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2010年1月31日 (日)

多発性硬化症の新薬、あらたな段階に

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多発性硬化症(sclerosi multipla)の新薬開発が新たな段階にはいり、イタリアでは来年にも販売される可能性がでてきた(1月22日、Corriere della Sera).

これは初の多発性硬化症に対する薬である。経口薬で一日一錠摂取する。新たな治療法であり、fingolimod という名の薬である。中枢神経システムを炎症させたり損傷したりする白血球をブロックする。

要するに、病気の進行を「凍結」するのである。

現在、2つの国際的な研究グループで患者を対象とした実験が行われている。一つはTransforms という団体で1292人の患者、もうひとつはFreedoms という団体で1272人の患者が対象となっている。

多発性硬化症は、世界中で250万人の患者がおり、とくに20歳から40歳の若者が多い。

イタリアには、5万7000人の患者がいる。イタリアは、Transforms に参加しており、22のセンターで250人の患者が実験に参加している。

これまでこの病気は再発が避けられず、再発のたびに病状が深刻化していくのであった。

今回の薬は、決定的な治療ではないが、このfingolimod の服用で、毎日0、5ミリグラムの服用では再発率が52%減少し、毎日1、25ミリグラムでは60%減少した。(プラシーボ、即ち、偽薬服用との比較)。

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2010年1月30日 (土)

義務教育、15歳で終えることも可に

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義務教育を15歳で終えることも出来るという法案を与党が準備している(1月21日、Corriere della Sera).

15歳から見習いになって働くことが、16歳までの義務教育期間に違反しないことにするような法改正を与党はめざしている。

労働大臣のマウリツィオ・サッコーニは、2009年の Isfol の報告によれば、14歳から16歳の若者のなかには12万6000人が勉強も労働もしていない。これはその年齢の6、5%に相当する。新たな法案は彼らによりチャンスを与えるものだとしている。

この案に労働組合は反対し、企業側は賛成している。

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ロッシ、再びフェッラーリに試乗

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二輪のチャンピオン、ヴァレンティーノ・ロッシは、フェッラーリのF1カーに試乗することになった(1月20日、Corriere della Sera).

ロッシは、モトGPで今年もバイクレースの王者となったが、20日、21日スペインのバルセローナでフェッラーリのF1カーに試乗する。

ロッシがF1カーに乗るのは、今回が6回目。これまでにも、2004年、2005年、2006年、2008年にフィオラーノ(フェッラーリの工場がある)や、ムジェッロ(フィレンツェ郊外)、バレンシアで試乗した。

今回の試乗が実際にロッシの4輪パイロットにつながるかどうかは、F1のルール次第と考えられている。つまり、2011年から第3パイロットが認められるようになるというルール変更があるかないか、である。

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2010年1月29日 (金)

ダンテやマンゾーニがキンドルで読めるように

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ダンテやマンゾーニといったイタリア文学の古典がアマゾンの電子ブックリーダー「キンドル」で読めるようになる(1月20日、Corriere della Sera).

アマゾンの電子書籍端末キンドルの新たな世界に、イタリアの老舗の書店ザニケッリ(Zanichelli)が上陸した。

キンドルで読むために「キンドル・ストア」で買えるようになったのは、ジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』、マッテオ・マリア・ボイアルドの『恋するオルランド』、ダンテの『神曲』、ニッコロ・マキャヴェッリの『君子論』、アレッサンドロ・マンゾーニの『いいなづけ』、フランチェスコ・ペトラルカの『カンツォニエーレ』、ルイジ・ピランデッロの『生きていたマッティア・パスカル』、イタロ・ズヴェーヴォの『ゼーノの意識』、ジョヴァンニ・ヴェルガの『マラヴォリア家の人々』といった古典作品。

同社は、ツィンガレッリをはじめとする辞書に関しても、アメリカの出版社Intangible Press と協力して準備を進めているとのこと。

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2010年1月28日 (木)

