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2009年11月30日 (月)

イタリアにおけるイスラム教徒の礼拝所

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イタリアにおけるイスラム教徒の礼拝所は749カ所ある(11月21日、Corriere della Sera).

パドヴァ大学の社会学者ステーファノ・アッリエーヴィ教授らの調べによるとヨーロッパ諸国での住民中のイスラム教徒の比率、礼拝所の数、ミナレット(尖塔)のあるモスクの数は次の通り。

      イスラム教徒 礼拝所  ミナレット付きのモスク
スペイン  2,2%   454   14
イタリア  1,9%   749    3
ギリシア  0,4%   400以下  0
オーストリア4,8%   200以上  4
ボスニア  40%    1867 1472
フランス  8%     2100  200
ドイツ   3%     2600   66
オランダ  6%     432   100
ベルギー  3,5−4% 330     0
スウェーデン3,8−4,4 50以下   6
ノルウェー 2,5    120     3
フィンランド0,8%  30−40    2
デンマーク 3,5%   115     0

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2009年11月29日 (日)

銀行で、ポストが父から息子へ受け継がれる

Bcc イタリアの銀行Bccで、父親のポストを息子が受け継げる特別措置がとられる(11月20日、Corriere della Sera).

銀行Banca di credito cooperativo は全組合と合意に達した。それによると、2010年の1月から2012年の12月31日の間、76人の余剰人員とされた人々は、特別手当つきで早期退職をするか、特別手当はないがポストを息子あるいは縁者(3親等まで、兄弟、甥)に継がせるのどちらかを選択できる。

労働社会学者のアリス・アッコルネーロは「特殊な解決方法で、30-40年前には、さまざまな会社で見られた風習だった。しかし組合との正式な協定となったことはなかった」としている。しかしアッコルネーロはこれを否定的に捉えてはいない。「この銀行は社員に深く関与しているのだ。公的企業であれば、許されないだろうが」と述べている。

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2009年11月28日 (土)

ベニーニとコッポラ、映画を共作か

Benigni01gthumb ロベルト・ベニーニとフランシス・コッポラは、トリノ映画祭で会い、共作をすることについて語った(11月19日、Corriere della Sera).

イタリアの映画監督ロベルト・ベニーニ(写真、57歳)とアメリカの監督フランシス・コッポラ(70歳)は、以前から友人関係にあり、理解しあい、尊敬しあっているという。

コッポラは、祖父母4人のうち、3人がナポリ近辺出身で、1人はバジリカータ出身であり、自分を深いところでイタリア人と感じると自ら語っている。

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2009年11月27日 (金)

FAO、原則を語るも予算措置はなし

Fao_logo_web ローマで開かれたFAO(国連食糧農業機構)の会議で、食糧安全政策が議論されたが、予算措置は決められなかった(11月17日、Corriere della Sera).

教皇ベネデット16世は、食べ物はすべての人にとっての権利だと主張し、食糧の無駄遣いは受け入れがたいとの見解を示した。

世界では、毎日1万7000人の子供が餓死している。

会議では2015年までに、飢えに苦しむ人を半分に減らすという目標は定めたが、そのための予算措置は決定できないままに終わった。

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2009年11月26日 (木)

ベルルスコーニ、選挙はない

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ベルルスコーニ首相は、任期満了前の早期選挙はないとの考えを表明した(11月19日、Corriere della Sera).

しかし与党 Pdl の内部および Pdl と北部同盟の間には、意見の一致しない課題もある。とりわけ、移民問題がそうで、下院議長のフィーニと北部同盟のボッシは意見が食い違っている。ボッシは、イタリア人にすら職がないのだから、移民は本国に送還すべきだとの考えを述べているが、フィーニは、彼らを彼らの國にかえそうという呪文はありうるが、それでは問題は解決しないと述べた。

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2009年11月25日 (水)

カダフィ大佐のお説教

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カダフィ大佐は、訪問先のローマで女性ばかり集めパーティを開き、彼女らにお説教をした(11月18日、Corriere della Sera).

しかし何故か招待された女性は、1メートル70センチ以上の身長で、ミニスカートは禁止、最低7センチのヒール、サイズは42というものだった。

こうした女性のみが、カダフィ大佐のコーランに関するお説教を聞くのにふさわしいと考えられたのである。

しかし、コーランに関するお説教と、身長、最低7センチのヒール、サイズ42との関係は不明のままに終わった。

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2009年11月24日 (火)

スキファーニ:与党はまとまるか選挙を

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上院議長は、与党にまとまるか、さもなくば選挙をと呼びかけた(11月18日、Corriere della Sera).

