メト・ライヴ・ビューイング《ラ・ボエーム》
ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のメト・ライヴ・ビューイングで《ラ・ボエーム》を観た。
メト・ライヴ・ビューイングは、すでにご存じの方も多いと思うが、メトロポリタン歌劇場の上演をハイヴィジョン、ハイファイで録画・録音し、世界各地の劇場で同時中継上映するものである。(ただし、日本は時差の関係で、同時ではないらしい)。
僕が観たのはさらに、2008年4月の上演のもので、わけあって劇場ではなくて、小さな液晶画面で、ヘッドフォンをつけての鑑賞であったことをお断りしておきます。
環境として決して理想的とは言えない状況であるが、芝居として中に入り込んでしまえば、案外、音質や画質は自分の脳みそイコライザーで調整して、こんな風に本当は響いているんだろう、大きさはこんな感じかなと想像することは可能だ。
ミミがゲオルギュ-、ロドルフォがヴァルガス、指揮がルイゾッティであった。
曲について言えば、プッチーニは、日常的な歌詞でだれでも理解できる台詞から、ふっと沈黙があって、その後にロマンティックな台詞(4月の最初の太陽は私のもの、とか、愛の素晴らしさを現実を越えたものとして歌いあげたり)へと飛躍させるのが上手い。いきなりハイテンションになるのでなく、観客のために、巧みに助走をつけてやっているのである。そのため、愛や自然(春の訪れ)に対して登場人物が表明するロマンティックな情念が、浮いておらず、観客はごく自然に感情移入したままで、地上のべたな世界から浮上できる仕組みになっている。
考えてみれば、普通の観客は、日常そのものを見せられるのは退屈であろうし、最初から最後までリアリティーがないもの(それを求める人がいないという意味ではない)にも付いていきにくいであろう。
そのへんの観客の生理をプッチーニは台本面でも、音楽面でも実に巧みに心得ており、自分の歌いあげたい愛の世界に、観客の心を連れて行くのである。歌詞と音楽の照応、そして少しの間があって、ロマンティックな世界への飛躍というのが、音楽的にはプッチーニのもつ一つのパターンであると気がついた。
演奏に関して言えば、ルイゾッティの指揮が遅めで、かつゲオルギューの顔の表情やしぐさがきわめて明快に説明的であった。
ライブ・ビューイングではアップの画像が多いので、テレビ感覚で言えば、やや大袈裟でくどい演技ということになるが、劇場であるということを考えれば、遠くで観ている客は、かなりくっきりとしためりはりをつけた演技でなければ判りにくいという事情があるだろう。
だから、僕の好みで言えばもう少しアップだけでなくて、舞台全体が見えるシーンが多いとよいのにという観想をもった。
幕間の舞台転換の様子をなまなましく見せてくれたり、児童合唱団、ゲオルギューとヴァルガスへのインタビュー(ルネ・フレミングによる)があったり、演出のゼッフィレッリに関しては、これまでにメトでどんなオペラを演出したかを簡単に紹介してくれるなど、実に短い時間で盛りだくさん、サービス満点という感じであった。
機会があれば、劇場、映画館で一度ライブビューイングを経験してみたいとも思った。
| 固定リンク
コメント
"Che gelida nanina"
"Si, Mi chiamano Mimi"
"O soave fanciulla"
名曲ばかりのボエームは、一番好きなオペラです。
特に一幕、二幕は最上のラブストーリーであり、
最近の連ドラよりも完成された内容だと思います。
ミミ:フレーニ、ロドルフォ:ライモンディ、
指揮:カラヤンの作品が特に良いです。
良い意味で大衆的で、音楽のメッセージ性が強く出る作品と言えるのではないでしょうか。
(冒頭の軽快さ・愉快さ、終わりに向かっての悲しみなど)。
投稿: Raimondi | 2009年3月 8日 (日) 02時41分
Raimondi さん
たしかに、すぐに耳に残る曲が多いですね。またストーリーも、ミミとロドルフォの出会いにおいて、案外ミミが積極的であるような演出も可能です。ゲオルギュー演じるミミは、蝋燭が消えてしまったという場面で、自ら蝋燭を吹き消していました。つまり、(ロドルフォだけでなく)ミミも最初からその気があったということです。また、その場面のおわりでは、ロドルフォとミミはキスを交わしていました。
音楽は、ほぼ常に流麗に流れていき心地よく、ふと立ち止まって、日常を越えたロマンティックな感情が歌いあげられるという見事な構成になっていると思います。
また、二組の恋愛、嫉妬と同時に、男たちの友情も、アリア、重唱を交えて実に説得的に描かれていますね。基本的には若者の世界を描いているわけですが、人間関係の様々な側面を織り上げており、そこが広い観客に受ける所以だと思います。
投稿: panterino | 2009年3月 8日 (日) 08時06分
Raimondi さん
CDに関しては、カラヤン盤もよいでしょうが、もう一組、僕としては、ミミ:テバルディ、ロドルフォ:ベルゴンツィ、マルチェッロ:バスティアニーニ、コッリーネ:シエピ、指揮セラフィン盤も、歌手間のやりとりに間然とするところがなく、贅沢な声の饗宴で、オケも出しゃばりすぎず、足りないところもなく、年代を考えると録音状態もよいおすすめの名盤です。
投稿: panterino | 2009年3月 8日 (日) 13時15分