ニキ・ヴェンドラが収賄容疑で取り調べ

0kvx6rxn140x180_2 プーリア州知事のニキ・ヴェンドラは、収賄容疑で当局から取り調べをうけることになった(1月19日、Corriere della Sera)

この事件の発端は、プーリア州の保健事業で、バーリのASLの総局長レア・コンセンティートらほか4人が在宅起訴されている。

ヴェンドラは、政治闘争に巻き込まれ、とばっちりを受けている、としている。

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モッツァレッラ・ブファラに牛乳混入品

Mozzarelle モッツァレッラ・ブファラに牛乳混入製品が発見された(1月20日、Corriere della Sera).

モッツァレッラ・ブファラ・カンパーナはDOP(denominazione origine protetta)で素材、製法がきちんと決まっている。使用される乳は、100%水牛(bufala)のものでなくてはならない。チーズ工場へは搾乳から12時間以内に運びこまれねばならない。

モッツァレッラ・ブファラ・カンパーナの売り上げは3億ユーロ。この部門で働く人は2万人。飼育されている水牛は25万頭にのぼる。

生産高は、2006年3万3850トン
2007年 3万5640トン
2008年 3万1960トン

となっている。

今回の調査では、530の標本のうち、25%から牛乳成分が検出された。

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2010年1月27日 (水)

北村暁夫 『千のイタリア』

51unggjdkol__sl500_aa240_ 北村暁夫著『千のイタリアー多様と豊穣の近代』(NHK出版)を読んだり、聴いたりしている。

これはNHKのラジオ放送のテクストで、AMラジオ第2放送で火曜日午後8時半から9時、再放送は水曜日午前10時15分から10時45分である。

イタリアの農村のたどってきた歴史が学問的に、しかしながら、素人にも実にわかりやすく解き明かされる。たとえば映画『苦い米』や『1900年』、はたまた『山猫』などに出てくる田んぼ、多くの家族が共同生活する農場(カシーナ)、あるいはシチリアのように農民は通いで耕作にくる制度、農場管理人など、映画の背景になっていたものが、こういう制度、こういう歴史を背景にもっていたのかと腑に落ちる。

放送は3月末までである。イタリアの紀行番組をハイヴィジョンの美しい画面で観るのもよいのだが、一歩、二歩踏み込んだ視点を提供してくれる番組、本は大変貴重である。

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2010年1月26日 (火)

ハイチ地震、イタリア人20人行方不明

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今回のハイチ地震で、イタリア人は20名が行方不明になっている(1月16日、Corriere della Sera).

国連のイタリア人職員2人も行方不明である。ポルト・ブランスのクリストファー・ホテルの瓦礫の下敷きになってしまったと考えられている。しかし、数字は決定的なものではない。

ハイチではヴードゥーの霊に祈る人が増えている。ハイチの国教はカトリック教で、カトリック教徒が80%、プロテスタントが16%(洗礼派が10%、ペンテコステ派が4%、キリスト再臨派が1%、その他1%)、その他の宗教3%、無宗教1%となっている。

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2010年1月25日 (月)

アンドレオッティ、91歳

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終身上院議員のジュリオ・アンドレオッティは91歳の誕生日をむかえた(1月15日、Corriere della Sera).

アンドレオッティは91歳を迎え、ジョルジョ・ナポリターノ大統領や上院議長レナート・スキファーニから祝辞を受けた。

この91年間で、特別な思い出をもつ人物はと問われ、「順番はつけたくない。生きることのできた年月はみな素晴らしいーもう生きてしまったという事実を除いては」とアンドレオッティは応えた。

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2010年1月24日 (日)

反ファシストになる困難さ

_g_g_a__borgesep 文芸批評家ジュゼッペ・アントニオ・ボルジェーゼからグリエルモ・フェッレーロにあてた書簡が公開される(1月14日、Corriere della Sera).

