イタリアとフランスの愛憎いりまじる関係
イタリアとフランスは、昔から愛憎入り交じった関係であった(3月29日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。
17世紀にはマザリーノ(フランスではマザラン、1602-1661)(写真)が、イタリア出身の枢機卿でありながら、リシュリューのあと宰相となった。リシュリュー自身が、マザリーノの外向的手腕を評価して後継者としたのである。
愛憎のうち、憎をあらわにしたのはヴィットリオ・アルフィエーリ(1749-1803)で、Misogallo という本の中で、フランス革命への嫌悪を表明した。
愛憎という単純な言葉では語りきれないのが、カミッロ・ベンソ・ディ・カヴールである。たしかに、親仏派なのだが、ピエモンテの常で、すくなくとも他の二つの国とも同時にかけひきをしている。さらに、カヴールは臆することなく、自分の従姉妹カスティリオーネ伯爵夫人をナポレオン三世に差し出して彼の愛人とし、フランスを反オーストリア同盟に引き入れることに成功した。カスティリオーネ伯爵夫人は紫がかった目の、美しい女性であったという。
フランス人にこのうえなく嫌われた首相は、フランチェスコ・クリスピで、彼は1887年、フランスとの貿易戦争を開始したのだった。『ヨーロッパの歴史』の著者ジュゼッペ・ガラッソによれば、クリスピは、「イタリアのビスマルクになりたかったが、すべての計算を誤ったーーちょうど、1930年代のムッソリーニと同様に」
今、生じているのは、カルラ・ブルーニ(サルコジ・フランス大統領の夫人でイタリア出身)をめぐる毀誉褒貶である。
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