昔からあった事実婚
家族関係や性的関係に関する歴史書が三冊出版された(6月5日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。
書評者は、セルジョ・ルッツァート。三冊は、まず、ダニエラ・ロンバルディ著、《Storia del matrimonio. Dal Medioevo a oggi 》(結婚の歴史、中世から今日まで)(pp296. 18,5ユーロ、Mulino)。出版社Laterza からは、ジョヴァンニ・ロメオ著《Amori proibiti. I concubini tra Chiesa e Inquisizione》(禁じられた愛、教会と異端審問のはざまの情夫)(pp256,18ユーロ)とロベルト・ビッツォッキ著《Cicisbei.Morale privata e identita' nazionele in Italia》(チチスベオ、イタリアにおける個人の道徳と国家のアイデンティティ)(pp360, 20ユーロ)。
『結婚の歴史』によれば、独身者が増えたのが最近の現象だと考えるのは間違いだという。1796年のボローニャには、成人で結婚していないものが約40%いたのだ。
また、性的関係が婚姻関係で閉じられていたと考えるのも間違いで、大都市のなかには、婚外子の数が50%近くに達していたところもあるのである。
『伝統的』家族の像は、案外あやしげなもので、昔は疫病や、戦争や、移民などがあって、カップルもそれなりに不安定でリスクをともなうものであった。
事実婚も20世紀に特有のものではない。イタリアでは、『禁じられた愛』が示すように、16世紀、17世紀に広まっていた現象である。
それが大きく変化するのは、対抗宗教改革からである。それまでは、神父も事実上の結婚生活を送っていてもスキャンダルにはならなかった。
内縁の夫(concubini)は17世紀から、教会の目の敵になったのである。とりわけナポリには様々なカップルの形があった。
チチスベオというのは、女性のための夫以外の騎士でお小姓的存在で、公的に認められていた。言わば、三角関係の結婚である。
チチスベオは18世紀には様々な所で描かれている。ロンギの版画、ティエポロの絵画、パリーニの詩といった具合だ。この制度は、特に、ヴェネツィア、ジェノヴァ、ルッカといった共和国で広まっていた。
《giovin signore》(若き騎士)が、淑女に 、結婚することなく、《servire》(お仕えする)のである。
こうして啓蒙時代の個人の自由を体現する制度としても生きられた。ピエトロ・ヴェッリは、長い間、マッダレーナ・イジンバルディのチチスベオだった。夫は嫉妬で宦官よりひどいと嘆いたが、ヴェッリは侮蔑の念を抱いただけだった。その一方でマッダレーナのことは、「善人で、愛すべきひとで、野性的」と彼女の情熱を賞賛している。
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