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2008年12月 7日 (日)

銀行を救った計画

D3240
ウーゴ・ラ・マルファが、戦前の経済危機にイタリアはどう対策を実施したかを書いている(11月18日、La Stampa).

1931年から1933年にかけて、イタリアは銀行の大危機に陥った。危機はこれが初めてではなく、イタリア統一以来、銀行危機は何度かあった。Mobiliare 信用銀行の倒産、ローマ銀行のスキャンダル、Banca di Sconto の倒産などである。

しかし、1929年のウォール街に端を発した全世界的恐慌の際には、大銀行が危機に陥った。Comit という当時もっとも重要な銀行も例外ではなかった。

当時、銀行救済策を考えたのは、アルベルト・ベネドゥーチェで、彼の案は効果的だった。1930−31年の危機の前夜には、イタリアの大きな普通信用銀行は、大きな構造転換をこうむっていた。

経済危機対策の第二面は、イタリア銀行が関わったことだった。

ベネドゥーチェの救済策の特長は組織性だった。1933年1月に政府は IRI (産業復興機構)をつくった。IRI は二つのことをした。一つは、Comit, Credito e Banco di Roma が保有していた株式を引き受けたことだった。もう一つは、イタリア銀行(通貨を発行していた)を破産から救ったことである。

ベネドゥーチェの対策の要は、短期の融資と、中長期の融資を峻別したことだ。救済を受けた銀行の業務は、短期融資に限定されることになった。中長期の産業への融資は、1931年に設立された Imi (イタリア動産機構)や戦後設立される Mediobanca の業務となった。

この基準の廃止は、1990年代になされたが、今回の経済危機と無縁ではない。本来、投資銀行業務と、商業銀行の業務は異なるのである。

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