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2008年4月20日 (日)

赤いエミリア・ロマーニャ州へ北部同盟、進出

Emilia 従来、赤い(左派が強い)とされていたエミリア・ロマーニャ州で、北部同盟が票を伸ばした経緯について、コッリエーレ・デッラ・セーラ紙が特集記事(Focus)を組んでいる(4月19日)。

州全体としては、前回2006年と2008年では投票行動は次のように変わった。

急進左派
2006年 10,06%
2008年 4,24%

中道左派
2006年 46、49%
2008年 49,92%

中道右派 
2006年 32,62%(うち北部同盟3,92%)
2008年 36,26%(うち北部同盟7,76%)

エミリア・ロマーニャ州での北部同盟の獲得票はほぼ倍増したのである。

カヴリアーゴというエミリア・ロマーニャ州の町は、2つのことで有名である。レーニンの胸像を1920年にソ連共産党の支部から贈呈され、レーニンはこの町の名誉町長になっている。もう一つは、BBCやCNNも放送したのだが、町のサービスの高さである。町の保育所はアメリカからも見学に訪れ、幼稚園は、希望者が100%入れる、お年寄りの在宅サービスもあり、ゴミの分別収集は78%に達している。しかし、カヴリアーゴで何かが起こった。北部同盟の票が倍にはいかなかったが、前回より83%増えて、6,26%の得票率となったのである。

この町には、北部同盟の支部はなく、代表もいない。入れた人などいないようにさえ見える。そこで、民主党の支部に行ってみる。ここの書記は24歳、ミルコ・トゥティーノで、政治学部の卒業。この町のパノラマは、ヴェネト平原とさほど変わらないという。農産物の倉庫があり、耕地があり、また倉庫がある。

似ているのはそれにとどまらない。「われわれとヴェネト州は大きくは変わらないですよ。北部同盟はうまく行政をやって、住民の実際的な要求を満足させているんです。そうでなかったら、住民は投票しないでしょう。簡単な話ですよ」

この町は文化センターを建てるのだが、モンテベッルーナの北部同盟の支配する地方政府が建てたものをモデルにし、部分的にはミラノ県のやはり北部同盟が支配するリッソーネの文化センターの仕組みを取り入れるという。「なぜ、驚くのですか?」とトゥティーノは聞く。

フィウマルボという別の町では、1996年には北部同盟の得票率は9%だった。今回の選挙では29,4%で、エミリア・ロマーニャ州全体でもっとも高い数値となった。「ここにはEU圏外の外国人(extracomunitari)はいません。問題は別のところで、水道網とか商売の衰退です」

さらに別の町サッスオーロにはロリス・マゼッリという投票行動を急進左派から北部同盟に移した工場労働者がいる。彼は、イタリア共産主義者党のディリベルトが町を訪れた時に、「私の妻がスーパーマーケットにいくと、買ったものを運ぶとき、いつも背後を気にしていないといけない。北アフリカ人がたくさんいて盗られるからですよ」それに対するディリベルトの返答は、イズモがたくさんあるもので、おおむね次のような趣旨だった「グローバリズムを過小評価するべきではないが、第三世界支援という選択を捨て去るわけにもいかない」。その返答について考え、マゼッリは支持を変えた。

モデナからサッスオーロ、カルピにかけては大型トラック(Tir)がうなりをあげてエミリア街道を通り抜ける。この地帯では、シニストラ・アルコバレーノ(左の虹)が票を失い、北部同盟が票を獲得した。北部同盟は同じことをくどくどと言っている。EU圏外の外国人(extracomunitari)の問題である。

「数え切れない(ennesimo)」という形容詞があちこちに並ぶ。数え切れないひったくり、数え切れない麻薬売人の逮捕、数え切れない喧嘩。モデナ県はもっとも移民の密度が高い地域である。軽犯罪の発生率は、この3年上がり続けている。ここで北部同盟に宗旨替えしたマウロ・マンフレディーニ、65歳はもと共産党員である。市場で、ニット製品を売っていた。「私が愛していたイタリア共産党は、北部同盟とそんなに違わないんだよ」という。「地域に根ざした政党、そこの住民を守る、それがエミリア・ロマーニャ州のイタリア共産党だったんだ」。

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