1922年11月4日、ファシストの「ローマ進軍」の7日後、ボルジェーゼはフェッレーロにあてて、次のような手紙を送っている。

「」

「親愛なるフェッレーロ、僕の考えはこうだームッソリーニはすでに権力に到達したのだがから、賢明な政策を採用してそこに留まる力を得られないだろうか、と...僕はムッソリーニの願望に好意的だったわけではない」。 この手紙は、他の手紙とともに、コロンビア大学に所蔵されているが、クラウディオ・スキアーノの監修でこのたび Quaderni di Storia 71号に掲載される予定だ。その中には、ローマ進軍の数日前の手紙もあって、ボルジェーゼは、ファシストと社会共産主義者の間で内戦が起こっているとの認識を示している。 ムッソリーニの第一次内閣は、クローチェにも気に入られていて、クローチェはジェンティーレに内閣に入るよう勧めたほどである。この年の10月31日のコッリエーレ・デッラ・セーラ紙の報道では、リベラルなルイジ・エイナウディが蔵相になるかもしれないとしている。実際には、最後のところで、人民党のヴィンチェンツォ・タンゴッラがなったのだが。 つまり、ムッソリーニ政権が成立したてのころは、ブルジョワのリベラル派は、この国が独裁に向かって滑り落ちていくということに気づいていなかったのである。

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2010年1月23日 (土)

デザイナーのボブ・ノールダ死去

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オランダ生まれで長年イタリアで活躍したデザイナー、ボブ・ノールダ(Bob Noorda)がミラノで亡くなった(1月12日、Corriere della Sera).

ノールダは、1927年アムステルダムで生まれた。ノールダは、ピレッリやリナシェンテ、Coop、ロンバルディア州のマーク(ロゴ)を製作した。フェルトリネッリ書店のマークもそうである。

インダストリアル・デザインの賞であるCompasso d'oroを4回獲得した。

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2010年1月22日 (金)

アルファ・ロメオ、危機的状況

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フィアットは、アルファ・ロメオの売却を検討せざるを得ないところまできている(1月17日、Corriere della Sera).

アルファ・ロメオは、1月24日で、生誕100年を迎える。しかし、残念ながら、2009年の売りあげは、11万台に満たなかった。

フィアットの会長マルキオンネは、デトロイト・モーターショーで不満をぶちまけた。「栄光の歴史だけでは、生き残るのに十分ではないのだ」。

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2010年1月21日 (木)

視聴者投票によるイタリアの偉人

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テレビの視聴者投票の結果によると、もっとも偉大なイタリア人は、歌手のラウラ・パウジーニだった(1月17日、Corriere della Sera).

RAI 2 の番組の企画で、視聴者が投票したところによると、あらゆる時代で最も偉大なイタリア人は、

1.ラウラ・パウジーニ(歌手)40,31%

2.ミーナ (歌手)    15,29%

3.レオナルド・ダ・ヴィンチ 8,24%

4.ファルコーネとボルセッリーノ 5,12%
  (対マフィアで戦い、爆殺された判事)

5.アンナ・マニャーニ(映画女優)3,85%

6.マッシモ・トロイージ(映画監督・俳優)2,74%

7.トト(映画俳優) 2,46%

8.ダンテ・アリギエーリ 2,25%

9.ガリレオ・ガリレイ 2,01%

10. ヴァレンティーノ・ロッシ(二輪ライダー)1,97%

の順となっている。

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2010年1月20日 (水)

ロザルノの移民、外交問題に

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ロザルノでの移民をめぐる事件は、外交問題と化した(1月13日、Corriere della Sera).

エジプト政府は、カラーブリアにおける暴力を非難し、イタリア政府が人種差別に対し、介入すべきだとした。

外務大臣フラッティーニは、法にのっとって行動する、としている。また、北部同盟のリーダー、ボッシは、「エジプトも、キリスト教徒を追い出している。政府は、不法移民の問題を解決すべきだ」と応じた。

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2010年1月18日 (月)

ミラノ、独居世帯が過半数に

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ミラノで最も多い世帯は、独居世帯となった(1月13日、Corriere della Sera).

