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2009年2月11日 (水)

未来派:ボローニャでの宣言が先だった

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未来派の宣言は、パリのフィガロ紙よりも、ボローニャのガッゼッタ・デッレミーリアで先に発せられていた(2月1日、Corriere della Sera).

通常は、マリネッティの未来派宣言は、1909年の2月20日にパリでフィガロ紙に掲載されたものが最初とされているが、実はそれに先だってボローニャの Gazzetta dell'Emilia 紙に2月5日に未来派宣言が掲載されていた。

フィガロ紙と同様、第一面に掲載されていたのである。

この事実は専門家の間では数年前から知られていた。

マリネッティは実は一月以上からこの宣言は書き上げて準備は出来ていた。しかし、1908年12月28日にメッシーナで大地震が発生し、新聞は、その惨状を連日取り上げたので、マリネッティは自分たちの宣言が埋もれてしまうのを避けて、未来派宣言の発表時期を遅らせていたのである。

そして、2月5日にボローニャのGazetta dell'Emilia紙が取り上げたのだが、イタリアでの反響は、Gazzetta di Mantova をのぞいては簡潔なものに過ぎなかった。ジェノヴァのCaffaro, ナポリのIl Pungolo,ヴェネツィアのGazzetta, ミラノのPeerseveranza, トリエステのPiccolo della Sera, トリノのStampaなどは、冷たくあしらったり、皮肉まじりだったりした。 Corriere della Sera にいたっては一行も報じていない。Ugo Ojetti が「保守的で伝統主義者」だったからだという人もいる。


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コメント

おもしろい! 興味深い御記事でした。新聞の反応も思い当たることいろいろあります。
Ugoさんのこと、Corriere della Seraのこと、好ましく拝見しました。べんきょうになりました。

投稿: sandrara | 2009年2月12日 (木) 10時59分

sandrara さん

未来派のこと、もっと日本でも知られるようになるとよいですね。

投稿: panterino | 2009年2月12日 (木) 23時04分

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