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2008年12月 2日 (火)

スカラ座のストをめぐる論争

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スカラ座のストをめぐってサンドロ・ボンディ大臣はストに反対を表明した(11月25日、Corriere di Sera).

スカラ座の独立系労働組合 Fials (800人の従業員のうちの70人が加盟)が、今シーズンの初日(prima) のストライキを予定していることに関し、サンドロ・ボンディ大臣は「労働者の少数、約10%のせいで、初日をフイにすべきではない」と語った。

初日は、ベルルスコーニ首相をはじめ、ロシアのメドベージェフ大統領、アルゼンチンのクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領が臨席する予定。

防衛大臣のラ・ルッサは、「スカラ座の初日は、たとえ合法的であっても、抗議の機会として用いるべきではない」と述べた。これに対し、ミラノの市長レティツィア・モラッティは、「初日のことだけでなく、資源を失っている労働者のことを考えるべきだ」と発言した。

また、24日は、伝統にしたがって、初日の指揮者ダニエーレ・ガッティが、ミラノ・カトリック大で、当日上演予定のヴェルディの《ドン・カルロ》の秘密について講演した。

「私は、1884年にスカラ座で上演された4幕版を選んだ、フランスで上演された5幕版ではなくてね。なぜなら、こちらの方がより、フィリッポ王に集中しているからだ。彼は悩み、不幸せな男だ。《ドン・カルロ》の真の副主人公だ。ヴェルディは、フィリッポと自分を重ね合わせている。なぜなら、彼も50歳以上で、2人の子供を失ったからだ」

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コメント

イタリアでのオペラの位置づけはどのような物なのですかね?
日本の歌舞伎よりはもっと身近な劇なのでしょうね?

投稿: andy | 2008年12月 2日 (火) 03時43分

andy さん

そうですね。歌舞伎とオペラの比較は、なかなか面白いですよね。永竹由幸さんの『オペラと歌舞伎』という本もあるくらいです。

どちらも1600年代はじめに生まれてます。

ラジオやテレビのない時代には、大衆の娯楽でもあったことも似ていますね。
しかし、映画やテレビの出現によって、大衆の娯楽の座は奪われたとも言えるでしょう。

日本では、明治時代に、西洋式の演劇が入ってきて、さまざまな新劇ができたわけで、その点は、イタリアと異なりますね。

また、劇場という点で、イタリアには、小都市であっても、かなり多くの町に歌劇場があるという点も日本とは異なりますね。

日本では、芝居小屋(本格的な歌舞伎ではなくとも、歌舞伎的な芝居を上演していたところ)が、映画館となり、やがて、スーパーマーケットになってしまったなどという所が少なくないと思います。

だから、日本の若者にとって歌舞伎は、身近とはいいがたいですよね。

しかし、イタリアでも、若者で、オペラ好きは決して多くないと思います。どちらかと言えば、ファンは年配の人に多い。

イタリアの場合、歌劇場があってなおかつオケ、合唱団、バレエ団などを持って、シーズンの上演をしているところ、あるいは、音楽祭を持っているところには、中心になるファン層が出来ているように思われます。

歌舞伎は定期的に上演している劇場が少ないですよね(東京、京都のほかにあるのでしょうか?)。

でも、たとえば東京の歌舞伎座に行くと、イヤホン解説があって(しかも日本語と英語と両方ある)、はじめて観る人にも実によく判り楽しめるようになっています。実際に観てみると、歌舞伎の様式美は、実に見事なものですね。


投稿: panterino | 2008年12月 2日 (火) 10時20分

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