2009年の後半に、ロンバルディア州の州都ミラノでは、一人世帯が、二人以上の世帯の数を越えた。ミラノの68万7401世帯のうち、一人世帯が、34万7651世帯で50,6%、二人以上の世帯が、33万9750世帯となったのである。越えたのは、過去数ヶ月のことと考えられる。

2年前には、総世帯67万6486のうち、1人世帯は、33万2987世帯だった。

1人世帯の比率が増加しているのは、イタリアでは30年来のことである。しかし今回の結果には、人口学者も驚いている。役所への届けが一人で、二人すなわちカップルで暮らしていることもあるものの、一人世帯が増加しているのは間違いがない。

ミラノ・ビコッカ大学の人口学者ジャンカルロ・ブランジャルドは、「シングル世帯は、将来的には40%程度で安定すると考えている」とのこと。

ミラノは特別なケースなのである。ローマでは、全体が132万4798世帯で、1人世帯は、56万8455世帯となっている。

イタリア全体では、2321万6000世帯に対し、一人世帯は、659万2000世帯で、28,4%を占めている(2007年のIstat).

世界的に見ると、シングルが多いのは、ニューヨークで、2007年時点で51%に達している。

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2010年1月17日 (日)

内務省、ロザルノ以外も移民搬送へ

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内務省は、ロザルノ以外でも移民、特に不法移民が集中している地域で、不法移民を搬送する予定だ(1月11日、Corriere della Sera).

ロザルノ以外でも、不法移民が集中している地域では、地元住民との軋轢が生じている。カンパーニャ州のカステル・ヴォルトゥルノには、約5000人の移民がおり、サン・ニコラ・ヴァルコには800人、またシチリア州のシラクーサ近辺には600人の移民がいる。

これらの地域でも、不法移民を搬送する予定だ。

先日のロザルノでの移民と地元住民との衝突では、怪我人が53人でたが、21人が移民で、14人が住民、18人は警察などだった。

ロザルノでは、元工場だったところに1200人が住んでいたが、このたび、クロトーネとバーリの移民受け入れセンターに搬送された。

こうした移民たちは、南部では農業に従事し、1日12ー14時間の労働(オレンジなどの果実の収穫)で、20ユーロの賃金を得ている。

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2010年1月16日 (土)

オペラ《マダム・サン・ジェーヌ》

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ジョルダーノ作曲オペラ《マダム・サン・ジェーヌ》を観た(1月16日、初台・新国立劇場)。

日本初演である。海外でも上演は珍しいと思う。1967年に、ジョルダーノ生誕100年を記念してスカラ座が上演したことがあるようだ。今回の上演、主催は東京オペラ・プロデュース。明日、17日も上演される。当日券もある。

この作品、原作は、サルドゥー(《トスカ》の原作者)とモロ−で、それをR.シモーニが台本を書き、ジョルダーノが作曲した。初演は、1915年1月25日、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で、指揮はトスカニーニだった。

ジョルダーノと言えば、だれでも思い浮かべるのは、《アンドレア・シェニエ》であろうが、これもフランス革命に舞台をとりながらコメディーとなっている。ジョルダーノ唯一の喜劇だという。

物語は3幕からなり、1幕目は、フランス革命の最中で、女主人公カテリーナ(ずけずけと誰にでもものを言うので、ついたあだながマダム・無遠慮=サン・ジェーヌ)が洗濯屋を営んでおり、そこに兵隊や革命に関わるものが出入りしている。

