« ルイーニ枢機卿:誤った判決 | トップページ | アメリカのイタリア語新聞 »

2008年11月23日 (日)

サンドロ・クルツィ死す

Curzi_sama180x140 サンドロ・クルツィが亡くなった。78歳だった(11月22日、Corriere.it)

クルツィは、1930年3月4日、ローマ生まれ。

13歳でパルティジャーノとなり、14歳で共産党に入党し、19歳でエンリーコ・ベルリングェルに請われてイタリア共産党青年同盟(Federazione giovanile comunista italiana, Fgci) の再建にあたった。

彼は若い頃、ファウスト・ベルティノッティと行動を共にしたが、政治的な使命は、マスメディアの中で果たした。

1947-48年から週刊誌の仕事をはじめた。1959年にはウニタ紙に移り、1964年にはイタリア共産党の出版・宣伝局長となった。

1970年代半ばには、活動の場をテレビに移した。1975年にRaiに入り、1976年にはBiagio Agnes らとともにRai 3(Rai の第三のテレビ局)を立ち上げた。

ここでミケーレ・サントーロを見出し、「サマルカンダ」を作った。

1987年、TG3のディレクター7となり、視聴者を増やした。政敵からはテレビカブールだと揶揄されたが、この時期、30数万人から1991年の300万人へと視聴者を増やした。

(イタリア語見出し E’morto Sandro Curzi, voce della sinistra)

|

« ルイーニ枢機卿:誤った判決 | トップページ | アメリカのイタリア語新聞 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144339/43194223

この記事へのトラックバック一覧です: サンドロ・クルツィ死す:

« ルイーニ枢機卿:誤った判決 | トップページ | アメリカのイタリア語新聞 »