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2008年5月10日 (土)

フィレンツェ5月音楽祭の歴史

Maggio_fiorentino

フィレンツェ5月祭のオーケストラは80年前と同じ曲目の演奏会を開く(5月6日、イル・ジョルナーレ)。

フィレンツェで、音楽愛好家のグループ Associazione Amici della Musica が誕生したのは1920年のことだ。アルベルト・パッシリが音頭をとった。

5月祭(Maggio musicale fiorentino)が開始されたのは、1933年であるが、オーケストラはその5年前、1928年から活動していた。

1924年にはシェーンベルクがフィレンツェにやってきて(4月1日)、《月に憑かれたピエロ》を上演したのは有名なエピソードである。ジャーコモ・プッチーニもヴィアレッジョから自動車で聞きにやってきたし、若き日のルイージ・ダッラピッコラも観客の一人であった。

ファシズム期においても、パッシリがユダヤ系であったのにもかかわらず、フィレンツェ5月祭は中断されなかった。

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