与党のリーダーの中で、意見が割れているのは、裁判の迅速化、政府要職者を訴えられないようにすること(Lodo Alfano)およびそれらの審議の進め方についてである。

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2009年11月23日 (月)

クララ・ペタッチの日記

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ムッソリーニの愛人だったクララ・ペタッチの日記が出版される(11月16日、Corriere della Sera).

クララ(クラレッタ)・ペタッチ(1912−45)は、1932年にムッソリーニ(1883−1945)と知り合い、1936年にその愛人となった。

今回、彼女の1932年から38年にかけての日記が Mussolini segreto (秘密のムッソリーニ)(Rizzoli, 521ページ、21ユーロ)と題して発売される。最初の数年は、葉書やメモだが、1937年10月からは、記述が詳しくなり、ムッソリーニの言葉を生々しく伝えている。

永遠の愛の誓いや、ムッソリーニの妻に対する恨み言(妻に長年裏切られていたと主張している)、異性関係の自慢(サヴォイア家のマリア・ジョゼがムッソリーニを誘惑しようとした)などはその信憑性を疑う余地がある。

しかしながら、政治的発言に関しては、ペタッチに対して自分の考えを曲げる必要はなかったはずである。ムッソリーニがクララに異性としていかに惹かれているかを赤裸々に述べた言葉を伝えている。1938年8月4日には、その20日前に人種宣言が出ているのだが、ムッソリーニは「私は1921年から人種(差別)主義者だった...イタリア人に人種の観念を与えねばならない」と言った。

また1938年10月8日には、ピオ11世が「霊的にはわれわれはみなユダヤ人である」と宣言したこと、ユダヤ教徒とカトリック教徒の間の結婚の承認を求めたことに怒っている。「この教皇が教会に対してなす害が君にはわかるまい...彼はすべてにおいて間違っている。われわれが同じ血が流れているだと!不吉な」と切り捨てている。

クララ・ペタッチの日記によれば、ムッソリーニはきわめて反ユダヤ的であり、反教皇的であったことになる。

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2009年11月22日 (日)

イタリアの地デジ事情

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ローマが月末にかけて地上波がデジタル放送に切り替わる(11月15日、Corriere della Sera).

ラツィオ州の地上波は、ヴィテルボを除き、11月16日から30日の間にデジタル波に切り替わるのである。古いテレビの所有者は、デコーダを買わなければならない。デコーダの価格は、25から120ユーロ。

ラツィオ州以外では、すでにサルデーニャ州、ピエモンテ州の西半分、ヴァル・ダオスタ州、トレンティーノ・アルトアディジェ州がすでに地デジに切り替わっている。

ローマはベルリンについで、地デジに切り替わるヨーロッパの首都となる。2012年中には、ヨーロッパ全体が地上波デジタル(digitale terrestre) に切り替わる。

イタリアで、少なくとも主な住居にデコーダをそなえている家庭は、1170万家庭。2004年から今日まで売れたデコーダは1900万台。

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2009年11月21日 (土)

イタリア、不況を抜け出る

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イタリアは不況から抜け出た(11月14日、Corriere della Sera).

5四半期ぶりに、国内総生産がプラスに転じたのである。+0,6%であった。

今年の第3四半期の国内総生産は、
ユーロ圏全体 +0,4%
ドイツ    +0,7%
イタリア   +0,6%
フランス   +0,3%
スペイン   −0,3%
イギリス   −0,4%
となっている。

イタリアの場合、2008年の第2四半期からマイナスに転じていた。

2008年第2四半期 −0,6%
    第3   −0,8%
    第4   −2,1%
2009年第1   −2,7%
    第2   −0,5%
    第3   +0,6%

と、ようやくプラスに転じたのである。これで理論的には不況から脱したことになる。ただし、年間ベースではいまだマイナスではある。

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2009年11月19日 (木)

トリノ映画祭、ジャンニ・アメリオがディレクターに

Amelio ジャンニ・アメリオ監督がディレクターになってはじめてのトリノ映画祭が開始される(11月12日、Corriere della Sera).