第2幕では、ナポレオンは皇帝となり、カテリーナは恋人と結婚し、恋人の昇進に伴い伯爵夫人になっている。この幕の冒頭で、仕立屋とバレエの教師と従僕が交わす会話、最近は成り上がりの貴族が多く立ち居振る舞いがなっていないという箇所は、歌、演技ともに楽しめた。もちろん、演出(彌勒忠史、以下敬称略)の力も大いにあるだろう。ここからは、世話物めいた話の展開である。カテリーナはやまだしのため、エレガントな身のこなしが出来ない。それをからかわれ、あげくの果てには、夫ルフェーブルは皇帝から離婚をすすめられる始末。また、ナポレオンの宮廷のナポレオンの妹やナポリの女王がカテリーナに意地悪だったりするのだが...それに三幕では、一幕で命を救ってやったナイペルグの后への恋慕が絡む。

《アンドレア・シェニエ》とは異なり、悲劇ではないので、強いカタルシスを得るような劇ではないのだが、部分的には、ルフェーブルとカテリーナの二重唱、カテリーナのアリアなど聴かせどころはちりばめられている。カテリーナ役の大隅智佳子は、声もとおり、声・演技ともに表情にあふれ、コミックな味を良く出していたし、庶民の代表として、貴族に物言うときのアリアも堂々として立派だった。

相手役のルフェーブル、内山信吾は、堂々たる体躯で、活躍する兵士の力強さをよく表現していた。愛の二重唱で、今一段の柔らかな表情が声の表現としてでればと思う。バリトンの工藤博は脇を着実に固めていた。

1幕と2,3幕では、まったく場面が庶民的なところから宮廷へと変わるわけだが、おおむね皆達者に演技をしていた。フランス革命を背景にしても、血腥いところはまったくなく、こんな世話物狂言ができるのだという点でも面白い出し物である。

日本初演なので、オケや指揮についての批評は困難だが、逆に言えば、もたつくところなくすっと芝居の世界に入らせてくれたのは立派だと思う。

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ロザルノから移民流出

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ロザルノから大量の移民が出て行った(1月10日、Corriere della Sera).

多くのアフリカ系移民が、市民との衝突などの事件後、警察に守られてロザルノ(イタリア半島のつま先部分の町)から出て行った。

この事態にヴァティカンの国務長官タルチーゾ・ベルトーネ枢機卿も、「とりわけ貧者、抑圧されている者」への懸念を示した。

この事件に関しては、暴力組織ンドランゲタの関与についても捜査が進められている。

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2010年1月15日 (金)

フィアット、インドに低コスト車を導入

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フィアット社は、2012年からインドに低コスト車を導入すると宣言した(1月7日、Corriere della Sera).

2010年は、売り上げを倍増させ、2012年には、新たなスモール・カーを導入すると、フィアットは、ニューデリーの自動車ショーで宣言した。

インドのタータとのジョイント・ヴェンチャーからたった2年で、2万3000千台の売り上げに達し、フィアットは対インド戦略を加速することを決定した。トリノで設計し、パリオよりも小さな自動車とする予定だ。

しかしそこではタータのナノと競合することになる。フィアット側は競争となることは否定している。

フィアットの国際マーケッティング部長のジョルジョ・ゴレッリは、全長3,7〜3,8メートルの車を目指すとしている。ブラジルでのパリオの成功と重ね合わせているようだ。ブラジルでは8年連続でフィアットがもっとも売れるメーカーとなっているのである。

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2010年1月14日 (木)

50年ぶりの低インフレ

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2009年のイタリアのインフレ率は50年ぶりの低さだった(1月5日、Corriere della Sera).

2009年のインフレ率は0,8%で、1959年以来の低さだった。

分野別にみると、食料品は+0,4%、アルコール飲料・煙草は+4,4%、衣服は+1,0%、居住費はあ、−2,3%、家具は+1,4%、輸送は、+2,2%、文化+1,0%、教育+2,4%となっている。

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2010年1月13日 (水)

教皇の説諭

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教皇ベネデット16世は、将来は、魔術師やエコノミストの手にあるのではなく、神の手にあるのだと説いた(1月4日、Corriere della Sera).

