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2008年4月 6日 (日)

カミッレーリ、ルペリーニを救う

Camilleri 作家アンドレア・カミッレーリ(写真)が、学者ルペリーニの小説出版を助けた(4月5日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

雑誌 L'immaginazione の最新号に掲載されたロマーノ・ルペリーニの《(個人的な)告白》によると、ルペリーニ(小説家ヴェルガや詩人モンターレの研究者)は、彼の第二の小説 L'eta' estrema をSellerio から出版することになった。

それはアンドレア・カミッリの仲介のおかげだというのである。ルペリーニの最初の小説 I salici sono piante acquatiche (柳は水生植物) がレッチェの Manni 社から出版される前も、何社もの拒絶にあった。エイナウディのマリオ・ラヴァジェット、ガルザンティのミケーレ・ランケッティ、ドンゼッリのジュリオ・フェッローニである。

エイナウディは、ルペリーニの想像では、アソル・ローザの自伝とぶつかると考えたのではないか。ドンゼッリは適切なシリーズを持っていなかった。ガルザンティは、この小説はあまりにも複雑で、多層的だとした。小さな出版社のほうがよい。フェルトリネッリも同じ意見。ボンピアーニとモンダドーリは返事なし。

それでもその小説は、その間に出たいくつもの小説よりも良かった。ぱらぱらとめくって読んでみればわかる。

今度の小説 L'eta' estremo は、さらにひどくなりそうだった。プロットや人物が《あまりにはっきりしない》という判断を下すものまでいた。3年の後、ルペリーニは(若い駆け出しの新人ではないのだが)、書き直し、削った。カミッレーリが気に入ってくれた、というわけだ。

しかし、この経験は、何十年も文学部教授として出版社の間を泳いできた学者にとっても、多くの教訓を含んでいる。かつては、ある程度の名声があれば十分だった。今日では、まともに取り上げられるためには、プロットと、30歳以下の年齢と、さらには一度もヴェルガもモンターレも読んだことがないことが必要なのだ。

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