映画祭は11月13日から21日まで開かれる。

昨年まで、ディレクターはナンニ・モレッティ監督だった。

ローマ映画祭では、137本が上映され、コンクールは14本で競われた。トリノ映画祭では、254本が上映され、16本でコンクールが競われる。

アメリオ監督は、とくに若手監督の紹介に力を入れたいとしている。

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2009年11月18日 (水)

フェッラーリオ監督、統一150年記念映画を撮影

Toniservillo1 ダヴィデ・フェッラーリオ監督は、イタリア統一150年を記念した映画をトニ・セルヴィッロ(写真)を起用して撮影することになった(11月11日、Corriere della Sera).

まずはベルガモからロケを始めるという。ガリバルディの千人隊の子孫を捜し出して取材する予定だ。

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2009年11月17日 (火)

ヴェローナのアレーナにマイク

Arena_di_verona ゼッフィレッリの案で、来夏からヴェローナのアレーナではオペラ上演にマイクを用いることが可能になる(11月10日、Corriere della Sera).

アレーナの総監督フランチェスコ・ジロンディーニによると、ゼッフィレッリは、マイクを使用しないのなら、演出をやらないと宣言したという。

来夏はゼッフィレッリは5つのオペラ、《トゥーランドット》、《アイーダ》、《蝶々夫人》、《カルメン》、《イル・トロヴァトーレ》の演出を引き受けているのだ。

オペラ界は割れている。バリトンのロベルト・フロンターリは、「あそこの音響は実に素晴らしい。マイクは無意味だ。ポップ歌手とオペラ歌手の違いは何になる?僕は、声を身体に響かせる方法を学んだんだ。マイクを使う傾向は、演劇からはじまった。映画やテレビの世界からきた俳優は声が届かないからだ」。

一方、指揮者のクリストファー・エッシェンバッハは賛成派だ。テクノロジーは進歩しており、トスカニーニが否定したころとは事情が異なるとしている。

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若者の知らない国家統一150周年

Italiacentocinquanta 2011年が統一150周年であることを知っている18歳から24歳の若者は45%にすぎない(11月10日、Corriere della Sera).

以下、いくつかの質問と答えを紹介する。

イタリア統一は今でも切実なテーマですか?

とてもそうだ 20,6%
まあまあそう 26,5%
あまり     27,9%
全然      20,6%
わからない  4,4%

個人的にこのテーマに関わりを感じますか?

とても    11,8%
まあまあ  25%
あまり    39,7%
                                 全然     22,1%
                                 わからない 1,4%

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ヴェネツィア・ビエンナーレの総監督に妹島和世

Sejima_f ヴェネツィア・ビエンナーレ初の女性総監督は、日本の妹島和世が任命された(11月10日、Corriere della Sera).

妹島の作品には New Museum of Contemporary Art of New York,  表参道の Christian Dior Building などがある。日本女子大を卒業、伊東豊雄の建築事務所で働いていた。

ビエンナーレは1980年に創立され2010年が12回目。

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2009年11月16日 (月)

コセンティーノ副大臣への逮捕請求

Nicola_cosentino 経済副大臣のニコラ・コセンティーノに対し、逮捕状請求がなされた(11月10日、Corriere della Sera).

容疑は廃棄物処理に関して、カモッラの構成員との癒着である。コセンティーノに関し、6人のペンティート(マフィア組織の司法協力者)が、コセンティーノを告発している。

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スカイヨーラ:ブロードバンドを普及させよ

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スカイヨーラ経済発展相は、ブロードバンドをもっと普及させるべきだと主張した(11月9日,Corriere della Sera).

ブロードバンド(banda larga)を普及させて、雇用を6万人生み出そうという構想である。国内総生産(Pil)も0、2%押し上げるとの試算を示している。現在イタリアの失業率は7、4%。

EU 諸国のブロードバンド普及率は以下の通り(住人100人あたり)。
デンマーク  37、2
フィンランド 30、7
フランス   28
ドイツ    27、4
ギリシア   13、5
イギリス   28、5
アイスランド 32、8
イタリア   19、2
オランダ   35、8
ノルウェー  34、5
ポルトガル  16
スペイン   20、8
スウェーデン 32
スイス    33、5
平均     22、4

イタリア人でブロードバンドにアクセスできない人は270万人だが、高速ブロードバンド(20メガ以上)にアクセスできない人は2260万人にのぼる。

これまでの投資額は国によって以下の通り
フランス    100億ユーロ
フィンランド  2億ユーロ
イギリス    35億ポンド
アメリカ    72億ドル
日本      3710億円
韓国      246億ドル
イタリア    14億ユーロ

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2009年11月15日 (日)

ポッリーニ:『バッハ:平均律クラヴィア曲集第一巻全曲』

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マウリツィオ・ポッリーニの『バッハ:平均率クラヴィア曲集第一巻全曲』(CD)を聞いた。

