イタリア初の本格的辞書 Vocabolario (1612) 復刻本出版
イタリア初の本格的辞書 Vocabolario degli Accademici della Crusca (1612) の復刻版が出版される(9月16日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。
元の本は、ヴェネツィアでGiovanni Alberti が出版したが、復刻版はERA Edizioni (Firenze-Varese) から出て、註釈本が付く。編者は、フランチェスコ・サバティーニ、ニコレッタ・マラスキオ、テレーザ・ポッジ・サラーニ他で、辞書の本文およびサバティーニによるイタリア語の歴史をおさめたCD-Romが付属する。
イタリア語の歴史は、スペインのように領土の征服(カスティリア語)によるものではなく、フランスのように王宮で使用されていたものでもない。
14世紀の偉大な3人の作家、ダンテ、ペトラルカ、ボッカッチョの作品、それがイタリア中で自発的にモデルとされたのである。つまり徐々にトスカナ語化が進行したのである。
それゆえイタリア語というのは、20世紀以前は、話されるものというよりは書かれるもので、大半の文盲の民衆は方言を話していた。
トスカーナ語化は16世紀に完成する。フェッラーラの詩人アリオストやナポリの詩人サンナッザーロも実質的にトスカーナ語で、ダンテやペトラルカのラインに沿って書いたのである。
同じく、16世紀にはヴェネツィアのピエトロ・ベンボが Prose della volgar lingua (1525, 俗語の散文)を著して、ペトラルカおよびボッカッチョの語法を理論化し、正確な語法を提供した。ダンテは規則におさまりきれないので、少し脇に置かれた。
この整理の仮定では様々な議論が起こった。フィレンツェ語だけを特別視するのか、他のトスカーナ方言も考慮するのか、14世紀のモデルにこだわるのか、現代語も含めるのか、などなど。
こうして1536年には最初の辞書をLuna, Accarisio が著し、Alunno が続いた。彼らが用いたテクストはダンテ、ペトラルカ、ボッカッチョであった。それが次第に拡大していって、1601年のジャーコモ・ペルガミニの編纂したMemoriale della lingua volgare ではすべての重要な14世紀の作家およびタッソまでが含まれている。
しかし、1612年のVocabolario degli Accademici della Cruscaは画期的なものだった。
この辞書はこれ以降の辞書のモデルになり、また論争の際の基準点になった。それは国内はもとより、海外でもそうで、1694年のアカデミー・フランセーズ編纂の辞書は、本書をモデルにしたと銘記している。1712-1727のポルトガル語辞書、1726-1739のスペイン語辞書も同様である。1755年のサミュエル・ジョンソンの英語辞書にはクルスカの辞書への賛辞に満ちている。
(この項、チェーザレ・セグレによる)
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