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2009年4月14日 (火)

イタリアの大地震

Terremoto3
過去約100年のイタリアの大地震には次のようなものがある(4月7日、Corriere della Sera).

1905年9月8日 カラーブリア(ラメツィア・テルメ)
      犠牲者557人 マグニチュード6,8
1907年10月23日 カラーブリア(フェッルッツァーノ)
      犠牲者167人 マグニチュード5,9
1908年12月28日 カラーブリア{レッジョ)シチリア(メッシーナ)
      犠牲者8万5926人 マグニチュード7,2
1915年1月13日 アブルッツォ(アヴェッツァーノ)
      犠牲者3万2610人 マグニチュード6,8
1920年9月7日 トスカーナ(ガルファニャーナ)
      犠牲者174人 マグニチュード6,2
1930年7月23日 カンパーニャ(イルピーニャ)
      犠牲者1425人 マグニチュード6,9
1968年1月15日 シチリア(ベリチェ)
      犠牲者236人 マグニチュード6,0
1971年2月6日 ラツィオ(トゥスカーニャ)
      犠牲者31人 マグニチュード4,5
1976年5月6日 フリウリ
      犠牲者976人 マグニチュード6,5
1980年11月23日 カンパーニャ、バジリカータ(イルピーニャ)
      犠牲者2570人 マグニチュード6,8
1984年5月7日 モリーゼ、ラツィオ、カンパーニャ
      犠牲者7人 マグニチュード5,2
1990年12月13日 シチリア(カルレンティーニ)
      犠牲者17人 マグニチュード4,7
1997年11月26日 ウンブリア、マルケ
      犠牲者11人 マグニチュード5,6
2002年10月31日 モリーゼ(サン・ジュリアーノ)
      犠牲者29人 マグニチュード5,5

今回のラクイラの地震は、マグニチュード5,8。震源の深さは8,8キロメートルであった。

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コメント

1980年イタリア南部大地震の年のクリスマス、翌年の新年は、ナポリで過ごしました。地震被害状況の調査に出かけたのです。
ナポリの南、東、北の一帯の被害はひどいものでした。
案内をお願いしたのは、現在もイタリアでトップ芸術家としてご活躍の若き日の松山修平氏でした。フランス人のドライバーのことも懐かしく思い出しております。団長の横浜国大の今井先生は、早くにお亡くなりになりました。小生、
既に77歳となりました。リタイアし、読書三昧の生活をしておりますが、松山氏の活躍を聞くたびに、当時を思い出します。

投稿: y.naga | 2013年7月 7日 (日) 10時53分

y.naga さん

 貴重なお話、ありがとうございます。
地震は、日本ほどではなくとも、イタリアも北でも中部でも南部でも、大きな被害をこうむるものが発生していますね。

投稿: panterino | 2013年7月 7日 (日) 11時11分

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