« 移民、緊急事態 | トップページ | 不安定雇用の待遇、いっそう不利に »

2008年7月27日 (日)

もう一つのトリエステの展覧会

San_giusto トリエステのサン・ジュスト城で、中世のトリエステを紹介する展覧会が開かれる(7月26日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

展覧会は、トリエステのドゥオーモであるサン・ジュスト教会の隣にある、サン・ジュスト城(Castello di San Giusto) が会場で、7月30日から2009年1月25日まで開かれる。

テーマは《Medioevo a Trieste》(トリエステにおける中世)。この展覧会の紹介記事は三人(アルトゥーロ・カルロ・クィンタヴァッレ、ジョルジョ・プレスブルジェル他)が三つの記事を書いている。

トリエステは、海際にイタリア統一広場やボルゴ・テレジアーナ(マリア・テレジアが作った街区)などがあるが、少し内陸にはいると、丘がある。その途中には古代ローマ時代(紀元1世紀末から2世紀初め)の野外劇場跡があり、サン・シルヴェストロ広場には、11世紀の教会とともに古代ローマのArco di Riccardo と呼ばれる門がある。これは紀元前33年に遡るものである。

それを越えて、丘をのぼっていくとサン・ジュスト教会(写真)がある。この教会の歴史は複雑である。古代には神殿があり、その素材を再利用して、1337年に鐘楼が建てられた。その後も二つの教会が一つに合体したりしている。

近代に入ってからは、トリエステはカルドゥッチやダンヌンツィオがその詩に詠んでいる。1952年には、ニッラ・ピッツィが、トリエステをカンツォーネで歌い、サンレモ音楽祭で勝利を飾っている。

ジェイムス・ジョイスは、サン・ジュスト教会のそばに3年間住ん(トリエステには10年間住んでいる)。そればかりか、妹のアイリーンは1915年4月12にこの教会で結婚式を挙げており、兄ジェイムスも参加している。ジョイスは、カトリック教会とは縁を切っており、二人の子供にも洗礼をさずけずにいたが、この時は特別であったのだ。

|

« 移民、緊急事態 | トップページ | 不安定雇用の待遇、いっそう不利に »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144339/41980486

この記事へのトラックバック一覧です: もう一つのトリエステの展覧会:

« 移民、緊急事態 | トップページ | 不安定雇用の待遇、いっそう不利に »