教皇によれば、カトリック教徒は、あやしげな予言に期待すべきではないのだ。

カトリック系の視聴者団体Aiart の会長ルーカ・ブルゴメオは、「あまりに多くの人が、星占いや種々の魔術を用いて将来のことが判るという幻想を抱いている」とし、「星占いをもっぱら扱う番組は、弱い人々が陥りがちな迷信をはびこらせるのに一役かっている」として非難している。

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2010年1月11日 (月)

カヴールの真のねらい

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カヴールはイタリアを三つの国にして連邦制にすることを考えていた(1月3日、Corriere della Sera).

Arrigo Petacco 著 Il Regno del Nord 1859:il sogno di Cavour infranto da Garibaldi (北の王国 1859:ガリバルディに打ち砕かれたカヴールの夢)(モンダドーリ、pp.167, 19 ユーロ).

カヴールがナポレオン3世に1858年に説明したところでは、イタリアは3つの国になるというのがカヴールの構想だった。

一つは、ポー平原をすべて含みイゾンツォ川まで、公国、教皇国家のいくつかの行政区(legazioni)をふくんだ北のサヴォイア家のもとにある王国。もう一つはフィレンツェを首都にした中部の王国で、トスカナ、エミリアと、教皇国家の残りの部分。最後は、南の両シチリア王国で、名前を変える。

教皇に関しては、世俗的な権力を失うかわりに、上記の3国の連邦からなるイタリアの名誉大統領のような職についてもらうことを考えていた。

だから1858年7月21日プロンビエールでカヴールとナポレオン3世が秘密裏に会談したときには、どちらも、中央集権的な統一イタリアを作るなどとは考えていなかったのである。

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2010年1月10日 (日)

ミラノ、毎日捨てられるパンは1万8000キロ

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ミラノで捨てられるパンは、毎日1万8000キロにものぼっている(1月3日、Corriere della Sera).

つまり、1ヶ月では、52万5000キロにものぼる。イタリア全国では、毎月2万4230トンが捨てられていると推測されている。

ミラノ・ボッコーニ大学の教授サンドロ・カスタルド(マーケティング)によれば、パンだけでなく、「トマトやオレンジも大量に廃棄されている」。

しかしパン屋によれば、「パンを捨てる問題は、日に日にひどくなっている。自分がこの仕事を始めた30年前は、4種類のパンしかなかった。今、その種類は無限に増えている。いつも焼きたてのものをそろえていないと、客を失ってしまう」とのこと。

棚に残るのは、平均して10%ほど。その比率を下げるのはむずかしい。

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2010年1月 9日 (土)

ファウスト・コッピ没後50年

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ファウスト・コッピが亡くなって今年は50周年である(1月2日、Corriere della Sera).

コッピは1959年アフリカに招かれ、彼の好きだった狩をしたのだったが、そこでマラリアに罹ってしまったのである。彼は15年ほど前、戦争中にもマラリアにかかったことがあった。

しかしインフルエンザと誤診されてしまったのである。

自転車レースの上では、ジーノ・バルタリとのライバル関係が有名で、それは私生活まで比較されることになった。バルタリは妻アドリアーナと添い遂げたが、コッピは、妻ブルーナと娘マリーナを棄てて、自分を診てくれていた医師の妻ジュリア・オッキーニのもとに走ったのであるが、離婚法の出来る前のイタリアであったので、その後の二人の関係は苦難にみちたものとなった。ジュリアは、裁判で訴えられ、コッピは彼女を自分の「秘書」と言いつくろわねばならなくなったのだ。

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2010年1月 8日 (金)

Corriere della Sera 値上げ

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コリエーレ・デッラ・セーラ紙が値上げした(2010年1月2日、Corriere della Sera).

