑ものだったが、神父役はちょっとミス・キャストかなと思った。

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《まっさらな光のもとで》

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フランチェスカ・コメンチーニ監督の《まっさらな光のもとで》を観た(有楽町・朝日ホール)。

マルゲリータ・ブイ演じる主人公は、離婚し、夜間中学の教師として働いている。ある男と出会って妊娠するが未熟児で出産する。

この映画は、その未熟児と母となっていく主人公との関わりを描いたものだ。男との関係は刺身のつまという感じで、なぜその男が気に入ったのかは良く分からない。

病院でのシーンが延々と続く映画である。

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《重なりあう時》

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ジュゼッペ・カポトンディ監督の《重なりあう時》を観た(有楽町・朝日ホール)。

これがデビュー作ということが信じがたい舌を巻くうまさが至るところに光る映画であった。

ストーリー展開が巧みなので、以下、この映画を観るまでストーリーの核心部分を知りたくない人は読まないでください。

ホテルの清掃係のソーニャはスロベニアのリュブリャナ出身。カップリング・パーティでグイドと知り合う。

二人はデートを始めるが、そこで事件が起こる。グイドは死んでしまい、ソーニャはグイドの身体を貫通した弾にあたるが怪我だけで命に別状はない。しかし、その後、身の回りに次々と不思議な事件が起こる。

同僚も死んでしまい、その葬式の途中、男に連れ出され、薬をのまされ、生きたまま埋められ殺されかける。

というところで、これがずっと最初の事件以来、ソーニャが昏睡状態で観た夢であることが明らかになる。

その後、犯罪組織とソーニャ、元警官のグイドの緊張した関係が展開する。

光と闇の使い方が実に効果的な映画で、殺しはほとんどないのにとても怖いのである。しかも単に観客の恐怖をかき立てることが目的ではなく、あとで納得がいく仕組みになっている。

さらに言えば、グイドやソーニャが人間として十分な厚みをもって描かれているので、見終えたあとに充実感がある。

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《それもこれもユダのせい》

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ダヴィデ・フェッラーリオ監督の《それもこれもユダのせい》を観た(有楽町・朝日ホール)。

刑務所の教誨師から頼まれて若い女性ディレクターが囚人たちと芝居をつくるという映画である。主要な登場人物は、4人を除いて、すべて本物の受刑者や看守で、舞台も本物の刑務所。

フェッラーリオ監督は、事実とフィクションを混交してつくるのが映画の本質と考え、それを今回の映画では極端まで押し進めているわけだ。

女性ディレクターのイレーネは張り切るのだが、神父は芝居の題目をキリストの受難劇にするよう注文をつける。しかし誰もユダの役をやりたがらない。

彼女は様々な工夫をこらすのだが...


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2010年5月 3日 (月)

《頭を上げて》

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アレッサンドロ・アンジェリーニ監督の《頭を上げて》を観た(有楽町・朝日ホール)。

この映画はストーリー展開を抜きに感想を書く事は困難なので、以下、ストーリーの核心部分に触れるのでご注意ください。

セルジョ・カステリット演じる父親と息子の物語である。父親は、造船所で働きながら、息子ロレンツォをボクサーとして鍛えている。ボクシング・ジムとの軋轢もあるのだが、ロレンツォは試合で勝利をおさめる。

その間、ロレンツォはルーマニア移民の女の子と親しくなる。ロレンツォの母はアルバニア人で、父・息子とは別居している。そのこともあって、父は息子の交際に激しく反対する。

息子は怒って雨の中をバイクで暴走し、交通事故死してしまう。

脳死状態のため、医師が臓器移植を提案する。父は迷った末、同意する。

しかし、手術後、父は、移植を受けた相手を探しに出かける。会ってみると、それはゲイ(あるいはトランスセクシュアル)の青年だった。そのことに父はショックを受ける。

その青年と父親が葛藤の末、人間関係を築き上げていく。

父と息子、父と移植を受けた若者の関係は、決して心地よいものではない。ぎくしゃくとし、はげしくきしみ音の聞こえる関係だ。

最後に、ある事件からこの父は人生の意味をもう一度さぐりあてて、笑いを取り戻す。

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《母の微笑》

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マルコ・ベロッキオ監督の《母の微笑》を観た(有楽町・朝日ホール)。

