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2009年5月17日 (日)

《プッチーニと娘》

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パオロ・ベンヴェヌーティ監督の映画《プッチーニと娘》を見た(有楽町、朝日ホール)。

この映画に関しては、2年前の2007年8月29日の本ブログで(http://senese.cocolog-nifty.com/koukishin/2007/08/post_3cdb.html)紹介している。この時は、コッリエーレ紙の記事で、映画完成前の段階で、ベンヴェヌーティ監督がプッチーニ家のお手伝いさんドーリア自殺事件の真相解明したという報道を紹介したものである。

その解明された事実を基につくられたのがこの映画である。映画のつくりとしては、大変、禁欲的で、プッチーニにまつわる伝記的エピソードを知らないと理解できないのではないか、というくらい、会話が少なく(もちろん、説明的な台詞をいれすぎれば冗長となることは承知の上だが)、字幕も入らないので、上映後、友人、知人と話した際も、ストーリーというか、登場人物の人間関係が飲み込みにくかったようだ。

そこで、以下に情報を整理してみる。

従来の知られていた伝記的事実
プッチーニは、エルヴィーラ夫人と結婚する時はスキャンダラスな状況であった。夫人は既婚者で、連れ子があった(これが映画では新聞記者との浮気がばれるフォスカである)。一方、その当時、プッチーニ家には、ドーリアというお手伝いさんがいて、エルヴィーラ夫人は、彼女とプッチーニの間を疑い大騒ぎをし、ドーリアは自殺する。死後解剖で、ドリアは処女であったことが判明する。

ベンヴェヌーティ監督の発見した新事実
プッチーニが浮気していたのは、ドーリアではなく、ドーリアの従姉妹で、プッチーニ家の近くにあったバールの女主人ジュリア・マンフレーディだった。彼女がオペラ《西部の娘》のモデルとなった。

プッチーニの家もこのバールも、トーレ・デル・ラーゴの湖の畔にある。来日した監督自身の話では、一時は、自然環境が破壊されていたのだが、20年ほど前から、次第に、州政府などの働きかけで、自然環境が改善し、その結果ここでプッチーニ時代の植生や鳥の声を伝える環境が整い、ロケをしたとのことであった。

映画としては、ヴィスタサイズであることが惜しまれる。自然を舞台にするのであれば、視野角が広いほうがそこへの没入感が高まるからである。イタリア以外の観客にとっては、もう少し、字幕あるいは説明的役割を果たす台詞があってもよかったと思う。ただし、名のみ知るトーレ・デル・ラーゴの情景やそこを吹き渡る風、さえずる鳥は堪能した。プッチーニ・ファンであれば見逃せない一本と言える。


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