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2009年4月 8日 (水)

マリネッティ未公刊の手紙

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マリネッティの未公刊の手紙には、彼の政治方針が書かれていた(3月21日、Corriere della Sera).

1919年1月に書かれた手紙には、Partito Futurista を創設する呼びかけが含まれていた。1919年にマリネッティとムッソリーニは接近するが、マリネッティはすぐに自らの独立性、自立性を確認する。

1月11日にファッキ(Democrazia futurista の出版者)にあてた手紙では、自らの戦略を明らかにしている。芸術家としてのこれまでの経験を、具体的に事実に変換する必要性に言及し、Partito Futurista を作り、それに政治紙を付随させる必要性を訴えている。

同様の戦略は、ムッソリーニもとり、1919年3月23日に戦闘ファッシをサン・セポルクロ広場で立ち上げる。その集会にマリネッティも参加するのだが、あまりの反動性に熱意を失う。

マリネッティは、表面上はムッソリーニを立てていたが、実際はアンビヴァレントで、ムッソリーニのなかの反動性や日和見主義的なところに反発を感じていた。

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コメント

 初めて知りました。興味深く拝見しました。Marinettiのことあまり知りませんでした、思想の変化推移を興味深く納得しました。このような記事をもっともっとお願いいたします。

投稿: tulipani | 2009年4月 9日 (木) 10時36分

tulipani さん

了解しました。

投稿: panterino | 2009年4月 9日 (木) 23時23分

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