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2008年4月20日 (日)

エミリア・ロマーニャ州の投票分析

Enza 社会学者のファウスト・アンデルリーニによるエミリア・ロマーニャ州の投票分析がコッリエーレ・デッラ・セーラ紙に掲載されている(4月19日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

ファウスト・アンデルリーニはすべては恩赦から始まったと確信している。そこから急進左派からの票の流動が始まったのだと。「忘れてならないのは、ここは皆、イタリア共産党の同胞で、大学の文化のかたわらに、強い地域の要素があったことです」。

社会学者は、ボローニャおよびエミリア・ロマーニャ州の選挙民の「法と秩序」への性向を、シニストラ・アルコバレーノの敗因とそれにともなう北部同盟の成功の要因としてあげる。つまり、北部同盟のメリットではなく、アルコバレーノのデメリットであったと。「シニストラ・アルコバレーノ(左の虹、急進左派)は、ポストモダンな選挙キャンペーンを実施したんです。リーダーたちは、トランスジェンダーや、多様性の運動を基礎にすえたのです」

彼は2006年の調査結果を取り出す。ボローニャ県の左派の投票者で、下層中産階級の人たちは、インタビューをうけた半数以上の人が、「法と秩序」の問題を指摘しており、移民への反発、町での治安改善を求めていた。

「何を驚くことがありましょう?北部同盟支持の日雇い労働者は、ここから生まれたのですよ。エミリア・ロマーニャ州の工場労働者の運動は、地域の閉鎖空間に基礎を置いていました。自分たちの仕事を守るためです。よそ者嫌いでもあったんです。ヴェネトや州境からやってきて《スト破り》をしたものは、めった打ちにされたんです。これが古き共産党によって蓄積されていたんです。言わば、われわれのアルバムの一ページだったんです。北部同盟が編み出しものは何もありません。単に、もともとの所有者が捨て去った者を、拾っただけなんですよ。社会学の用語を使って言えば、シニストラ・アルコバレーノは、有権者に対して完全に失調者だった」。

北部同盟に対し、赤い要塞といわれたエミリア・ロマーニャ州の扉が開いた。これは1994年にも生じた。「現在のは違うんですよ。(1994年)当時は、ボッシはエミリア・ロマーニャ州の白い(カトリック系の)票をあさったのです。キリスト教民主党がなくなって、行き場を失っていた票をね。皆、ポー川に注目しますが、重要なのはエンツァ川(写真)です。この川は、パルマとレッジョ・エミリアを分ける川です。1994年には、北部同盟は、この川を渡らなかった。今日、彼らは渡ったのです」。

「レッジョ・エミーリアやモデナのように産業の発展したところでは、地域住民とEU圏外外国人の関係の問題は、より切実なものとなっています。今や、北部同盟は、左派のサブカルチャーの残滓を食べているんですよ。彼らは、彼らに投票しなかった人の心にも入ってきた。選挙は別としても、これは新たな文化現象で、持続的なものとなるでしょう」。

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