静かに圧倒された。ポッリーニは、この曲集を昔から演奏会では弾いており、その昔FM放送でも流れたことがある。

しかし何年たっても、録音が出て来ないので、半ばあきらめていたのだが、今回、満を持して録音(録音場所は教会である)したものと思われる。

演奏であるが、一見、一聴、実にさりげない、自然なピアノの響きである。音楽の流れがよどみなく響き渡っていく。しかし、ふと考えると、これは周到に用意され、調節された自然さであると思う。つまり、バッハの平均律は、いうまでもなく多声音楽で、3声、4声、5声のフーガがでてくるわけだが、どの声部もじつにくっきりと聞こえるし、それぞれが音楽的なのである。これは驚異的なことだ。

ピアノで、バッハを処理するにあたって独特の奏法を「発明」したのは、グレン・グールドだった。スタッカートあるいはそれに類する奏法を多様して、従来のレガート奏法が基本だったピアノ演奏の常識を根本的にくつがえしたのである。この衝撃は、計り知れないほど大きかったし、現代のバッハ演奏という時に、ずっと一つの基準点(それ以外の演奏法を認めないという意味ではなく)でありつづけるだろう。

それに対し、従来のピアノ奏法にもとづいて平均律を弾ききったのは、リヒテルだった。リヒテルの演奏は、ピアノ音楽というもの、またその奏法がベートーヴェンからロマン派にかけて豊かな実りをもたらしたことを踏まえた奏法と僕には聞こえる。つまり、バロックやそれ以前の多声音楽では、右手、左手、あるいは両手にまたがった旋律が、ほぼ等価に響き合うわけだが、ベートヴェンやロマン派では、通常、右手が旋律で左手が伴奏(もちろん、それがひっくりかえることも稀ではないが)といった形をとる。そのことはツェルニーはバイエルといった図式的な練習曲では実に明確になっているのである。

リヒテルの演奏では、一つは、右手の旋律的要素がクリアに聞こえ、左手はやや控え目である。また、録音の加減もあるのだろうが、リヒテルのピアノは、この録音では、霧のむこうから聞こえるような音色(ソフトベダルを多様しているのだろうか?)にも聞こえる。

ポッリーニの場合は、グールドともリヒテルとも異なり、ピアノとしての響きを保ったうえで、多声音楽の特徴を最大限生かそうしている。リヒテルが曲と曲との間に、強弱やテンポの緩急のメリハリをつけているのに対し、ポッリーニではそのコントラストはそう大きくない。むしろ、曲の構造が可視化できるようにすることに注力しているように思う。リヒテルのレコードは、ロマン派のピアノ曲を中心に聞いてきた人が平均律にいどむ(というのも大袈裟なんだけれども、この曲やはり大伽藍を想起させる大きさがありますからね)場合には、相対的にはとっつきやすいかと想像する。

というわけで、ポッリーニの演奏で、いかにも人目を惹くとか、驚くといったことはないのです。もしかすると、人によっては、なんだ平凡な演奏じゃん、と思ってしまうかもしれない。比喩は変かもしれないが、上等の豆腐なり、上等なモッツァレッラチーズ、上等のワインも、ただの豆腐、ただのチーズ、ただのワインと言ってしまえばそれまでで、それ自体は何の変哲もないわけである。たとえば納豆スパゲッティというような耳目を驚かすような工夫はないのだ。

だから、ポッリーニのレコードは、バッハの音楽に雑念なくひたりたい、耳を傾けたい人におすすめです。強い刺激、挑発的なものを求めるなら、グールドの方がはるかに面白いでしょう。

僕は、ここでグールド、リヒテル、ポッリーニの優劣が論じたいのではない。それぞれ、アプローチが異なるのであり、そのアプローチを聴き手がどう考えるかを迫ってくる極めてレベルの高い演奏であり、人類の知的遺産とさえ言ってよいものだと思う。しかも、バッハの音楽は、それぞれのアプローチを許容して、いずれも音楽のあらゆる意味での豊かさを持って鳴りわたり、われわれの心を、浄化さえしてくれるのである。

CDという媒体によって、何度聞いても盤がすりへらずスクラッチノイズにわずらわされることなく、こうした素晴らしい演奏が聞けるのは、実にありがたいことだ。

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ロジー・ビンディ、民主党の議長に

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民主党の大会で、新執行部が決まった(11月8日、Corriere della Sera).

