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2009年10月25日 (日)

『現代イタリアの社会保障』

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『現代イタリアの社会保障ーユニバーサリズムを越えて』(旬報社、4300円)が出版された。

著者は6人。小島晴洋、小谷眞男、鈴木桂樹、田中夏子、中益陽子、宮崎理枝の6氏。本書は、はしがきにあるように、イタリアの社会保障について、その全体像を体系的に明らかにした、日本におけるおそらく初めての出版物である。

本の構成は、第1部が「イタリアの社会保障の理念と特徴」。ここでは、イタリアだけでなく、たとえばスウェーデンのようなユニバーサルな方向を理念としてめざした社会保障とイタリアはどう違うのかが、4つの類型をたてて解き明かされる。そこには、先行研究の理論的な枠組み(たとえばエスピン・アンデルセン、フェッレーラやサラチェーノ)が参照されている。

第2部は、「イタリアの社会保障の概要」。ここでは、法的な体系、EUとの関係、社会保障の担い手(公共部門、IPAB(教会系とくくっておくが、詳細は本書のpp.104-106をご覧あれ)、サードセクター)が記述される。

第3部は、「社会保険および保健」。イタリアの年金制度は、ジャングルのように複雑で、しかもアマート改革、ディー二改革と次々に手直し、改革がなされるので、理解するのも、記憶するのも独力では決して容易ではないが、本書の記述は、コンパクトな歴史的経緯の記述と、事実に即したシステムの説明が手際よく、ガイドブックとしての出来がすこぶる良い。
 ここでは、労働災害や失業保険制度、失業保険制度ときわめて関係が深いのだが厳密に言うと失業保険ではない給与補填金庫(Cassa integrazioni) についても詳しい説明がある。今回の経済危機でもフィアットの工場の労働者は、失業したのではなく、企業の操業停止や操業短縮をうけて、INPS(全国社会保障機構)が所得を保障している。それが給与補填金庫という制度によるものなのである。Cassa integrazione という単語は、しばしば新聞に登場するし、一応の訳語は、辞書にも掲載されているのだが、その仕組みを知るのは簡単なことではなく、本書は、伊和辞典が記述しきれない制度的な説明が由来や根拠となった法律とともに示されている。

 Cassa integrazione だけではなく、かなりのキーワードにはイタリア語の原語が付されているので、社会保障関係の単語で辞書に出ていないものの訳語を探すときには必須の書となるであろう。
 著者は法学、政治学関係者が大半であるためか、法律用語に関しても明確な説明と訳語が付されている。たとえば decreto legge についてはこれまで暫定措置令と訳すことが多かったが、ここでは緊急法律命令という訳語があてられ、その理由も説明されている。つまり暫定措置令では、法律と同じ効果を有する点が理解されにくいし、立法命令という訳語では、暫定性、緊急性のニュアンスが出ないというのが新たな訳語をとった理由なのである(p.72).

第4部は「福祉」。児童・家族に関して、養子や里親の問題、脱施設化の問題(孤児院をなくすという方針)、保育所、高齢者福祉の問題が取り上げられている。障害者に関しても、障害者、障害児、バザリア法による精神病棟廃止(脱施設化)の運動、障害児教育についてコンパクトながら充実した記述がなされている。災害援助や移民・外国人労働者のヤミ労働まで、本書のパースペクティヴはきわめて広い。

第5部は資料編。福祉の基本法や関連法、憲法、そして日伊対訳用語リストがある。

社会保障の現在を理解するために非常に役に立つ本であるが、イタリア政治との連関も詳しい。どの政権(中道右派、中道左派)の時に、どういう法律がどういう意図で作られて、今の制度があるといった記述は貴重である。

本書は、現代イタリアを理解する上で必携の書であると信じる。社会保障に関して、イタリアと北欧はどう違うのか、イタリアの社会保障において家族の果たす役割は?などと考える際にこの本は欠かせない。情報は充実し、しかも専門家向けの難解な記述ではなく、イタリアに本格的な関心を持つ一般読者に開かれた本である。必要があって調べるのに便利だし、ところどころに散らばったコラムを拾い読むのもまた楽しいのだ。
 

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