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2009年6月11日 (木)

《ウリッセの帰還》

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モンテヴェルディ作曲オペラ《ウリッセの帰還》を観た(6月7日、北とぴあ、さくらホール)。

作曲は、モンテヴェルディだが、指揮の高関健(敬称略、以下同様)によると、主旋律と通奏低音の簡略譜しか残っておらず、アーノンクール等の演奏では、それを補ってオーケストレーションをして演奏しているとのこと。今回は、現代作曲家のハンス・ヴェルナー・ヘンツェが編曲した特殊な版での演奏だった。

ヘンツェ版は、古楽器やモンテヴェルディの時代の楽器ということにこだわらず、きわめて多様多種の楽器を用いている。エレキギターや、アコーディオンもあったと思う。さらに、オーケストラが大編成のため、オケピットに入りきらず、マリンバなどは両脇のミキシングルーム(?)からの演奏であった。

ヘンツェ版は、今回聴いたところでは、第二幕が自由にのびのびと書けているように思った。さらに、オーケストレーションとして、ヴァイオリンを用いず、低い音重視である(今回は、指揮者の考えでヴァイオリン一挺を用いている)。最近の古楽アンサンブルなどで聴く薄めで軽やかな音ではなく、厚めで重厚な音なのである。

そのことが声の聞こえ方に影響があったと思う。女性の声はしっかり聞こえるのだが、バスやバリトンの声は、オケとかぶると響きにくかったのである。

演出は、髙岸未朝。《ウリッセの帰還》は、ホメロスの『オデュッセイア』の後半、オデュッセウス(イタリア語ではウリッセとなる)が故郷イタカ、すなわち妻ペネロペーの元に帰るという話なのだが、古代ギリシアなので、神々も次々に登場する。帰る途中で、ウリッセは海神ネプチューン(伊語ネットゥーノ)の息子を殺したため、海神の怒りをかっている。最終的にはジュピター(伊語ジョーヴェ)がとりなすことになるのだが、その他にも女神ミネルヴァ(佐藤奈加子が好演)やジョーヴェの妻ジュノーネが出てくる。

その他に、ウリッセの妻ペネロペ—や彼女の求婚者が複数、アンティノオ(金子宏)、ピザンドロ(飯田康弘)、アンフィノモ(高梨栄次郎)、エウリマコ(藤牧正充)、ぺネロペの侍女(中野亮子)もいる。求婚者は複数いるが、十把一絡げではなく、一人一人のキャラクターが描き分けられていて非常によかった。服装も別で、声種も異なっており、モンテヴェルディと髙岸の演出のおかげで、一人一人の性格、表情が伝わる。侍女メラントも、ペネロペに再婚をすすめつつ、実はエウリマコと良い仲になっているのをコケティッシュに演じていた。

さらにその他に、面白いことに、バロック前期ならではで、アレゴリカルな存在というか登場人物がいる。冒頭に出てくるのは、「人間のはかなさ」(彌勒忠史)、「時」(古澤利人)、「運命」(芝沼美湖)、「愛」(松原典子)が出てくる。抽象的な概念がアレゴリーとして出てきて、台詞を言うこと自体、ロマン派以降のオペラに見慣れている者にとっては、新鮮な体験だ。ここでは、たとえば「運命」は、背中に「運命の輪」を背負っており、それが誰であるのかを見てすぐわかる工夫があった。

これだけ登場人物が多いと、観客の頭の中で、誰が誰だかわからないということになりがちだが、今回の舞台はまったくそういうことがなかった。だから、その分、ストーリーや音楽に集中できるのである。

高関の指揮は、ヘンツェの低音重視を尊重してか、少しテンポがゆったりめ。その分、細部の響きがよく聞き取れる。

ウリッセの小林昭裕は、声量が豊か、主役を堂々と演じていて良かったが、これで柔らかな表情づけが加わればなお一層観客の心を魅了しただろう。妻ペネロペの金子美香は、演技が実に見事。立ち居振る舞いに品位があり、美徳をそなえた妻という役どころにふさわしい演技、歌唱であった。

他には、息子テレーマコ(岡田尚之)、ウリッセの羊飼いエウメーテ(森田有生)が力演。エウメーテは演技の表情と声の表情が調和しており、演奏者の力量を感じる。そのことは、ウリッセの乳母エリクレアを演じた小倉牧子にもあてはまる。渋い役どころながら、舞台がしまるのである。派手な演技というのではなく、表情と歌唱がちょうど過不足なく演じられるところに観ていて安心感があり、こちらも納得するのだ。

そうそう、コミック・レリーフ的な役回しとして、求婚者たちの従者イーロ(渡邉公威)を忘れてはなるまい。愉快なキャラクターなのだが、最後は、求婚者たちが成敗されたあとで、もう空腹に耐えられないといって自害してしまう顛末まで、ブッファな味を歌・演技ともにうまく出していた。

演出でもあり衣装にも関わるが、善意と悪意という6人(神谷真士、植木達也、遠藤隆史、久保昌明、安田祥章、柳田将太)は、演劇的に実に見事な効果を上げていた。彼らは、半分が白、残り半分が黒の衣装を身にまとっている。そのため、方向をそろえれば、まっくろで、それが半回転すると白い姿が見える。向きによっては、白黒半分ずつが見えている。時には、人工のおっぱいを見せて、エロティックな場面であることを記号的に示す役割も果たす。実に多様な役割を、しかも効果的に果たしていた。集団として動くのだが、彼らの動き、踊りは、時にはユーモラス、時にはグロテスク、時にはエレガントで、芝居を観る楽しみを味あわせてくれた。

今回の舞台でもう一つ感心したのは、照明であった。紗幕とスポットなどを組み合わせ、全体を見せたり、一人または複数の登場人物を注目させたり。はっとさせられるのだが、決してあざといというほどやり過ぎではなく、心地よかった。

また、衣装についても様々な工夫が見て取れた。何より、安っぽくなくてよかった。来日公演のように入場料が高額でも最近はいかにも安っぽい衣装のこともある。今回の衣装、豪華ではなかったが、それなりに古代の英雄や神々に見たてることが出来た。繰り返しになるが、衣装も登場人物が混乱しないように、それぞれのキャラクターに応じて考えられていた。たとえば、海神はあたまが水色になっていた。

このオペラ、演劇として見応えがある。音楽も、版によっての変化を楽しめる。

ヘンツェ版の《ウリッセの帰還》は日本初演であるという。二期会ニューウェーブ・オペラ劇場ということだが、これからも、こういった意欲的なプログラムを期待したい。

(追記:テレーマコの出演者の名前が誤っており、訂正しました。失礼しました。また、登場人物「善意と悪意」や照明、衣装についてのコメントを加筆しました)。

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