リーダーである書記は、ピエル・ルイジ・ベルサーニ。副書記はエンリコ・レッタ。議長にロジー・ビンディ。副議長にマリナ・セレーニとイヴァン・スカルファロットが選出された。

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2009年11月14日 (土)

ベルルスコーニとカジーニの会談

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ベルルスコーニとカジーニが1時間半にわたる会談をおこなった(11月7日、Corriere della Sera).

ベルルスコーニ首相とUdc(キリスト教民主連合)のリーダー、ピエル・フェルディナンド・カジーニが首相府で1時間半にわたって会談した。

カジーニは、司法改革には応じるが、地方選挙は単独で臨むとの考えを示した。

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ミラノ・ドゥオーモ前に林を

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ミラノのドゥオーモ広場に林を造ろうという案がレンツォ・ピアノによって提出された(11月6日、Corriere della Sera).

20世紀初頭には、写真のようにドゥオーモ前広場の一部には樹や花壇があった。

建築家レンツォ・ピアノは、音楽家クラウディオ・アッバードと組んで、ミラノに9万本植樹する計画を練っている。

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2009年11月13日 (金)

イタリアでコカイン広がる

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イタリアでコカインが広まっている(11月6日、Corriere della Sera).

ヨーロッパで一生に一回でもコカインを使用したことのある人は1300万人と推定されている。そのうち、750万人は15歳から34歳の若者である。

ヨーロッパ諸国のうち、コカイン普及率が高いのは、
スペイン 1、1%
イギリス 1%
イタリア 0、8%
EU 平均 0、4%
となっている。

またイタリアの中で、コカイン汚染の広がっている州は、
ロンバルディア 3、4%
ラツィオ    3、2%
ピエモンテ   3、0%
である。

2008年にコカインを消費したイタリア人は100万人であるが、2001年には40万人だった。

他の麻薬では、大麻を使ったことのある人はヨーロッパで7400万人。エクスタシーを使用したことがあるのは1000万人。ヘロイン中毒者は150万人となっている。

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2009年11月12日 (木)

マルキオンネ:クライスラーから21モデル

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フィアットの代表取締役セルジョ・マルキオンネは、クライスラーから2014年までに21モデルを発売すると宣言した(11月5日、 Corriere della Sera).

計画では、2014年までに売り上げを18%増加させる。フィアットとクライスラーの提携により、相乗効果で、2010年から2014年に29億ドル節約できるとしている。クライスラーは、クライスラー300とジープ・グランド・チェロキーを来年モデルチェンジする予定。

クライスラーは、2014年までに21モデルを発売するが、そのうち3つのプラットフォームをフィアットと共有する。

また2010年に500がアメリカ市場でデビューし、2012年にはアルファロメオが上陸する予定である。

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2009年11月11日 (水)

EU裁判所、十字架撤去求める

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EUの裁判所は、イタリアの学校の教室から十字架を撤去するよう求めた(11月4日、Corriere della Sera).

宗教的自由を確保するためであるとしている。ストラスブルクのEU 人権裁判所は、フィンランド出身でイタリア市民権を持つ人の訴えをうけて、十字架撤去の判決を下した。

政府は、「我が国のアイデンティティに対する攻撃」であるとして反発している。ヴァティカンの反応も激しく、近視眼的で誤った判決だとしている。さらに、キリスト教徒に声をあげるよう呼びかけている。

イタリア司教会議(Cei) の受けとめ方も明快で、「偏った、イデオロギー的な見方」だとしている。

そもそもイタリアの教室に十字架が設置されるようになったのは、1924年と1928年の通達による。その有効性は2006年に国務院によって確認された。

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2009年11月10日 (火)

クララ・ペタッチの日記

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ムッソリーニの愛人であったクララ・ペタッチの日記が出版される(11月16日、Corriere della Sera).

クララ・ペタッチ(1912−45)は、ムッソリーニと1932年に知り合い、1936年からは愛人となった。今回、出版される Mussolini segreto (秘密のムッソリーニ)(Rizzoli, 521 ページ、21ユーロ)は、1932年から38年にかけてのペタッチの日記をまとめたものである。

最初の数年は、葉書やメモなのだが、1937年10月以降はがぜん詳しくなる。もちろん、すべてを真実と受け止めることは出来ないだろう。永遠の愛の誓いや、ムッソリーニの妻に対する非難(長い間、妻に裏切られていたとしている)、ある種の異性に関する自慢(サヴォイア家のマリア・ジョゼがムッソリーニを誘惑しようとしたとしている)などは疑いをはさむ余地がある。