これまで、1部 1,00 ユーロだったのが、1,20ユーロに値上げされた。読者へとして、他の日刊紙と同様に、1,20ユーロに値上げすること。5年間据え置きだったことが記されている。

木曜日にSetteという小冊子がついている場合、土曜に Io donna という小冊子がついている場合の1,50ユーロはそのまま据え置かれる。

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2010年1月 7日 (木)

2000年代の映画

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2000年代(2000年から2009年)のイタリア映画の読者の人気投票が紹介されている(12月31日、Corriere della Sera).

実際には、様々なジャンルの人気投票が紹介されているのだが、ここではとりあえず、イタリア映画の1位から10位を紹介する。

1.La meglio gioventù マルコ・トゥッリオ・ジョルダーノ監督 2003 29,5%

2.L'ultimo bacio ガブリエレ・ムッチーノ監督  2001  19,8%

3.Gomorra   マッテオ・ガッローネ監督  2008  18,7%

4.Il divo パオロ・ソッレンティーノ監督 2008  14,6%

5.Il caimano ナンニ・モレッティ監督   2006   7%

6.Tutta la vita davanti  パオロ・ヴィルツィ監督 2008  6,3%

7.L'ora di religione マルコ・ベッロッキオ監督 2002 2,2%

8.Mi piace lavorare (Mobbing) F.コメンチ−二監督 2004 1,1%

9.Private  サヴェリオ・コスタンツォ監督 2004 0,7%

10 Oh! Uomo  Y.Gianikian e A.Ricci Lucchi監督 2004 0,2%

(驚くことに、ほとんどの作品が5月連休に例年開催されている《イタリア映画祭》で紹介されている。岡本太郎氏、古賀太氏ら関係者の選択眼のたしかさに感謝のほかはない−管理人の感想です)

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2010年1月 6日 (水)

ダスティン・ホフマン、マルケ州のCMに出演

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映画俳優ダスティン・ホフマンが、マルケ州のプロモーション・フィルムに出演した(12月30日、Corriere della Sera).

マルケ州は観光プロモーションのためのCMを作ったが、そこにダスティン・ホフマンが出演した。彼は、レオパルディの詩「無限」(L'infinito)を朗読したのだが、韻律や単語を間違えて発音した。

発音のコーチはついて練習はしたのであるが、なかなかアメリカ人俳優にとってイタリア語の発音は容易ではなかったようだ。

ジャーコモ・レオパルディは、レカナーティ(現在はマルケ州、当時は教皇領)に1798年6月29日に生まれた大詩人。1837年6月14日にナポリで亡くなった。この「無限」という詩は、レオパルディの作品中最も良く知られた詩で、1819年に書かれた。牧歌形式をとり、endecasillabi (1行11音節の詩行)で、韻を踏んでいない。

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2010年1月 5日 (火)

クラクシの名を通りか公園に

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ミラノ市長レティツィア・モラッティは、通りか公園にクラクシの名を冠することを決めた(12月29日、Corriere della Sera).

ベッティーノ・クラクシ元首相・社会党のリーダーの没後10年を記念して、モラッティ市長は、クラクシの名を冠した通りか公園をつくることを決めた。命日の1月19日には、ナポリターノ大統領も、クラクシの没後10年を回想するスピーチをする予定。

市長は、すでにクラクシの子供ステファーニアやボボと話し合っている。

これまで、クラクシをめぐっては、ミラノでは激しい論争があった。クラクシがタンジェントポリとの関わりが深かったからである。

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2010年1月 4日 (月)

ベルトラーゾの怒り

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雪崩の救出のため、救援者まで犠牲になったことにベルトラーゾが怒りの声をあげた(12月28日、Corriere della Sera).