原題は L'ora di religione で「宗教の時間」という意味である。イタリアの小中高では宗教の時間があり、選択であるが、大半の子供はその時間を取っている。

映画は、直接的には、宗教の時間を扱っているわけではなく、主人公の母が列聖されるプロセスにあることをある日主人公が知ることから始まる。

母は、修道士で神を冒瀆せずにはいられない兄によって殺害されたのだ。

この映画については、細部にいたるまで、様々な意味が込められており、それについて細かく論じていきたい誘惑を感じる。

この映画は、観客に単純に悲しみや喜びを喚起するような映画ではない。主題が宗教、母が聖女(福者)に列せられるための手続きをめぐる物語なのであるが、主人公は、その息子でありながら神を信じておらず、主人公の息子はまた逆にとても宗教的である。

主人公の伯母たちや兄たちの宗教との関わりも、きわめて俗物的であったり、宗教的であったり多様である。

良く出来た小説がそうであるように、この映画もどの登場人物の立場にたって捉えるかによって、カトリック教会や宗教、あるいは人々と信仰との関係への評価・見え方が変わってくる複雑な映画である。その分、ある意味では「難解」なのであるが、一つ一つのせりふに奥行きがある。

これはもちろん、イタリア人の教会、宗教との関係の深さの反映でもある。

この映画は、そういった宗教との関係のみでなく、主人公とその息子の宗教の先生との恋愛も絡んでくる。ところが、この女性のアイデンティティが謎に満ちていて、主人公と息子の証言は、その女性教師の名前、容姿にいたるまでまったく食い違っている。この女性は、主人公の妄想がつくりだした幻影なのか?

リアルな部分と、主人公が画家で、キャンバスとコンピュータ上で絵を描いているのだが、イメージというものが現実のものであるのか、架空のものであるのかという問題が、母の実人生と聖女としてのイメージとパラレルになっている。

102分の映画なのだが、こちらの頭をぎりぎりまで絞りあげる映画とも言える。

イタリア映画祭10年の節目の年に特別上映された映画は、この作品と、ジュゼッペ・ピッチョーニの《もうひとつの世界》であった。どちらもカトリックの世界を扱った映画である。この選択には全面的に賛成である。イタリア映画は、カトリックの世界をふくめて描いた時に輝きを増し、奥行きを増す。言うまでもないが、それは教会に対して肯定的か批判的かということとは、独立事象である。

《母の微笑》を最初に観た時には、ヨハネ・パオロ2世が次々と聖人および福者を出していることへの批判ということが頭に浮かんだ。そしてそれは的外れな感想ではなかったと今も思うが、ベロッキオの視座は、そこにとどまらず、深く、複雑である。

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2010年5月 2日 (日)

《ただ、ひとりの父親》

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ルカ・ルチーニ監督の《ただ、ひとりの父親》を観た(有楽町・朝日ホール)。

主人公カルロ(ルカ・アルジェンテーロ)は30歳の皮膚科医で、生後10ヶ月の娘ソフィアがいる。両親がバカンスに出かけるので、カルロが彼女の世話をするのだが、そこでフランスから留学しているカミーユと出会う。

監督自身がドラマティック・コメディーと呼んでいるように、カルロが内面に抱えている問題とラブ・コメ的要素が縫うように交錯する。主役を演じているルカ・アルジェンテーロは、不思議な魅力を備えた甘美な容姿を持つ俳優で、物憂げな表情を浮かべている時と、おっちょこちょいな役回りがどちらもはまるのである。

顔がアップのシーンと引いたシーンを使い分けているので、そこを見比べるのも一興である。もちろん、一度目は物語に没入することが何よりであるが。


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《やがて来たる者》

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ジョルジョ・ディリッティ監督の映画《やがて来たる者》を観た(有楽町・朝日ホール)。

第二次世界大戦末期1944年にボローニャ近郊の山村での生活とそこで起こったナチによる虐殺を描いている。

上映後、監督が出てきて質疑応答があったが、しばらく誰も手をあげなかったのは、映画がつまらなかったからではない。この映画を受けとめるには、時間がかかるのである。

監督も述べていたが、映画は虐殺シーンをセンセーショナルに扱ってはいない。むしろ、その前の農民の生活、たとえば独身の娘がダンスに出かけるだけでも厳しく叱るおばあちゃんや、ブタをさばく様子、出産シーンなど日々の出来事が、丹念につづられていく。