しかし、政治的なことに関しては、ムッソリーニがクララ(クラレッタ)に対して、自分の意見をねじまげる必要は見あたらない。この日記は、長い間、国家が保管していたのである。

また、ここには、ムッソリーニがどんな言葉で自分がクララに夢中なのだと告白していたかも赤裸々に書かれている。

さらに、1938年8月4日は、その20日前に人種宣言が出たのだが、「私(ムッソリーニ)は21年から人種(差別)主義者だった...イタリア人には人種の観念を与えねばならん。」とある。

また、1938年10月8日には、ピオ11世の「われわれは霊的にはすべてユダヤ人である」との宣言と、ユダヤ教徒とカトリック教徒の間の結婚の有効性を認めるよう求めたことに苛立っている。「この教皇が教会に対して行う害がどれほどか君には分かるまい...深い信仰をもったカトリックは彼を嫌っている...彼はすべてにおいて間違っている。われわれがユダヤ人と似ているだと!」

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詩人アルダ・メリーニ死去

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詩人のアルダ・メリーニが亡くなった。78歳であった(11月2日、Corriere della Sera).

数日前からミラノのサン・パオロ病院に入院していたが、1日に亡くなった。

アルダ・メリーニは1931年3月21日ミラノに生まれた。16歳で詩を書き始めた。最初に彼女を有名にしたのは詩集『オルフェオの存在』(1953)だった。その年、エットレ・カルニーティと結婚。1965年にパオロ・ピーニ精神病院に入院、数年をへて退院した。

何度かノーベル賞候補にもなった。

メリーニについて語るとき、ディーノ・カンパーナやアメリア・ロッセッリについて語る時のように、狂気の問題がすぐに問題となった。長年、精神病院に入院していたのだった。

最初の詩集にパゾリーニは感銘をうけ、カンパーナとリルケを引用して褒め讃えた。

メリーニの友人には、40年代には、ジョルジョ・マンガネッリ(1922−1990)、ついでマリア・コルティ(1915−2002)、また、1988年に彼女を再発見したジョヴァンニ・ラボーニ(1932−2004)がいる。

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2009年11月 9日 (月)

サバタ指揮コンクール、一等はなし

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トリエステで、第一回のサバタ指揮コンクールが開催されたが、一等はなしだった(11月1日、Corriere della Sera).

このコンクールは、トリエステのジュゼッペ・ヴェルディ劇場基金が主催。第一回は一等なしであった。審査委員長はティモシー・ウォーカーは、二等をトリエステ出身のマルコ・オズビックに授与した。

三等はモスクワ出身のAlya Joffe. 最終審査には、日本人の米津俊広も残った。参加者は16人だった。

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《副王家の一族》

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映画《副王家の一族》(ロベルト・ファエンツァ監督)を見た(渋谷・東急文化村/ル・シネマ)

歴史小説が原作である。シチリアのカターニャが舞台。原作者はフェデリーコ・デロベルト。

イタリアの国家統一、リソルジメント前後のシチリアの貴族の一家をその欲望を中心に、政治的信条の節操のなさを含め容赦なく描く時代劇。

見事なコスチューム劇と言えよう。また、リソルジメントの時期に流通した言説と、貴族の本音が見えて面白い。これは、歴史を信じない作家の書いた歴史小説が原作なのだ。

絶対君主的な家長をランド・ブッツァンカ、その父に反逆する息子コンサルヴォをアレッサンドロ・プレツィオージ、コンサルヴォの妹テレーザをクリスティアーナ・カポトンディが、いとこジョヴァンニ―ノをグイド・カプリーノが、大叔母フェルディナンダをルチア・ボゼーが演じている。

相続での骨肉の争い、家族の結婚に関する家長の権威、修道院の性的堕落など社会の裏面が容赦なく暴かれているが、映画としては不思議と重くはない。何といっても時間が短く、ひとつひとつのエピソードは軽くしか扱われないので、良くも悪くも重厚なタッチにはならない。

とても興味深い映画であった。自由な結婚が出来るようになると、万人の万人に対する競争状態となって決して、甘くはない世界なのだが、150年前のように、自分の意思で結婚が決められない状態が良かったかというと、とんでもないということがあらためて判るエピソードがある。

教会や修道院は、昔は、貴族の次男などは、信仰の浅い深いと関係なく、修道士にさせられたりしたことがわかる。女性もしかりである。このあたりは結構、皮肉たっぷり、風習喜劇的でもある。

時代的には1850年代から1880年代の事件が背景となっている。

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2009年11月 8日 (日)

ゲオルギューとアラーニャ離婚

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オペラ界のおしどり夫婦とうたわれたゲオルギューとアラーニャが離婚した(11月1日、Corriere della Sera).

