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2008年6月28日 (土)

ショスタコーヴィチ 『マクベス夫人』

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ショスタコーヴィッチの『ムツェンスク郡のマクベス夫人』を観た(フィレンツェ5月祭、テアトロ・コムナーレ)。

楽曲が素晴らしい。退屈するところがまるでない。不気味なところ、爽快にオーケストラが鳴りまくるところ、暗澹たる雰囲気を醸し出す部分と変化にも富んでいる。音色、リズムはダイナミックに変化し、20世紀の楽曲にしては珍しく、耳に残るメロディーも複数ある。

この曲で、ショスタコーヴィチは、オーケストラにおいても、歌手においても低音を大活躍させている。バス歌手の使い方は、たとえばムソルグスキーの『ボリス・ゴドノフ』を想起させるし、オーケストラが皮肉たっぷりに音楽を奏でるところは、プロコフィエフを思い起こさせる。

しかし、低音部、チェロであれ、コントラバスであれ、また管楽器の低音部(チューバなど)であれ、休む間なく響いているのである。この響き方が独特で、たとえば、高音部が三和音あるいはそれに準ずる耳あたりのよい響きを奏でているときに、低音部はそれと調和しない(古典的な意味で)音を奏でる。そのため、その場面は、平和なり幸せなように見えて、底知れぬ不安が通奏低音として流れていることになる。

こうした音楽の構成の仕方は、実は、このオペラのストーリーにぴったりなのである。ちなみに、マクベス夫人とあるが、ストーリーは直接的にはシェイクスピアの『マクベス』とは関係ない。のちに、女性主人公の状況がマクベス夫人と類似してくるだけである。

主人公の女性カテリーナは、裕福な商人ジノーヴィの妻であるが、結婚生活に満足していない。ある事情でしばらく夫が留守をするのだが、そこへ新たな労働者セルゲイやってくる。セルゲイはカテリーナを誘惑し、二人は深い仲となる。しかし、夫の留守中のカテリーナの貞節を最初から疑っていた舅ボリスが疑惑をかぎつける。二人はボリスを殺してしまう。ボリスはバスで、ジノーヴィはテノール。ボリスや僧侶、警察の幹部といった権力を握っているものはバスなのだ。その後、ジノーヴィが帰ってきて、なぜボリスが死んだのかと妻カテリーナにつめよるが、カテリーナとセルゲイはジノーヴィを殺してしまう。

カテリーナとセルゲイは結婚式を挙げることになるが、ふとしたことから殺人がばれ、二人は逮捕される。逮捕されるとセルゲイは別の女にいれあげ、カテリーナがそれを知り、その女ともども湖に身を投げる。

暗い話であるが、カテリーナとセルゲイの愛、エロスの物語は、音楽によって濃厚に彩られ、演出のしがいのあるところだ。それと、家庭内の権力(ボリス)、宗教権力(教区付き司祭)、国家権力(警察)がどう絡みあうかも見せ所。

今回の演出では、愛やエロスの場面は、控えめな演出であった。音楽の表現力にゆだねたのかもしれない。

演奏は、チューバ類が8人、舞台に向かって右側のバルコニー席に居並んでいる。また、間奏曲になると、オーケストラ・ボックスがせりあがってきて、音響を炸裂させ、また、しずしずと降りて姿を消すといったことが数回繰り返された。これは、普通のステレオ装置では、なかなか味わえない醍醐味で、劇場ならではの驚きであった。

そもそもショスタコーヴィチの使用音域がとても低いので、通常の30cm程度のウーハーでは出し切れない低音がどんどんと押し寄せてくるのである。ショスタコーヴィチの巧みな点は、高音部同士で不協和音にしないので、金切り音的なけたたましさ、オーケストラが悲鳴をあげているような耳に痛い音はほぼ皆無なのである。しかしそれでいて、底知れぬ不安、倦怠、迫りくる権力といった要素は非常に良く表されている。

20世紀のオペラでこれほど、演劇的に面白く、音楽的に充実しているオペラは、ベルクの『ボツェック』くらいではないだろうか。

指揮ジェームス・コンロン。ボリスはVladimir Vaneev. ジノーヴィ Vsevolod Grivnov. カテリーナ Jeanne-Michele Chanrbonnet  セルゲイ Sergej Kunaev  司祭 Julian Rodescu 警察署長 Vladimir Matorin

オーケストラの能力は、非常に高く、ショスタコーヴィチのスコアが活きた演奏であった。1994年と1998年にもフィレンツェ5月祭で上演していることもあって、すでに自分たちのレパートリーとして自在に弾きこなしているように見えた。

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