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2008年7月 3日 (木)

フィレンツェ、ドゥオーモの落書き

Graffiti

日本の学生および教員がドゥオーモに落書きをし、それが日本の二大新聞やテレビのニュースで取り上げられ、教員は解雇されるおそれがある(71日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

この事件に関し、Stile Giapponese (日本のスタイル) Hokusai(北斎)などの著書のある極東の文化・芸術の専門家ジャン・カルロ・カルツァは次のように語っている。

「これらの学生、特に教師は、他国で日本の顔をつぶしたのです。要するに、ホスト国であるイタリアを害したわけで、これは彼らの考え方では受け入れがたいのです」

記者:日本では処罰は、即刻でとても厳しいものですが。なぜこうした反応が起こったのでしょう?

ジャン・カルロ・カルツァ:集団的責任という感情が起こったのだと思います。グループ全体、ひいては国民が、個人の行為に対して責任を感じている。こうしたものの見方は、日本の伝統に深く根ざしていて、中国から受け継いだ孔子の文化(儒教文化)に由来しています。

記者:二つの日刊紙、朝日と読売はイタリア人に謝罪しています。

カルツァ:集団的な罪の意識の当然の帰結ですね。ドゥオーモのクーポラへの落書きは、神聖なものを汚した(sacrilegio)と取られています。

記者:教師に関しては、学生に対してよりずっと厳しいようですが…

カルツァ:先生というものは、日本では、いまだに基準点になっています。先生としてのあるべき役割を破ったことは、余計に罪を重くしたのです。でも他にも…

記者:何ですか?
カルツァ:秋には、東京で多くの美術作品が展示され、多くはフィレンツェのものなんですよ。きっと冷や汗をかいている人がいるに違いないんです…

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