ルーマニア出身のゲオルギューは44歳、イタリア系フランス人のアラーニャは46歳、二人はプッチーニの《ラ・ボエーム》で共演した後、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の舞台で結婚したのだった。その4年前に同じく《ラ・ボエーム》で共演し、知り合ったのだった。

ゲオルギューによると、アラーニャはフランス人なのだが、シチリア人の血がはっきり感じられ、家族・兄弟との結束が強く、ゲオルギューをそこに束縛しようとしたのだという。ゲオルギューは、家庭は、二人(夫婦で)で築くという家庭観を持っており、それが受け入れがたかったようだ。

別れた二人だが、アラーニャは早くもよりを戻したがっているという。

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RAI, ピノッキオをテレビ・ドラマ化

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イタリア国営放送RAI が約40年ぶりにピノッキオをテレビ・ドラマ化した(11月1日、Corriere della Sera).

40年前は、ルイジ・コメンチーニによる脚本、ロッロブリージダが妖精を演じた。今回は、アルベルト・シローニ監督、配役は国際的で、ピノッキオはイギリス人のロビー・ケイ、ジェッベットじいさんはボブ・ホスキンス、妖精はヴィオランテ・プラチド、しゃべるコオロギはルチャーナ・リッティゼット、学校の先生にマルゲリータ・ブイ。原作者コッローディも登場するのだが、これはアレッサンドロ・ガスマンが演じている。

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2009年11月 7日 (土)

Irap(州生産活動税)の減税をめぐる駆け引き

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Irap (州生産活動税)の減税を与党が主張している(10月30日、Corriere della Sera).

トレモンティ経済大臣は、財源がないという理由でそっけない。しかし、与党のPdlと北部同盟の上院議員たちは、執拗にIrap (州生産活動税)の減税を要求している。

Irap は2008年時点では、381億ユーロの税収となっている。2008年の補正予算で税率を4、25%から3、9%に下げた。

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2009年11月 6日 (金)

ボンピアーニ社、80周年

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出版社のボンピアーニ社が創立80周年を迎えた(10月28日、Corriere della Sera).

創設者のヴァレンティーノ・ボンピアーニは、1898年9月27日にアスコリ・ピチェーノに生まれた。1929年に彼は、同名の出版社を設立した。彼は著述もものし、戯曲も書き、1953年から1972年まで演劇雑誌の《Sipario》を編集した。

1972年に会社を売り、現在ボンビアーニ社は、リッツォリ・グループの一員となっている。出版者としては、『出版者という仕事』(1988)を著した。1992年2月23日ミラノで亡くなった。

ボンピアーニから出版した著作家としては、アンナ・マリア・オルテーゼ(1914ー1998)、マッシモ・ボンテンペッリ(1878ー1960)、アルベルト・モラヴィア(1907ー
1990)、レオナルド・シャシャ(1921ー1989)などがいる。

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ミラノーナポリ4時間強に

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イタリアの特急のシステムが新しくなる(10月29日、Corriere della Sera)

12月13日から新システムに移行する。

これにより、Frecciarossa の通る区間、ミラノーナポリ間は4時間10分。トリノーローマも4時間10分。ボローニャ−フィレンツェは37分。ミラノ−フィレンツェは1時間45分となる。

Frecciargentoの区間では、ローマーヴェネツィアが3時間15分、ローマ−ヴェローナが3時間、ローマ−バーリが3時間59分、ローマーラメツィア・テルメが3時間59分となる。

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大学改革

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ジェルミーニ教育大臣の大学改革案が明らかになった(10月29日、Corriere della Sera)

これまで新任の教員の月給は1300ユーロだったものを2100ユーロにあげる。

専任となる年齢を36歳から30歳に下げる。

学長の任期は、これまで大学ごとにまちまちであったが、最高8年と定める。

研究員は6年間(3+3)のあと、優秀であると認められた場合には準教授として採用される。

国別にみた大学数と課程(コース)数と教員数は次の通り

      大学   課程    専任教員
イタリア  87   5960  11万3980
フランス  83   4878   8万9698
ドイツ  104   1万2000 24万8938
イギリス 117   5009   16万9995
スペイン  75   3184   10万2300

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2009年11月 5日 (木)

マテオ・リッチ没後400年

P_matteo_ricci4 マテオ・リッチ没後400年を記念した展覧会がヴァティカンで開かれる(10月27日、Corriere della Sera).