主人公は、8歳の女の子で、彼女は幼い弟が生後間もなく死んだことにショックをうけ口がきけない。彼女が唖者であるのは、象徴的だ。彼女は、パルティザンによる殺害も、ナチスの虐殺も目撃することになる。歴史の「真実」を語ることの困難さを監督は知り尽くしているのだろう。

テーマからすると、重くて暗くて観るのがつらいかと想像しがちだが、農村生活の丹念な描写とまわりの山村の染みるような自然の美しさは大画面にふさわしいみずみずしい色調をたたえている。そして、主人公の少女の素晴らしさ。彼女は、1944年を生きていると信じられる表情をしているのだ。

また、アルバ・ロルヴァケルやマヤ・サンサが農村女性として出演し、特に映画の前半では、エミリア・ロマーニャの農民の方言が再現されているためしばしばイタリア語字幕が使用されている。監督は、1940年代の農村の再現に関しては細部にいたるまで細心の注意を払ったと言う。映像も内容も充実した一本であった。


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大統領、対立をいさめる

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ナポリターノ大統領は、政治家の対立をいさめた(4月25日、Corriere della Sera).

ミラノでの解放記念式典で、ナポリターノ大統領は政治家の対立をいさめ、国の利益のために立場を収斂させるよう呼びかけた。

ベルルスコーニ首相は、私は誰とも喧嘩をしていないと言い放った。しかし北部同盟のボッシは、フィーニは辞任すべきだと述べた。

野党民主党のベルサーニはフィーニに提携を呼びかけた。

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ベロッキオ、カンヌで講義

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映画監督マルコ・ベロッキオは今年のカンヌ映画祭で、映画について講義をする(4月24日、Corriere della Sera).

これまで、カンヌ映画祭で映画のレッスンを講じたイタリア人映画監督は、1991年のフランチェスコ・ロージと2006年のナンニ・モレッティのみである。

ベロッキオは、この招聘は名誉と感じるが、去年『勝利を』(Vincere) がカンヌ映画祭に参加し、評判となったにもかかわらず、何も受賞しなかったことの償いなのではないかという見方をしている。

《勝利を》は、ムッソリーニの「妻」とその息子の悲劇的な生涯を事実に基づいて描いた映画だが、イタリアでより、フランス、あるいはアメリカで評判をとった。

ベロッキオは、15年ほど前まではイタリアの観客も「むづかしい」映画も観ようという気があったのだが、ここ15年は聴衆が眠っているという。だから、様々な映画賞を受賞した作品でも観客が集まるとは限らないのだ。

ベロッキオは初めの日本訪問も楽しみにしていると述べた。

ベロッキオは、1939年ピアチェンツァ県のボッビオ生まれ。

自らを孤立している、あるいは自ら孤立しているといい、作品がスキャンダルで迎えられ、その後、再評価されることがないのは、そういった自分が徒党を組まないことに由来する運命かもしれないとしている。


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2010年5月 1日 (土)

《ハートの問題》

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フランチェスカ・アルキブージ監督の《ハートの問題》を観た(有楽町・朝日ホール)。

二人の男が偶然、同じ日に心臓発作を起こし、病院で隣り合わせになったことから話がはじまり、その後もつきあっていくという不思議な味わいの友情物語。

一人はアントニオ・アルバネージ演ずる中年の脚本家。若い女性と暮らしているのだが、関係はぎくしゃくしている。

もう一人はキム・ロッシ・スチュワート演じるローマの下町の自動車修理工場主。彼がしゃべるイタリア語は、当然ながらローマなまりでやや聞き取りにくく、脚本家は北部出身で今はローマに住んでいるという設定なのでアクセントが異なるのである。

脚本家は、ちょっと話をすると話し相手の境遇を言い当てる特技を持っている。しかし魔術的なものではなく、想像力をはたらかせているのである。

自動車修理工のほうは、妻、子供、母親がおり、移民を雇いやり手で40代なのだが、父親も40代で心筋梗塞でなくなっており、自分の病気をとてもおそれている。

こうした配置のなかで、二人の友情、家族の思いが、独特の叙情をもって描かれていく。

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