生物学的遺言状法案、上院を通過
上院で、生物学的遺言状に関する法案が通過した(3月26日, Corriere.it).
(生物学的遺言状(biotestament, testamento biologico) は、リヴィング・ウィルに相当するものだが、制限がより厳しいものとなっている。)
上院での投票は賛成150、反対123、棄権3票であった。上院での議論は与党と野党間の激しい衝突が見られた。されに、グループ内でも意見の分裂がまま見られたのであった。
第四条の患者が署名した前もっての治療に関する宣言(Dichiarazioni anticipate di trattamento, Dat) に関して、これが医師に対して拘束力を持たないものとするという修正案が提出されると議場は大騒ぎになった。この修正案はUDCのFosson 議員によって提出された。
野党は、法案の骨抜きであるとして反対した。
一方、この法案内容に、イタリア司教会議の新聞 Avvenire は賛成の意を示している。安楽死に反対する内容となっているからである。
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コメント
全く信じられないことです。政教分離とは名ばかりでイタリアの政治家はただ票を集めたいばかりにカトリック教会のご機嫌をとっている感じです。日本人の私が1人で憤慨しているのに対し周りのイタリア人は、どうせ怒ってみたところで国民の多くはベルルスコーニの言うことを鵜呑みに信じているのだから、彼のいいように法律が定まっていくばかりであろうとあきらめの姿勢をとっています。自分達が自分達らしく生きるための権利がこうして少しずつ狭まれていくことに誰も危機感を持たないのでしょうか。
投稿: 在伊日本人 | 2009年3月28日 (土) 07時50分
在伊日本人さん
おっしゃるように、イタリアの政治にはカトリック教会の影響は大きいものがありますね。特に、こういった生命倫理の問題が絡んでくると、教会の呼びかけは、中道右派だけでなく、中道左派の中でもカトリック系の議員はその呼びかけに応えることもまれではありませんね。
エルアーナさんの尊厳死をめぐる議論があったわけですが、今回は現行の法規から大きく革新されることなく、新たな法律が定められそうな雲行きですね。
こうして世俗的な考えと教会の考えが、拮抗したり、押したり戻したりしながら進んでいくのが、イタリア政治の特徴とも言えるのかもしれません。
投稿: panterino | 2009年3月28日 (土) 10時40分
何が問題かというと、カトリック教会の言うことと現代社会には大きくずれがあるということです。エルアーナさんの件も、医療技術がここまで進む前の時代だったらこんな議論をすることもなかったわけでしょう。国民の大部分がカトリック信者であるといっても本気でカトリックの教えを守り敬虔な信仰生活をしようとしている人が何人いるのでしょうか。政治家はとにかく票を集めたいばかりに表向きばかり教会の言うことに賛同して現代社会の抱えている問題を本気で解決していこうとしないところに腹が立つのです。生命に関する大事な内容を持つ法律を、ただいい格好したいばかりに無理やり話を推し進めて成立させてしまおうとする政府のやり方は本当に信じられません。
投稿: 在伊日本人 | 2009年3月28日 (土) 17時10分
在伊日本人さん
たしかに、教会は良くも悪くも保守的ですね。2000年も続いてきた組織ですから、機敏に変えることはむずかしいのでしょうし、信者に対しての方針は、国ごとというわけにいかないとすれば、先進国、発展途上国を含めた大方針が命を大切にするということになるのでしょう。
イタリアで見ていると、ヴァティカンの方針と末端の司祭の言うことがいつも一致するとは限らないようですね。教会のなかにも、右よりから左よりまで、修道会やグループによって、こういった社会問題に対する見解には幅があるようですし。
信者であるということのあり方も、毎週ミサにいく熱心な人から、クリスマスと復活祭だけとかいう人もあって、グラデーションがありますね。
また、与党の政治家はおっしゃる通り、カトリック票というものを強く意識しているでしょうね。ひょっとして、生命倫理の問題では、教会の方針から独立して考えるということにタブー意識のようなものがはたらくのでしょうかね。
日本の脳死の論議の時のように党議拘束をはずしたら、どういう議論、投票結果になるのか見てみたい気もしますね。
投稿: panterino | 2009年3月28日 (土) 22時57分
日本とイタリアの生命観のちがいもしばしば気がつくことです。ふうん、と思わず立ち止まることも。そしてカトリック教会の存在に気がつくのでした。このたびのエルアーナさんのことも、父上のベッピーノ(?)さんに多大の理解を覚える日本人が多いことでしょう。かくなる私もベッピーノさんの17(?)年を想像するだに涙しました。
いま植物人間状態の人への回復措置が発達して、施され、良い結果が多くでているとの報です、日進月歩ですね。命ーまた立ち止まりました。
投稿: accatto_ma | 2009年4月 1日 (水) 19時03分
accatto_ma さん
おっしゃる通りですね。また、イタリア人の中でも、生命観は一様ではないわけです。
エルアーナさんの父親は、勇気をもってこの問題を公的なものにしていったわけですが、こういった問題が国民的な合意に達するには時間がかかるのでしょうね。
むろん、アメリカの大統領ではないですが、トップが変わって、方針が大きく変わるという可能性がこれからないわけではないと思います。
投稿: panterino | 2009年4月 2日 (木) 00時06分
納得いたしました。勇気、そしてトップの存在の如何。納得。
投稿: accatto_ma | 2009年4月 2日 (木) 05時43分