マテオ・リッチは1552年10月6日イタリアのマチェラータで生まれ、イエズス会士となり、1610年5月11日北京で死んだ。

マテオ・リッチは本格的に中国語を理解し話した最初のヨーロッパ人とされる。

しかし、彼の伝道のしかたは18世紀のはじめにカトリック教会から断罪された。ようやく1939年にピオ12世が彼の名誉回復を果たしたのである。

その後はジョヴァンニ・パオロ2世がなんども伝道の模範として引用している。

展覧会は10月30日から来年の1月24日まで。

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2009年11月 4日 (水)

ルテッリ、民主党離脱か?

Rutelli4_adn400x300 民主党のルテッリが、党の離脱を示唆し話題となっている(10月27日、Corriere della Sera).

フランチェスコ・ルテッリは1979年に政治家としてデビューしたので30年のキャリアを持っている。現在55歳。

民主党からの離脱を、ブルーノ・ヴェスパに示唆したが、すぐにではなく、UDCのカジーニと行動を共にすると述べたとされる。

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2009年11月 3日 (火)

民主党予備選、ベルサーニの勝利

Bersani 民主党のリーダーを選ぶ予備選で、ピエル・ルイジ・ベルサーニが勝利した(10月26日、Corriere della Sera).

当初は投票数が低いことが懸念されたが、250万人以上が投票した。

得票率はベルサーニが53,2%、ダリオ・フランチェスキーニが32%、イニャーツィオ・マリーノが14,8%だった。

これまでの予備選では、2005年10月16日に投票431万1149人で、ロマーノ・プローディが318万2000票(74,1%)を獲得した。

2007年10月14日には、投票355万4169人で、ワルテル・ヴェルトローニが269万4721票(75,8%)を獲得している。

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2009年11月 2日 (月)

イタリアのGDP、イギリスを抜く

Euro イタリアのGDPがイギリスのそれを抜いた(10月25日、Corriere della Sera).

以前にイタリアがイギリスをGDPで抜いたと宣言したのは、クラクシ首相の時で、今から22年前であった。

2009年の第三4半期のGDPはイタリアが3500億ポンド、イギリスが3470億ポンドとなっている。

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イタリア、夏時間終わる

Orasolare イタリアで夏時間が終わった(10月25日、Corriere della Sera).

夏時間(l'ora legale)が終わり、l'ora solare が戻ってきたのである。10月24日から25日にかけての深夜3時に時計の針を一時間もどして2時にした。

夏時間が戻ってくるのは、2010年3月28日である。

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フィレンツェ、ドゥオーモの周辺歩行者天国に

Duomo_firenze フィレンツェのドゥオーモおよび洗礼堂の周辺が歩行者天国となった(10月26日、Corriere della Sera).

自動車、バス、観光バスはドゥオーモ広場に入れなくなった。

20年間にわたり、ドゥオーモの周りを自動車が走ることの可否は議論されてきたが、レンツィ市長が決断した。これまでは毎日2100本のバスがドゥオーモの周りを走っていた。

市長は就任100日目にして、この決定をなしとげた。

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マフィアのナンバー2逮捕

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マフィアのナンバー2だったドメニコ・ラックリアが逮捕された(11月16日、Corriere della Sera).

ラックリアは45歳で、3つの終身刑の判決を受けたが、15年間逃走していた。彼のあだ名は「獣医」。

彼が受けた3つの終身刑のうちの一つは、サンティーノ・ディ・マッテオが司法協力者(ペンティート)になった復讐に、その子供ジュゼッペを殺害し、強い酸で遺体を溶かしてしまったという罪に対するものだ。

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2009年11月 1日 (日)

ヴァザーリの古文書、ロシアの会社に買われる

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ヴァザーリの古文書がロシアの会社に買い取られようとしている(10月23日、Corriere della Sera).

ヴァザーリは晩年アレッツォに居を構えた。ヴァザーリは1511年生まれ、イタリア美術史の父と呼ばれる。

ヴァザーリの残した古文書は、最後の継承者ジョヴァンニ・フェルターリが亡くなって、名の知られていないロシアの会社に1億5000万ユーロという高値でかいとられた。アレッツォの市長は、この文書が外国に渡るのを避けるために、国家の介入が必要との手紙をベルルスコーニに宛ててしたためた。

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