《甘い生活》をめぐる二人の枢機卿の対立
フェデリコ・フェッリーニの《甘い生活》(1960)が封切られた時、枢機卿モンティーニの非難に対し、シーリ枢機卿は擁護していた(9月9日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。
モンティーニは後の教皇パオロ6世である。パオロ6世は、第二バティカン公会議を主催し、シーリ枢機卿はその改革案を厳しく批判し、モンティーニ改革を実施する際の大きな障害となったのである。
当時、ジョヴァンニ・バッティスタ・モンティーニはミラノの大司教、ジュゼッペ・シーリはジェノヴァの大司教であった。ジェノヴァのカトリックの日刊紙 Nuovo Cittadino に 《甘い生活》に対する好意的な映画評が掲載されたのに対し、モンティーニはシーリに手紙を書く。
モンティーニは自分は見ていないことを認めつつ、この映画評に対し、ミラノには困惑が広がっているとし、教会は介入して、上映をやめさせるべきではないかとまで述べる。それに対し、シーリは、この映画は自分たちの社会がここまで来てしまったことを真実味を持って描き出しているのであり、芸術的価値を認めるべきだと反論した。
二人の手紙のやりとりはこれまで公開されていなかったが、歴史家パオロ・ゲーダにより見いだされ、9月12,13日にジェノヴァで開かれるジュゼッペ・シーリをめぐる会議で、報告される。
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