教皇:聖体は罪なき人のみ
ベネデット16世は、聖体を拝受できるのは、「罪」に汚れてない「純粋」(puri)な人のみである、との見解を明らかにした(6月23日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。
これは、先週土曜日にベルルスコーニ首相が、ポルトロトンドで司教に「離婚者も聖体が受けられるように全力をつくしてください」と依頼したのに対する間接的な返事である。
この方針は、ここ数代の教皇によって確認されているが、また同時に、いくつかの国では、多くの司祭が、「司祭の寛容」(tolleranza pastorale)を示してきたこともまた事実である。
たとえば、フランスでは、離婚者同士が再婚する場合、祝福を求められると司祭は、信仰の堅いことを確認したうえで、地味な形で教区教会で祝福を与え、聖体もさずけている。
ベネデット16世によれば、「罪、とくに重大な罪は、聖体の恩寵に反する」
UDCのリーダーで離婚し、再婚しているピエル・フェルディナンド・カジーニは、こういったことを決めるのは教皇であって、ベルルスコーニではない、としている。
離婚し再婚したものに関しては、枢機卿時代のラッツィンガー(現教皇)が明確な方針を示している。「イエス・キリストに忠実な」教会は、「前の結婚が有効なものであったならば、あらたなカップルを有効と認めることは出来ないことを確認する。離婚者が、民事婚で結婚したとしても、それは客観的に神の法に反する状況にあるのであって、それゆえ、聖体の拝領(Comunione eucaristica)にあずかることはできない」。つまり、前の結婚の無効が確認されなければ、駄目なのである。ただし、これは懲罰的あるいは差別的な性質のものでなない。なぜなら、彼ら(再婚者)は、教会から「まったく排除されていない」からである。
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