Alta Valle di Fassa で、雪崩による2人の遭難者を救出にいった4人の捜索隊が犠牲となってしまった。犠牲になったのは、Erwin Riz32歳、Diego Peratoner 42歳、Luca Prinot43歳、Alessandro Dantone 39歳である。みな山岳ガイドであり、専門家だった。しかし大自然の猛威の前にはなすすべがなかった。

さらに別の事件では、12歳のドイツ人少年が、コース以外の場所で滑っていて Val Solda でなくなった。

こうした事件に対し、市民保護局のグイド・ベルトラーゾは、未熟者のための悲劇はもう沢山だ、と怒りの声をあげた。これまで当局は何度も警告を出しているのに、それが無いかのように出かけていく者にベルトラーゾは憤慨している。

ロベルト・カルデローリ大臣も同意見であると述べ、危険を顧みない登山者は、酔っぱらい運転などをする人と同じように厳しく扱うべきだとの見解を示した。

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2010年1月 3日 (日)

プレゼピオの歴史

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プレゼピオの歴史が紹介されている(12月24日、Corriere della Sera).

4世紀末には、イエスの生誕が宗教芸術のテーマになっていた。

プレゼピオあるいはプレゼペ(presepio, presepe)の元になったのは、言い伝えによると、1223年にアッシジのサン・フランチェスコが、グレッチョという町で、実際の人間を用いてクリスマスにキリストの生誕を表現するシーンを再現したことだと言われている。

その後、1280年にアルノルフォ・ディ・カンビオが最初のプレゼピオを作り、そのうちの8体は、ローマのサンタ・マリア・マッジョーレ教会に残っている。

1340年 ナポリで女王サンチャがクララ女子修道会の修道女たちに木製のプレゼピオを寄付した。聖母像は今も保存されており、ヨーロッパで最も古い木造彫刻である。

1370年 ボローニャのサント・ステーファノ教会にシモーネ・デイ・クローチェフィッシがプレゼピオを完成させた。これはプレゼピオの最古の例の一つ。

1475年 ボッティチェッリが「東方の三博士の来訪」(今日はウフィツィ美術館にある)を描いた。プレゼピオの図像が、宗教画にとって重要なものとなったことを示している。

1558年 ドイツのザクセンのクリスティアン1世のために最初の機械仕掛けのプレゼピオを、ハンス・シュロットハイムが製作した。

1563年 トレント公会議中に、ピオ4世が、貴族たちに家庭で小さなプレゼピオを飾ることを奨励した。

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ズゴルロン、亡くなる

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20世紀フリウリを代表する作家ズゴルロンが亡くなった(12月27日、Corriere della Sera).

カルロ・ズゴルロンは、1930年、ウディネの郊外カッサッコで生まれ、2009年12月25日に亡くなった。

1971年に作家として、方言で書いた小説でデビューした。1973年『木の玉座』でカンピエッロ賞を獲得したばかりでなく、ズゴルロン風の世代を誕生させた。

1983年には再びカンピエッロ賞を受賞し、その2年後にはストレーガ賞を獲得している。ズゴルロンはフリウリの村の歴史とのかかわりを幻想的な仕掛けをもちいて描いている。

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2010年1月 2日 (土)

フィアットの計画

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フィアットの代表取締役セルジョ・マルキオンネは、首相府で政府や労働組合に対し将来計画を示した(12月23日、Corriere della Sera).

それによると、フィアットは、2011年までに80億ユーロの投資をし、11の新たなモデルを投入するが、シチリアのテルミニ・イメレーゼ工場は、2011年に閉鎖することとなる。

現在は、テルミニ・イメレーゼ工場では、ランチャ・イプシロンが製造されている。

この計画に対し、労働組合は激しく反発している。

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2010年1月 1日 (金)

RAI の視聴料値上げ

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Raiの視聴料が値上げされ、109ユーロとなる(12月22日、Corriere della Sera).

現状の107,5ユーロから、1,5ユーロの値上げとなる。この通達が通過したことにRAIの会長パオロ・ガリンベルティは満足だが、懸念もある。視聴料を払っていない人が30%にものぼるからだ。

値上げの理由は、番組制作費の上昇によるもの。値上げによって、2400万ユーロの増収がはかられるが、不払いの損害は、5億ユーロにのぼっている。

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