シエナ最後のポデスタ、死去(1):シエナ銀行の救済
シエナ最後のポデスタ、ルイージ・ソチーニ・グェルフィが亡くなった。102歳だった(コッリエーレ・ディ・シエナ、8月19日)。
ポデスタというのは、ファシズム期の任命制の市長で、彼はファシズム期におけるシエナ最後の市長(1938-1944)であった。
彼の愛するコントラーダ、ブルーコがパリオで勝利をおさめたのを見て数日後の死であった。102歳で、死の数日前まで活動していた彼の生涯はシエナの20世紀を写す1つの鏡となっている。
ルイージ・ソチーニ・グェルフィは1906年10月22日、シエナで貴族の家に生まれた。
大学で工学を学んだ。熱心なカトリック信者で、熱烈なファシズム支持者であった。
1938年、弱冠32歳で、ファビオ・バルガリ・ペトルッチ、マリオ・タディーニ・ブォニンセーニの後をついで、ポデスタ(任命制の市長)となった。市長としての業績で最も重要なものは、統帥ベニト・ムッソリーニとシエナ市を仲介して、モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行(MPS)を守ったことである。
当時の政府は、銀行改革を通じ、シエナ市によるMPS銀行支配を取り除こうとしていた。この銀行改革に反対して、ソチーニの前任者二人は辞任していたのである。
ソチーニは、ここで巧みな政治家、外交手腕を発揮し、妥協案を考えた。モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行がシエナに残るかわりに、公法上の信用機関(Istituto di credito di diritto pubblilico) に変わり、8人の代表(Deputazione) を置くこととした。それまでは、独占的にそれはコムーネ(シエナ市)のものであったのだが、それをコムーネによる任命の者、ファシスト政府による任命の者、県の任命による者に分けたのである。
(以下、2に続く)。
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