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2008年10月 1日 (水)

パゾリーニ:イエスの顔が決まるまで

Vangelo04
パゾリーニは、映画《奇跡の丘》を製作するにあたって、イエス役を選ぶのに苦労を重ねていた(9月30日、レプッブリカ)

パゾリーニと当時の社会党のリーダー、ピエトロ・ネンニは手紙を交わしていた。そして、その中でパゾリーニはイエス役の青年が選ばれた経緯を語っている。

1964年3月、パゾリーニは《奇跡の丘》(原題はIl vangelo secondo Matteo=マタイ福音書)の制作にとりかかっていた。彼は、イエスの役を担当する顔をさがしあぐねていた。

スペインの小説家ルイス・ゴイティソロもその候補者の一人だった。ロシアの詩人エヴゲーニ―・エフトゥシェンコ、アメリカの作家ジャック・ケルアックも候補者だったが、パゾリーニはそのたびに考えを変えていた。

パゾリーニはついに、ジョルジョ・マナコルダを介して、スペインで反体制活動をしていたエンリケ・イラソキに出会う。彼は、映画に出ることなどそれまでまったく考えたこともない青年だった。

パゾリーニは他にも職業俳優ではなく、彼の知人、友人の作家を《奇跡の丘》に出演させている。ナタリーア・ギンツブルグがベタニアのマリア、エンツォ・シチリアーノがカナーンのシモーネ、アルフォンソ・ガットがアンドレア、フランチェスコ・レオネッティがヘロデ王を演じている。その他大勢の人物には、ルカーニャやプーリア、カラブリアの農民を用いている。パゾリーニは、自分の神話、叙事詩、聖なるものへのノスタルジアを表現する映画を作るつもりだと述べている。

こうした経緯を、パゾリーニは、社会党のリーダー、ピエトロ・ネンニに語り、また手紙のやりとりもしていたのである。ネンニは、製作に関し、リッツォリと連絡をとっているが、リッツォリはアルフレード・ビニとコンタクトを取るようにと勧めている。

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コメント

 panterino様、

 少しまえ『Il vangelo secondo Matteo』を熱心なかたたちと読み、平行してPasolini『奇跡の丘』を観ました。わたしに都合ができ、ほんの少し、最初の部分で、中断のやむなきに至りました。最後までやりたい。
 配役も興味深い、ですね。素人のところが良いですね。監督の母も名演でした。
 イラソキ適役。エヴゲーニ・エフトゥシェンコのことたいへん嬉しく拝見いたしました。ロシアをやっている友だちがいて、つい昨日エフトゥシェンコの話題が出ました。
あまり読んではいませんが、ロシアの詩人たちも名前をきいただけで胸躍るものがありますね。イラソキの活動も、知ってみると、映画のイエスがよく納得できます。
 嬉しい、秋の始まり。感謝いたします。
 

投稿: sandrara | 2008年10月 1日 (水) 10時39分

sandrara さん

おっしゃる通り、聖母マリア役をパゾリーニの母が演じていましたね。パゾリーニは、母に悲しみの表情を浮かばせるために、「グイドが死んだ時のことを思いだして」と酷なことを言ったというエピソードがあります。
グイドは、パゾリーニの弟で、非共産等系のパルティジャーノだったのですが、共産党系のパルティジャーニに殺されてしまったのです。

記事には、ネンニの感想について次のようなエピソードが紹介されています。ネンニは、この映画が、本物の詩的作品であると認めた上で、現代の共産党のアジプロ(アジテーションとプロパガンダ担当員)のようにイエスが描かれている。たぶんそれは正しいのだろう。しかしそうすると、教会がこの作品に好意的なことが判らなくなると日記に書いているそうです。

パゾリーニの伝統に対する正統性と、現代社会に対するアクチュアリティーと、それを衝突させて、聖なるものを卑俗なまでに身近にみせ、俗なるものの中に聖性を感じさせるという価値の転倒、挑発性がいかんなく発揮されていると思います。

それをゴダールのようにフランス的なエスプリ(「ゴダールのマリア」)ではなく、真っ正面からマタイ福音書をそのまま取りあげ、教皇ジョヴァンニ23世(ヨハネ23世)に捧げてしまうというストレートさがイタリア的だと僕は考えています。

投稿: panterino | 2008年10月 2日 (木) 01時41分

 panterinoさま、

 パゾリーニの弟のはなし、身にしみて拝見いたしました。パルティジャーニについてももっと知りたい。いろいろな角度から。
 パゾリーニ論たいへん啓発されます。この〈挑発〉。心身ともに活力あふれるヨーロッパを見直しました。パゾリーニ再発見いたしました。それから、ゴダールとパゾリーニ。ヨーロッパにおけるイタリア、の歴史、変遷に光を当ててくださいました。わたしも、そう思います、わたしの場合は、それとなく思い当たる、というかなしい状態です、が。
 《Il papà di Giovanna》楽しみに拝見しつづけています、とgiacomalさんのご伝言です。
 必死について参ります。
 

投稿: sandrara | 2008年10月 2日 (木) 18時57分

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